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鳥の子 4

 去って行く背中を追いかけることも、殴りかかることもできずに立ち尽くす。  人を押し退けて歩くのが当然と言いたげな姿。  あれが俺の後援者。  あれが俺の父親。  あれが、翠也の……父親。 「…………」  森田の言った言葉を一つずつ噛み砕く。  けれどどうしても一か所、噛み砕けない部分があった。   「……兄?」  馬鹿な と呻きながら、立っていることが難しくなって壁に凭れた。    兄弟?  一片たりとて似ていない俺と翠也が? 「……兄弟?」  とっさに会場内の翠也を探そうとしたが、先に目に入ったものがあった。    軽やかに飛ぶ蝶を描いた絵。  似ている、と?  内臓が冷え、石になって足元に転がりそうだった。  翠也の描いた絵を、俺のものだと勘違いした玄上。  兄弟のようだと言った蒔田。  考え方も、感じ方も、馬が合うのではなく、兄弟だから感性が似ていたんだと気付く。 「    っ」  ぶるりと震えた体が支えきれなくなる前に控室へと駆け込んだ。  椅子に座ろうとしたが失敗して床に倒れ込むと、そのまま頭を抱えて突っ伏する。 「待て……待てっ 待ってくれ」  床の上にぽとんと何かが落ち、泣いているのだと思った。  けれど視線の先にあるのは赤色で、噛み締めた唇が破れたのだと気付いたのはだいぶ経ってからだった。 「 ────……じゃあ、俺が  」  夜ごと訪れて組み敷いていた相手は、  この血の繋がった弟だと?  床の血はあっと言う間に冷えて固まって…… 「これが翠也にも流れていると? ……そんな、馬鹿な」  がちがちと歯が鳴っていた。 「俺は、弟を抱いていたと?」  頭の中身がすべてひっくり返ってしまったかのようで、考えが何一つとして纏まらない。   「  ────卯太朗?」    かちりと音がして窺うように扉がそろりと開き、亜麻色の頭が覗く。 「ど、どうしたっ!?」  床にうずくまる俺を見て、るりの声音が変わった。  しがみつかれた勢いのままに床に倒れ込むと、はっと息を飲む気配が届く。 「ぐ……ぐあい悪いのか? 人を呼んでく  」  緊迫したるりの声と動きを制するために腕を掴んで首を振る。 「  っ、あのおじさんに、何か言われたのか?」  手の中で、腕の骨が軋んだのがわかったのに、るりは痛みを堪えるように息を詰めただけで振り払うようなことはしない。  ただ何かを感じて、じっと玻璃の蒼でこちらを見つめるだけだ。  問いかけも諭しもしないままの、静寂を誘い込むかのような瞳にわずかに心が凪ぐ。   「……もう、大丈夫だ」 「そう」  返事は、俺の行動のおかしさも骨が軋む強さで腕を握られていることも関係のないほどの、相変わらず天気の話しでもしているかのような軽やかさだった。 「おれもここにいていい? 向こうにいると、いろんな奴がじろじろ見るから」 「……あぁ」  確かにるりの容姿は目立ったが、いまさら好奇の目で見られたからと言って身を隠すことはしないだろう。  それが、急におかしくなった俺への気遣いだと理解して…… 「  ありがとう」  根掘り葉掘りと何も聞かない心遣いが有難かった。  

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