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聴の頬 1

 翌朝、翠也の部屋から出てくる医師と鉢合わせをして慌てて頭を下げた。 「あの、翠也くんは?」 「風邪ですな」  そうにべもなく言ってのしりと音が聞こえそうな動きで帰っていく医師を見送る。 「  翠也くん」  問いかけても返事がないだろうことは、昨夜の段階でわかっていることだったが、それでもそうせずにはいられなかった。  微かに攣れるような感覚のする首に手を遣る。  るりとの間に何があったのか、気づいたのだと思う。  いや、気づいたのだろう。  そう考えるだけで口の中が干上がり、悪寒に晒されたかのように手が震えた。  異常な脈と汗に襲われながら、それでもしつこく食い下がって「翠也くん」と名を呼び続けると、小さな掠れた声が返る。 「  移してしまいますので、お引き取りください」 「あ……翠也……?」  静かな怒りが混じった声音だった。 「中に入っても  」 「ご遠慮ください」  冷たい言い方に、心の臓が凍りつきそうだった。 「開けるだけでも、許してくれないか?」 「  申し訳ありません」    いつかのように無理矢理に開けるのも気が引けて……  けれど翠也の性格上、このまま平行線を辿りかねないのは良くわかっていた。 「  っ、入るよっ」  決心して引き戸を引く。  鍵なんて気の利いたもののない入り口は小気味よい音を立ててその場を譲り、横になっていた翠也がはっと体を起こすのが見えた。 「風邪が……」 「構わない!」  言って翠也の拒否の言葉が続く前に傍らまで近づく。  逃げられる前に手を取ると、上気した頬と比べて指先が酷く冷たくて、これからまだ熱が上がるのだと言うのがわかった。 「は 放して」 「一晩、君に会えなくて苦しかったんだ」 「  っ」  強い力で手が振り払われ、その反動で翠也はふらりと倒れ込んだ。  もがくように身を引いてから、玉の雫を目尻に浮かべてこちらを睨みつけてくる。 「貴男はっ……どの口で  っ」  上げられる声の荒さに身が縮む。 「あき  」 「触らないでくださいっ」  手を叩き落されて、しかたなく布団の上に下ろす。 「あの人に触れた手で、触らないで  っ」  突っ伏して小さく身を震わせる翠也の背にそっと手を置くと、今度は払われずに済んだ。   「翠也、体に障るから横に……」 「いやですっ」 「翠也っ」 「あ、貴男がいらない体に未練はありませんっ」  何を……と思ったが、そう思わせることをしたのは自分だった。  るりとそう言った関係なのだと知った翠也が、自分は捨てられたのだと思い至るのは容易いことなんだろう。 「いるっ!」  怒鳴りつけ、熱でふらつく体を力づくで引き起こす。  

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