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第2話 カミングアウト
突然のカミングアウト。
全裸趣味にEDって、普通の大学生が家事代行の初日に許容出来る情報量じゃねえぞ!?
「あっ何かゴメン。初日に重い話して」
「悪いと思ってるなら、仕舞ってください」
「今ならいい仕事できる気がする」
ようやく体を起こす彼。
黙ってれば絵になる容姿なんだけどな。
それにしても。
(裸族なのかな?)
「あっ裸族じゃないよ。これはED治療の一環だから」
(心の声読まれてる!?)
よほど怪訝な顔をしていたのだろうか。
一応事情はわかったので、仕事はきっちりして帰ろう。
この仕事は、俺に良くしてくれる兄の紹介だ。
兄の顔を汚したくはない。
今後の身の振り方は、仕事を終えてから考えよう。
「じゃあ俺、家事やっちゃいますね」
「うん」
『ぐうううう』
けたたましい轟音が、高見さんの腹から鳴り響いた。
言外にご飯の催促をされてしまった。
「先に食事、作った方がいいですか?」
「カレー食べたい!」
高見さんは大きく目を見開き、キラキラと瞳を輝かせる。
小学生の給食リクエストのテンションだ。
どこいった24歳。
「じゃあご飯も炊くので、40分後くらいに呼びますね」
「ああ、よかったら一緒に食べないか?」
意外な提案に驚く。
「いいんですか?」
「うん、その方が更に美味しい」
まるで俺が料理上手であるかのような言い方だ。
腕は人並みだが、兄から何か聞いたのだろうか。
もしくは、高見さんが人タラシなのか。
高見さんは手近にあったタオルを腰に巻き、俺の手を引いて部屋を案内してくれた。
コミュ力が高いのか、とても嬉しそうだ。
(高見さん、あまり血色良くないけど楽しそうだ)
生活感のない、モデルルームの様な部屋の先に案内されたのはシステムキッチン。
俺は自前の黒エプロンを装着し、仕事モードに突入した。
一通りの家電と最低限の調理器具は揃ってある。
キッチン収納を開ければ、飲料水やゼリー飲料、カロリーバーのストックが大量にあった。
(自炊の気配はなし、か)
冷蔵庫には、事前に頼んでた宅配食材が揃っていた。
(ついでに作り置きも進めよう)
高見さんの目の下にはうっすら隈があった。
不眠症、ED。
先程の人の好さそうな笑顔を思い出す。
(栄養たっぷり詰め込もう)
美味しく元気になって欲しい。
俺はもち麦と玄米を混ぜ、炊飯器のスイッチを押した。
まず鍋でニンニクと豚肉、みじん切りした玉ねぎを炒める。
次にトマト缶を投入し、空いた缶に水を少し入れ濯ぎ、これも鍋へ投入。
コンソメとローリエ、クミン等のスパイスを入れ、ある程度水分を飛ばしたらベースは完成。
水分は基本的にトマト缶のみで、うま味が凝縮されて俺は好きだ。
次はカレーの具材。
オリーブ油を薄くひいたフライパンに、軽く片栗粉をまぶした夏野菜をさっと炒め、火が通れば具材も完成。
盛り付ければ「夏野菜カレー」の完成だ。
付け合わせに「おからのポテトサラダ風」「しじみのみそ汁」「豆乳マンゴーラッシー」で全4品。
テーブルに料理を並べていると、高見さんがひょっこりやって来た。
すかさず俺の目が光る。
(よし、ちゃんと服着てる)
白のシャツに黒のスラックス。
シンプルだが、高見さんが着るとハイブランドに見えるから凄い。
「出来ました」
「わあ、凄くいい匂いだね」
高見さんはテーブルにつき、律儀に両手を合わせる。
「いただきます」
まずはスプーンでカレーを掬い、ぱくり。
「っ!おいしい!」
目を見開いた後、ほわほわと表情を崩す。
続けさまに2口、3口と口へ運ぶ。
「夏野菜の表面がさっくり、中がジューシーでルーもめちゃ濃い。好きだなあ」
にこにことスプーンを進める手に、ほっと胸を撫で下ろす。
「お口に合って良かったです」
「手作り料理なんて数年振りだから、身に染みるよ~」
高見さんの笑顔が伝染する。
今まで家族にしか作らなかったが、自分の手料理を人に食べてもらうのってこんなに嬉しいのか。
今は一人暮らしだが、実家に居た頃に母さんの手料理が好きで手伝っていた甲斐があった。
「料理が出来る男はモテる」という母の口車に乗せられた感も否めないが。
「ごちそうさまです」
高見さんがおかわりしてくれたお陰で、少し多めに作った料理は全てからっぽになった。
「じゃあ俺、掃除洗濯と作り置きやっちゃいます」
皿を片付けていると、さり気なく手伝ってくれる。
何気ない気遣いが嬉しい。
実は最初のインパクトを除けば、理想の雇用主なのでは…?と思い直す。
「休憩しなくて大丈夫?」
「はい、料理褒めてもらえて今、やる気が凄いんです」
「いい子だなぁ」
小声で「ワンコみたい」と言ったのはちょっと気になるが。
「作り置きなんだけど、3日分に変更してもらっていいかな?」
事前の依頼では、1週間分の予定だったけど。
「わかりました」
俺は軽く濯いだ食器を食洗器にセットし、洗濯物に取り掛かった。
ドラム式洗濯機に洗濯物を入れ、スイッチオン。
次に3日分の作り置き料理へ取り掛かる。
1週間分からの変更だ、アシの早い野菜から消化しよう。
残りの食材の行方については、仕方ないので目をつぶる。
(もしかして、次回は「無い」って事かな)
考えてもしょうがない、今は言われた事を遂行する。
今日はお試し採用だが、今日で見納めの可能性も十分あるので、俺は噛み締めながら仕事をした。
掃除をこなし、乾燥済みの洗濯物を畳んで、食洗器の食器を棚に戻して作業終了。
ほっと息を吐きながら、思い返す。
システムキッチンにドラム式洗濯乾燥機、ガラス張りの浴槽!
こんな所で毎日家事出来たら楽しいだろうなぁ。
「終わりました」
「ありがとう、見違えたよ」
「お役に立てて良かったです」
高見さんに封筒を手渡された。
中身は給料の…2万円?
あれ?今日は自給2千円×4時間のはず。
「あの、これ多いです」
「うん、今後もお願いしたいから、初回ボーナスだよ。
次回も大丈夫かな?」
大学生のバイトでこの自給は「破格・オブ・破格」。
俺の様な貧乏苦学生は五体投地しちゃうレベルだ。
一瞬、全裸の高見さんが過ぎったが、その件を保留にする程度には理想の勤務先だ。
「はい、ありがとうございます。
では1週間後の同じ時間で大丈夫ですか?」
元々週一の依頼で、作り置きもその影響だった。
「それなんだけど、もしよかったら1日置きとかどうかな?」
「週3って事ですか?」
「うん。出来るだけ凛君の都合に合わせるし、別に1時間とかでもいいんだ。
出来れば、一緒に作りたてのご飯を食べたいなぁって思って。
何かもう、凛くんのご飯美味しいからさ。食事付きでどう?」
自給2千円+ほぼ自由出勤+食事付き、だと…!?
こんな好条件、昼のバイトではまず見つからない。
「俺でよければ!」
「よかった」
ほっと息を吐く高見さん。
俺が断ると思ったのだろうか。
確かに全裸は人を選ぶかも知れない。
俺が女子だったら、誤って通報する世界線もあったかも知れない。
「月水金とかどう?」
「大丈夫です!」
「じゃあこれからもよろしく」
「はい」
差し出された大きな手を、俺は深く握り返した。
――そして二日後の午後4時。
都内高級タワーマンション、高見さん宅。
「…」
大理石の玄関先で、高見さんが倒れていた。
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