107 / 135
運命の 3
俺の顔も先生と同じくらい赤くなっているような気がする。体が熱い。胸がしめつけられるように痛くて、苦しい。
――先生がもっとほしい。ぜんぶ、ほしい。
「はは。何その顔。かわいい」
湧いてきた自分の感情をごまかすように、俺は先生を指差して笑った。
「……大人をからかうなって言いましたよね?」
ふてくされたような声を出して、先生がふいっと後ろを向いた。俺の方を見ずに早足で歩き出す。
――やばい、嫌われた!? せっかく会えたのに。まだ連絡先も交換してないのに。
俺は不安になって、小走りで先生のあとをついていった。
「僕はもう恋はしないって誓ったのに。君のせいですよ」
肩を怒らせた先生がボソッと呟いたのが聞こえてしまった。
「えっ。今のどういう意味!?」
「君には教えません。自分で考えてください」
突き放すような声。
「もしかして、俺と会わないうちに彼女できちゃった?」
ショッピングセンターで見かけた、小柄な女性のことを思い出す。そんなの嫌だ。焦ったせいか、足がもつれて、先生の背中に頭突きしてしまった。
「……馬鹿なんですか?」
一瞬だけ先生が後ろを見た。目が合ったもの全てを凍らせてしまうような、冷たい目だった。
――でも、めげない。広大なキャンパスの中で、やっと見つけたんだ。
俺は、先生の周りをぐるぐる走った。
「教えてよー、先生。俺、分かんないよー」
「うるさい。あー、もう! 犬みたいにまとわりつかないでください!」
「健人さんのためなら、俺、喜んで犬になるよ」
先生の目の前に来たところで、くるっと回って「わん!」と鳴いてみせた。
「君は……本当に馬鹿ですね」
先生は眉根を寄せて、困ったような顔をした。深いため息が聞こえる。頭に右手が乗せられ、ぽんぽんと軽くたたかれた。
「じゃあ、みやこが恋しくなったら、君をなでることにしますね。おー、よしよし」
先生の左手が背中に回って、引き寄せられる。先生に抱きしめられた。そう思った時には、俺の身体は先生の身体に密着していた。
どくどく。心臓の音がうるさい。俺のものか、先生のものか、分からない。
――先生、熱い。
このまま溶け合って一つになってしまいたい。先生の首元に顔をうずめる。
「健人さん、すき」
俺のくぐもった声は先生の身体に吸い込まれていく。
「悠里。僕も――」
先生の声はそこで途切れた。少しだけ、ほんの少しだけ、俺を抱きしめる先生の腕に力がこもったような気がした。
(『馬鹿の証明』了)
ともだちにシェアしよう!