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第0-3話 ファスナーは下ろされた
「えっ!?えっ!?」
そのままズボッと布と手を突っ込まれ、染みのあたりに添えると、外側からも濡れたタオルでトントンと優しく押し当てられた。
暫くすると、茶色い染みが薄くなっていく。
(あっ。染み抜きってこうするのか)
大方、元の布地の色に戻った所で乾いた布で改めて水分を拭う。
「よし」
満足いったのが、俺のズボンのボタンをとめ、ファスナーをあげて終わり。
手際が良すぎて唖然としたが、恐らく男だから躊躇わず俺のファスナーを下ろせたんだろうな。
うん、他意はない。
「ありがとう」
「いえ、こちらこそ図々しくてすみませんでした」
「そんな事…」
「よかったらカーディガン貸しますので、用が済んだら大学で兄に渡してください」
「わかった」
っていうか、出来るなら直接返したい。
許されるなら花束を添えて。
俺は意を決し、初めて口説きに纏わるテンプレを口にした。
「あの、一応連絡先教えてもらっても…」
「凛!お前今、クラスでバスケ部の鈴木と付き合ってるって事になってて騒ぎになってるぞ」
「はあ?!何で俺がホモキャラにされてるんだよ」
おいいいいいっ!?今超絶デリケートな質問中なんですけどおおお!?
「すみません、呼ばれてるんで戻ります!」
そう言って、呼びに来た同級生Aとわき目も降らず、教室へ戻る凛君。
残された俺は、人生で初めての自発的な連絡先交換を空振りした。
空気読んでくれよ同級生A。
俺はその場で力なくへたり込んだ。
イレギュラーの所為で凛の興味が完全に鈴木へシフトしたのがわかった。
下手したら俺とのやり取りも今のゴシップですっ飛んだ可能性すらある。
誰だ鈴木って。よくわからんが絶許。
覚えてろよ。
俺は漫画でしか聞かなない筈の「覚えてろよ」を自分で口走ってしまう程度には、茫然自失となっていた。
今日は夜に飲み会へ合流する予定だったが、今は全くそんな気にはなれず、ふわふわした、覚束ない不思議な心地で帰宅した。
借りた紺色のカーディガン。
ズボンは帰る頃には乾いており、その場で総一郎に返す事も出来たが、何となくそのまま持ち帰った。
その夜、俺はその日の事を思い返しながらベッドで目を閉じた。
ここは自宅のシステムキッチン。
愛しの凛君がエプロンを着けて鍋をお玉で混ぜている。
俺はそんな彼を後ろから抱き締めた。
彼は驚かず、慣れた様子で嗜める。
「今日のメニューはカレーです」
「あーん」
俺は口を開けて待機する。
すると剥かれた一口サイズの梨を口に運ばれた。
「おいひ」
瑞々しい梨は、口内を甘く満たした。
飲み下してそのまま凛の小さな口を、口で塞ぐ。
ちゅっ。
すると頬を染め、手を突っぱねて身を剥がすかわいい人。
「だめ、もう出来ますよ」
凛君はそのままカレーをよそい、俺はテーブルに運ぶ手伝いをする。
ダイニングテーブルで食卓を囲み、二人向かい合って合掌、そして。
「いただきます」
俺好みの具沢山カレーに舌つづみを打つ。
「おいしー」
思わず頬がにやける。
「どうかしました?」
「幸せだなって」
俺らしくない、日和った台詞だ。
しかし凛君と居ると自然と口から漏れるから不思議だ。
「俺もです。外食もいいけど、二人でのんびりおうちごはん出来るのって、安心っていうか、ほっこりできて好きです」
良き。俺は他人に期待しないと言いながら、ずっとこんな関係を探していた。
甘い空気に酔いしれながら夕食を平らげて。
俺達はこの後無茶苦茶セックスした。
翌朝。
スマホのアラームに起こされ、目を覚ます。
自宅のベッド、もちろん俺一人だ。
昨夜はめちゃくちゃいい夢を見た。
総一郎の弟と身も心も…って!?
俺は慌てて体を起こした。
股間に嫌な感触が残る。
捲ってみると、夢精していた。
「うそだろ!?」
こんな事、一度だってなかったのに何で今日!?
わかっている。
俺は凛君を完全に恋愛対象として見ていた。
「マジかよ…」
これまでにない幸せに満ち足りた夢と共に襲ったのは「親友の弟を性的な目で見ている」という事実。
かつてない新境地を前に、俺は朝から頭を抱える事となった。
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