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埋火の欠片 5
奥野は食えない顔で笑い、返事を待っているようだった。
正直、躱すも何もそんな話あったかと思い返しながら、「考えさせてください」とだけ慎重に返事をする。
また躱したと気を悪くするかと窺っていたが、そんな素振りも見せないまま「良いお返事をお待ちしております」と言って席を立つ。
「ああ! そうだった。一つお尋ねしたいことがありまして」
「はい?」
愛嬌のある狸のような顔を難しげに歪ませ、奥野はうぅんと唸る。
「田城氏から頂いた名簿に一人、私共ではわからない方がいらっしゃいまして……ご存じではないでしょうか?」
懐から出された手紙には、玄上らしい字で俺自身もよく知る何人かの画家の名前が並び、最後に小さく「できるならばるりにも」と付け加えられていた。
きちんと締められた文面の後に書かれた、走り書きのようなそれに玄上の迷いを見た気がして、苦笑が零れる。
「どこか遠方の方なのでしょうか? もしご存じなら教えていただければと……」
「えぇ、知っています。その人物にも必ず描かせますから」
俺の苦笑に奥野は訝しむような顔をしたが、すぐに笑顔を取り繕って帰って行った。
「るりさんにも……?」
「ああ」
翠也が戸惑うのも無理はない。
るりは幾ら練習を始めたとは言え俺達に比べればまだ拙いのは明白だったからだ。
けれど、かつて俺がそうしようとしたように、玄上はるりの才能を他の人間に知られたくなかった。
それを俺に教訓を得てか死に際に思い直したかは定かではないが、奴なりに考え直したんだろう。
人生最後の小さな往生際の悪さを後押ししてやるのも悪くない。
「 では、しばらくはるりさんの方にかかりきりですね」
奥野を見送りながら、翠也がぽつりと漏らす。
「隙を見て、翠也くんの方にも行くよ」
「それではご自分の絵が描けないでしょう?」
「大丈夫、君の背に描くから」
「卯太朗さんっ!」
声を荒げる翠也にひらりと手を振る。
そこにわずかに残った歯型が愛おしくて堪らない。
「…………絵を描きに、来てくださいますか?」
赤らんだ目元は、彼の告げる言葉の中の艶を示す。
「寒い季節だ。身を寄せ合わないと風邪をひくよ」
「はい」
微笑む彼の手を取れないもどかしさに顔をしかめる。
「今年の冬は温めてくださいね」
いつも酷い風邪をひくので と言い、俺のもどかしい思いなど微塵も伝わっていない様子で微笑みかけてくれた。
幸い、この屋敷は写生に困ると言うことはなかった。
秋の庭には十分な花が咲いていたし、翠也に遺された玄上の写生帳が大いに役にたった。
もしかしたら、玄上はこういうことを見越して翠也に渡したのだろうか?
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