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運命の 2
「へへ。もうバカじゃないもーん。賢いもーん。先生がそう言ったんだよ」
「だから先生じゃないと何度言ったら――」
「健人くん」
さっき不意打ちで名前を呼んできた仕返しだ。先生の言葉に被せるように言ってやった。
先生は自分の口を手の甲でおさえて、俺から目をそらした。
「やった」
にやり、と笑ってみせると、慌てたような先生の声が返ってくる。
「大人をからかわないでください! 馬鹿なんですか」
「うん。バカに戻っちゃったみたい。だから、これからもいろいろ教えてね、健人先生」
深いため息が聞こえる。でも、その耳は赤く染まっている。
「名前呼ばれて照れてる! 健人」
俺の言葉で先生が動揺するのが嬉しくて、何度も名前を呼んでしまう。
「君の方が年下でしょう? 敬称をつけてください」
「じゃあ健人さん!」
自分から「敬称をつけて呼べ」と言ってきたくせに、先生は肩を震わせて、俺から顔を背けた。
「あはっ、びくってなった。かわいい。健人さん、健人さん」
「しつこい」
「健人さん」
「やめてください」
「健人さーん」
「あー、もう、うるさい!」
先生がすごい勢いでこちらを向いた、と思ったら、何かが唇に押し当てられた。先生の手のひらだった。長い指が俺の頬に当たっている。
俺は目を見開いて、固まることしかできない。手はそのままに、先生が耳元に顔を寄せてきた。
「悠里」
熱い吐息がかかり、俺はますます何も言えなくなる。
「やっと大人しくなりましたね」
余裕そうな笑みを浮かべて、先生が俺に向き直った。
「おや、どうしたんですか? 顔が赤いですけど、体調不良ですか?」
わざとらしく、俺の唇に当てた方の手のひらを額に当ててくる。
先生の手はひんやりと冷たいのに、俺の唇が当たっていた中心部だけ熱いような気がして、すごく恥ずかしい。
「……本当はそうじゃないって分かってるんでしょ?」
だだをこねる子供のような声が出てしまった。手が離れた。先生は穏やかに微笑んでいる。まるで、弟を見つめる兄のようだ。
――年下だと思って、ナメるなよ。
俺は先生に顔を近づけた。
――はは、先生びっくりしてる。ざまあみろ。
キスというよりも、一瞬唇同士が触れ合っただけのシロモノ。
柔らかかった。先生から離れ、そう思った瞬間、俺は自分の大胆さに気がついた。
――告白より先にキスしてしまった。先生が俺のことを好きだって確証もないのに、なんてことをしてしまったんだろう。
ごめんって謝ろうと思ったのに、先生の顔を見たら、たちまち何も言えなくなってしまった。だって、顔を真っ赤に染めて、さっきまで俺の唇に当たっていた方の手で口元を覆って、うるんだ目で俺を見つめてくるんだ。
――色っぽすぎる、だろ。こんなの。俺のこと好きなんじゃないかって期待しちゃうよ。
許可なくキスしてしまったのに、先生は逃げようともせず、ここにいてくれている。もしかして、俺とのキスが「嫌じゃなかった」のか? 本当に期待して――自惚れてしまっても、いいのかな。
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