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第0-2話 青(性)天の霹靂

2日後、王明中学・学園祭当日。 「うわ、懐かし」 卒業以来の母校だ。 進学校だからか、割と女性客も賑わっていた。 校門からいろんな出店の誘惑がひしめき合っていたが、俺達は遠目に見る程度に留め、件の目的地へ向かった。 入口で撮影した地図を見る。 弟君が参加するのは、3年A組「女装メイド喫茶」。 (3Aって特進じゃん) 流石総一郎の弟だ。勉強も出来るらしい。 俺は彼に似た、眼鏡でクールぶった、いけ好かない男の似合わない女装姿を想像した。 出店は校舎1階の「人気エリア」だ。 外履きを袋に詰め、自前のスリッパで移動する。 下駄箱を曲がって直ぐに、何らかの列が形成されていた。 「えっ何この列」 「あー、やっぱりな」 「は?」 「うちの弟、(変な奴に)モテるんだ」 「え?」 どうやらこの待機列は「3A女装メイド喫茶」らしい。 入口ドア前から数十人の男女が並び、最後尾札には「30分待ち」と書かれていた。 夏冬にある二次元の祭典、コ●ケの壁サークル状態だ。 いやいや、俺達の時はそんな概念なかったけど? しかも総一郎の口振りだと、人気の根本は弟君の影響らしいが。 他に目的も無かったので、俺達は最後尾札を受け取り、大人しく列に並んだ。 列は思いの外早く進み、次に俺達という所でガラリとドアが開いた。 目の前には黒髪ショートヘアで大きな目元が印象的な長身のメイドさんが来た。 黒ベースの給仕服に、スカートは膝上丈。 縊れたシルエットは綺麗な足を引き立てていた。 「いらっしゃいませ…兄ちゃん!? 来るなっていったじゃん!」 最初の営業スマイルもそこそこに、総一郎の顔を見るなりぎょっと青ざめて一筋の汗を流していた。 「それはもう立派なフリだろ」 総一郎が、あははと声を上げて笑っている。 あの一部界隈にAI疑惑のある、総一郎が。 「もーっ覚えてろよっ!あほーっ!」 メイドさんは総一郎の言動にかわいい頬を膨らませ、ぷりぷりと去って行った。 漫画以外で「覚えてろよ」っていう人初めて見た。 それに「あほーっ」ていった。 なにこれ。 かわいい。 「えっ?えっ?」 「長身の女子大生に見えるけど男だから。立派な男だから」 んー? 二度言われたが、まだ理解が追い付かない。 見た目は女子大生。声はイケ(てる)ボ(イス)。ツンギレ属性。なにこれ。 「凛は昔からたまに間違えられてな。 線が細いし、中性的な顔だから。面白いだろ」 中性的っていうか、肌が光ってるっていうか、まつ毛長っ!? 確かに、若いけど長身だからJCには見えない。 ギャルっぽくないからJKというよりJDというのは的を得ている。 総一郎と歩けば似合いのカップルだ。 170cm位だろうか。目線も合わせやすい。 キスするのに丁度いい高さだ。 って何を考えているんだ…? まだ状況が呑み込めず、自然と件の凛君を目で追っていた。 凛君は同じくメイドに女装した男に何やら耳打ちし、その男がこちらへやって来た。 「空いてる席へどうぞ」 そのまま学校特有の机を並べてクロスをかけられた席へ着く。 どうやら接客してくれるらしい。 このメイドの男も整ってはいるが、あからさまに男子中学生の面影があった。 何となく、凛君じゃない事に寂しさを覚えた。 「ご注文は?」 「凛で」 「!?」 「わかりました」 何言ってんだコイツ!? と思ったらメイド君の方も慣れた様子で応答した。 「おーい、凛、ご指名だぞ」 凛を知る同級生達だろうか、クスクスと笑い出す。 すると目元を赤く染めた凛君がどすどすとこちらへ真っ直ぐやって来た。 「恥の上塗りだよ!」 「お前が素直に来ないからだろ」 ははは、と顔面崩壊して笑う総一郎。 人前で大口開けて笑うのは珍しい。 弟の前だとこんなに笑うのか。 そしてこの兄、ドSだな。 反応がかわいいから気持ちはわかるが、凛君も大変だ。 俺だったらもっと猫可愛がりするのに。 俺の無遠慮な視線を察してか、目配せする総一郎。 「大学の友達で高見だ」 「ど、どうも」 どもるなし。俺は童貞か。 普段なら「いつも話は聞いてる」とか気の利いた事を言えた筈だが、何故か上手い言葉が出なかった。 「いつも兄がお世話になってます」 「いや、こちらこそ…?」 中3でそのフレーズが出て来た事に驚く。 総一郎といい、志乃家は一体どうなってるんだ? 「俺、キモイ恰好ですみません」 スカートの裾を引っ張り、少しでも足を隠そうとして恥ずかしそうにする凛君。 (寧ろご褒美ですが) 謙遜が過ぎる。 この子、女装がハマり過ぎてる自覚がないのか…? 「ご注文は?」 「スコーンとラテ、かわいいの頼む」 「かわいいのって…いいけど。高見さんは?」 苗字を呼ばれてドキリとする。 「同じので」 「かしこまりました」 凛君はスカートを翻して教室の奥へ行く。 ラテにかわいいも不細工もあっただろうか。 俺は呼ばれた苗字の響きを反芻しながら、見るともなしに、凛君を目で追っていた。 家庭用のコーヒーメーカーだろうか。 機会音と共に抽出される琥珀色の液体。 7割目の所で、白くホイップされた牛乳の泡がコーヒーを覆った。 何やらその後凛君が手を施し、テーブルへ。 「お待たせしました」 二人分のスコーンに添えられたラテには、それぞれハートの絵と猫が描かれていた。 ラテアート。初めて生で見た。 「めちゃかわいいんだが」 「うちでかなり練習してたからな」 そっと口にしてみる。 ドリップされたばかりのコーヒーは香り高く、それ以上にラテアートが俺の心を温かく包んだ。 300円でこんな上質な凛君のラテアートが飲めるなんて。 「俺、常連になりたい。凛君のATMになりたい」 「語彙力が限界オタクになってるぞ」 若年で人間関係に疲弊していた俺もついに推し活デビューか。 人生何があるかわからない。 俺はちびちびとラテを飲みながら凛君の動向を伺う。 ラテも残り僅かという所で、こちらの席付近へ来た彼を呼び止めた。 「ワッフルとラテアートもう一つ、お願い」 「俺もラテ頼む、力作で」 「わかったよ、ちょっと待ってね」 凛君は嬉しそうに、でも恥ずかしいのかちょっと伏目がちに注文を受けるとまた教室の奥に行った。 他のテーブルでは敬語なのに、俺(と総一郎)のテーブルだけ砕けた対応なのが嬉しくて顔がにやける。 なんだろう。ソワソワが止まらない。 「お待たせしました」 暫くして注文の品が届いた。 最初の「ご指名」が利いたのか、ちゃんと凛君が運んでくれるのは嬉しい。 ラテにはそれぞれ「パンダ」と「白くま」が描かれていた。はい、すきー。 俺はスマホで撮影すると、なるべく絵を崩さないように、少しずつ慎重に飲み進めた。 本当はずっとこの場に入り浸りたかったが、恐らく今後も待機列は伸びるだろう。 何せ学園祭のクオリティを凌駕している。 ならば長居は出来ない。 そう思うと名残惜しくて、少しでも目に焼き付けようと懲りずに凛君の給仕姿を眺めていた。 カフェラテもあと僅か。 もうここを離れないといけないのか。 急に寂しさがこみ上げた。 今日学園祭に来たのは、大学で総一郎の弁当から毎日一品料理を頂いている礼を、凛君に直接言いたかったからだ。 それがいざ本人と対面すると、思うように口が回らなくてもどかしい。 俺はぼけっと力の抜けた手でカップを持つと、誤ってラテを零してしまった。 熱も冷めて少量だが、運が悪い事に丁度傍を通りかかた凛君のスカートと、俺の白いズボンに茶色い染みがじわりと広がった。 「凛君ごめん!スカート汚しちゃった」 情けない。俺は徹頭徹尾誤った。 「大丈夫ですか?」 すると凛君はポケットからミニタオルを取り出し、丁寧に俺のズボンの染みを拭ってくれた。 (うわぁ) 股間の際どい所なだけに、恥ずかしいやら申し訳ないやらで感情が忙しなく右往左往する。 「ありがとう。でも俺は大丈夫だから、凛君のスカート拭かないと」 「俺のは黒地だからいいんです。 でも貴方のは白地だから時間との勝負なんです」 まるでカリスマ主婦の如く、キリっと正論を並べられ、その迫力に息を呑んだ。 「染み抜きしたいんで、水場に来てもらっていいですか?」 「へ?」 そう言って、布らしき物を抱えながら俺の手を引いて教室を後にした。 振り返ると総一郎は手をひらひらとして「行ってこい」と言外に言っていた。 人気のない水場にて。 俺は腰に凛君のカーディガンを巻かれていた。 状況が呑めず、俺はされるがままだ。 「失礼します」 そう言って、俺のズボンのボタンを外し、躊躇いもなくファスナーを下ろした。

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