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(朝)パブロフの犬 2

「健人さん……?」  悠里は、突然黙ってしまった僕を訝しがっているようだった。しばらくしてから、衣擦れの音がして、かすかに笑う声が聞こえた。 「もしかして、健人さんもだった?」 「違います! これは名前を呼ばれたせいではなく、悠里がかわいすぎるからで――」  勃起していることは認めてしまっているじゃないか、と思ったが、もう遅い。後ろから肩をつかまれ、バランスを崩してそのまま倒れた。いつの間にか上体を起こしていた悠里の脚に、僕の頭が乗る。仰向けにさせられた僕は、まるでベッド同士をつなぐ橋のようだった。お尻がずるずると重力で下に引っ張られるのを、脚と腹筋でこらえる。  悠里がニヤリと笑った。眼鏡を取られた。悠里の顔が降りてくる。口づけされる。額、鼻先、口の端。ぺろり。犬が飼い主にするように、悠里が僕の唇を舐めた。 「健人さん。好き。健人さん、健人さん」  悠里からキスが落とされる。ズボンの上から下半身をまさぐるように、悠里の手が動いた。 「へへ、勃ってる」  悠里が嬉しそうに笑う。 「んんっ」  恥ずかしい声が出てしまう。体から力が抜け、床に落ちそうになって、慌てて悠里の手をつかんだ。 「だめです。朝食を食べ損ないます。バイキング、楽しみにしてたでしょう? 支度してください」  ベッドの上から手探りで眼鏡を見つけて、かけなおす。 「はあーい」  悠里がずいぶん不本意そうな声を出すので、目を見て言ってやった。 「夜になったら、たっぷりかわいがってあげますからね」  悠里が真っ赤な顔で固まった。その表情を見られたことに満足して、僕は体を起こして悠里のベッドに座り直した。 「冗談です。慣れないことをして疲れているでしょうから、今夜はゆっくり休んでください」  悠里の頭をひとなですると、嬉しそうに目を細めてくれる。  この世の全生物の中で一番かわいい、僕の恋人。愛しい愛しい、僕の悠里。 「シャワー浴びてきたらどうですか?」 「うん。そうする」  悠里がパジャマを体に巻きつけて、ベッドから降りた。 「きれいな体で美味しい朝食を食べにいきましょう。ねっ、悠里」  悠里が頭のてっぺんから足先までを赤く染めながら、僕の前を素通りしていった。  名前を呼ばれるだけで反応してしまうなんて、お互いどれだけウブなのだろうと思う。普通に名前を呼び合えるようになるまで、どれくらいの時間がかかるのだろうと考えると、笑えてくる。 「下着、忘れてますよ! 悠里!」  ビニール袋を掲げ、かさかさと鳴らしてみせるが、無視されてしまった。前屈みでバスルームに向かう恋人の背中を追いかけながら、悠里(この幸せ)を一生手放したくないと強く思った。 (「初夜 ―名前を呼んでよ―」了)

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