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葬儀 17
「あんな仕事あんな仕事って言うけどっおれはあれで食っていってってほこりをもってたんだよっ! むりにつれてきたくせに、自分に都合のいいことばっかり言うな!」
どきりとしてやはり言葉が出ない。
「たしかにいいことじゃないと思う、きれいなことじゃないってわかってるっ! でもおれは自分でかせいで生きてた! 卯太朗みたいにだれかにすがって生きてたんじゃないっ!」
これには、頭が真っ白になった。
多恵の情夫として、
南川氏という後援者を得て、
確かに俺は、誰かに頼る形で生きてきた。
握り締めた拳が震え、なんとも返すことができない。
ぐるりと腹の中で何かがとぐろを巻く感覚がする。
黒い靄でできたようなその生き物が、心臓を食い破るかのようにはくはくと口を開けたのを感じた。
「 っ」
暗い感情をなんとか御するために口を引き結んで立ち上がる。
乱暴な動きに、びくりとるりが怯んで俺を見上げた。
「…………」
玻璃の目に映り込む俺は薄暗く、引き攣る表情を持て余した顔は亡者にも見える。
勢いよく腕を振り上げたせいで危険を感じたのか、るりが身を竦めたがそれに構うことができないまま勢いよく戸を開けて飛び出す。
鼓膜を破りそうなほどの派手な音と、ずきりともどきりとも違う苦しい胸の痛みに呼吸を吸い取られて、満足に息もできないまま庭へと降りた。
秋丁子の薄紫の花が心を鎮めてくれはしないかとじっと見つめてみたが、丁子形のその花はなんの役にも立たない。
内から食われそうな感情に、きつく唇を噛んで目を閉じた。
自分が、偉そうなことを言えない立場なのはわかっていたつもりだった。
人は、やりたいことだけをやって生きていけるわけではない。
そう言った峯子の言葉が過ぎる。
峯子の説教のうちの一つとして聞いていたが、その重みに今更ながらに気づいて膝を折った。
旧家の生まれであり、自尊心もある人が好き好んで妾なんて位置に留まるはずがない。
けれど、峯子はこの家を存続させるという一点のために他を捨て、望まぬ事柄をも諾々と飲み込んでいるのだ。
小さく喉を突いて出た唸りが嗚咽か慟哭かなんてわからなかったが、「絵を描く」ということだけに邁進して、やらなければならないことを蔑ろにしてきた自分の情けなさに反吐が出る気分だった。
絵を描きたいからと多恵を犠牲にし、るりに絵を学ばせたいからと翠也を犠牲にしている。
自分の身は一切出さずに、ただ与えられるままの人生だと、あえて気づかないようにしていた部分をるりの言葉で突きつけられ、臓腑を鷲掴まれる思いだった。
緩やかな煙は一切の風に揺らぐことなく真っ直ぐに天上へと向かう。
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