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第3話 安心して下さい
今回はちゃんと服を着ている。
「高見さん、大丈夫ですか」
駆け寄って意識確認をする。
すると弱々しい手で俺の服を掴み、戦慄く口で呟いた。
「ふわふわオムライス、食べたい…」
スヤァ…と満足気に寝息を立てる高見さん。
離れない手に、俺は再び頭を抱えた。
「何で歴史を繰り返してるんですか」
例の如く、玄関先で膝枕を決め込んで数十分。
「カルマ…かな」
キリっと目力を込める高見さん。
「男の膝枕でカッコよく言ってもダメですよ」
依然、起き上がる気配はない。
あまつさえ「二日振りに熟睡できた~」と二度寝もやぶさかでない様子だ。
「ぐうううう」
伸びをする彼をやや強引に起こすと、聞こえる腹の音。
「じゃあご飯作りますね」
「お願いします!」
キッチンで冷蔵庫を確認する。
前回1日分多めに作った作り置きは、綺麗に無くなっていた。
小さな事だけど、嬉しくて胸が温かくなった。
(今日も美味しいご飯を作るぞ!)
単純な俺は小さくガッツポーズをしながら、密かに息巻いた。
食材は前回の宅配分と、前回プチボーナスのお礼に1品食材を買い足した。
まあ、俺が食べたいだけなんだけど。
これで二日分の料理を作る。
(オムライスといえば、アレだよな)
俺は少しの遊び心を添える事にした。
「やばい、かわいい」
食卓に並んだご飯をスマホで激写するイケメン投資家。
(高見さんも「かわいい」って言うんだな)
今日の献立は「ふわとろオムライス」「素揚げ野菜のめんつゆ漬け」「鯛のカルパッチョ」「手作りプリン」だ。
そう、買い足した食材は鯛の刺身。
メインのオムライスの上には赤い「くまさん」を描いてみた。
ケチャップを塗ったベースに、口元と耳はカットしたスライスチーズ。目は海苔を丸く切って乗せた。
つい出来心でやったが「やり過ぎた」と冷静になって自分で引いた。
しかも男の「映えめし」だ。
キモイと思われてもおかしくないけど、どうやらそうはならなかったらしい。
「こういうの、大丈夫でしたか?」
「アリ!超アリ!大歓迎だよ!」
ひとしきり撮影会を繰り広げた後、「いただきます」と合掌。
オムライスはケチャップライスの上にオムレツを乗せるタイプだ。
高見さんはクマさんを避けた所にスプーンを入れる。
すると柔らかな半熟風のオムレツが決壊し、とろりとケチャップライスを包んだ。
「やばっ!?もう凄いんだけどお!?」
リアクションありがとうございます!
実は昨日、自宅で練習しました!
俺はテーブルの下でガッツポーズをする。
「うまっ!これ、卵にチーズ入ってる!トロトロでおいしい!」
よかった。今回も味に問題ないみたいだ。
高見さんは作り甲斐のある人で嬉しい。
美味しそうに頬張る彼に、心がほっこりと満たされた。
こんなに喜んでくれるなら、作り置きも少し張り切ってしまおうか。
目を輝かせながら完食する高見さんを横目に、俺は料理のイメージを膨らませた。
――翌日。
作り置きのフレンチトーストにサワークリームとチョコペンで描いた白にゃんこを前に、腰砕けになった高見さんを、俺は後で聞かされる事となった。
3回目の勤務日。
大理石の玄関先。寝る高見さん。膝枕する俺。
もはや通過儀礼となっていた。
(睡眠障害、かなり深刻だ)
暫くして目を覚ます彼。
体を起こす気配はない。
「凛君は一人暮らし?」
「はい、バイト代と奨学金でやり繰りしてます」
「もしかして家賃も自分で?」
「ええ、格安物件で、駅まで徒歩30分ですよ」
「都内で徒歩30分!?」
がばっ!と勢いよく起き上がる高見さん。
顎に手を添え、何やら考え込んでいるようだ。
真剣な眼差し。
小話のつもりで言ったが、別に不自由はない。
「ぐううう」
そして静寂をぶち壊す腹の音。
「親子丼、します?」
「お願いします!」
今日のリクエストは「親子丼」。
最近気付いたが、リクエストを貰えるのはとても有り難い。
俺は冷蔵庫から、前回仕込んだ「万能鶏肉」を取り出した。
単に塩こうじと醤油を混ぜて冷蔵で寝かした鶏肉だが、肉を柔らかく濃厚にしてくれる。
俺みたいな初心者でも「実は俺氏、料理上級者なのでは?」と錯覚させてくれるいい奴だ。
蒲鉾の飾り切りをしていると、背後から強い視線を感じた。
(じーーっ)
すごい、見られてる。
「面白い、ですか?」
「うん、超面白い」
(面白いんだ…)
ネット的にはライブクッキング配信みないな事か。
俺も作業動画は好きだ。
「お」
「おお?」
「おおー!」
「…」
間近で一挙手一投足、リアクションをくれる高見さん。
どちゃくそ照れる。あまりにも無理。
母さんの手伝いをする時、俺もこんな感じだったのだろうか。
母の偉大さに、心から敬意を抱いた。
そして手元で完成したのが「ハートの飾り切り」だ。
またやっちまった。
後の祭りだが、簡単だからってハートのチョイスはないよな。
完成してから気付く俺も俺だが。
まあ、言わなければいいか。
「ハートだ。かわいい」
言われてしまった。シンプルに恥ずかしい。
今日の献立は「親子丼」「野菜の甘辛焼き」「柚のお吸い物」「甘さ控えめ薩摩芋のおからケーキ」だ。
高見さんは今日もスマホのカメラで激写している。
柚のお吸い物には例の「ハート」が浮かんでいた。
よし、最初にこれから消して(食べて)しまおう。
手を合わせて合掌、そして。
「いただきます」
「出汁がきいてうまい!玉ねぎも甘いしこの鶏、肉汁がすごいんだが!?」
「よかったです。新玉ねぎと塩こうじの恩恵かもですね」
鶏肉の和風出汁が染みたご飯と共に、ほくほくと口の中で冷ましながら食べる。
「やばい。鶏肉ハマりそう」
お世辞かも知れないが、高見さんとは味覚が合いそうで嬉しい。
デザートの薩摩芋おからケーキを食べている時だった。
「実は前から考えてたんだけど」
一呼吸、置いて。
「よかったら、ウチでルームシェアしてみない?」
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