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(朝)パブロフの犬 1

※  翌朝、悠里を起こさないようにそっとベッドから抜け出し、身支度を整えた。コンビニに下着を買いに行くためだった。  部屋に戻ってくると、悠里がベッドの中でぼんやりと目を開けていた。 「おはようございます。よく眠れましたか?」 「どこ行ってたの?」  悠里の掠れた声が、昨夜の情事の激しさを物語っているようで、申し訳ない気持ちになる。 「コンビニです。君の下着を汚してしまいましたから、新しいのを買いに」  袋を掲げると、かさりという音がした。 「自分のは?」 「旅行の時はいつも、余分に持ってくるようにしています」 「……そう」  悠里が目の上まで布団を引っ張り上げた。 「いなくなっちゃったかと思った」  くぐもったその声は、あまりに小さくて、別のことに気を取られていたら聞こえなかっただろうと思う。 「そんなこと、しません」  並んだ二つのベッドの間に足を入れて、自分が寝ていた方のベッドに腰を下ろすと、ぎしっとスプリングが鳴る。悠里が布団の中でもぞもぞと体を動かし、寝返りを打った。ビニール袋をベッドに置き、僕の方を向いた悠里の背中を、布団ごしにさする。 「ヤリ逃げされたと思いました?」 「……荷物はあるし、そうじゃないって分かってたけど。でも、怖くて」  悠里の声には、涙が含まれているように聞こえた。 「不安にさせてごめんなさい。でも安心してください。僕は絶対に、君の前から消えたりしません。僕はもう、悠里のとりこですから」  悠里の体が急にびくっ、と震えた。それは、先ほどまでの反応と違っていて、心配になる。 「悠里? 大丈夫ですか? 悠里!」  びく、びく、と跳ねる。手から伝わる感覚で、これはまるで昨日の夜の、と思う。  ――まさか、悠里は。 「悠里」  頭の上で呟けば、「んっ」というかすかな声が聞こえてきた。  立ち上がり、布団をはぎ取ると、股間と口を手でおさえた状態で悠里が丸まっていた。 「名前に反応してるんですか?」 「ち、違っ」 「悠里」 「あ……」  悠里の腰が動きはじめた。自らの手に押し付けるように。 「なんでっ……やだ……」  恥ずかしそうに悠里が目をつぶって、顔をしかめる。自分の意に反して腰が動いてしまっているようだ。手にこすりつけ、(たかぶ)りを慰めようとしている悠里を見て、僕の中でスイッチが押される音がした。 「悠里、悠里、ゆうり」  名前を呼ぶたびに、悠里の体がぴくぴく動く。気づけば僕の唇は完全につりあがっていた。 「僕に名前を呼ばれると気持ち良くなれるんだって、体が学習してしまったんですね。そういうの、なんて言うか知ってますか?」  悠里の耳元に口を寄せ、囁く。 「パブロフの犬」 「やめてよ、健人さん!」  悠里が小さく叫んだ。ぴくりとアレが頭をもたげはじめる感覚があって、悠里に背を向け、自分のベッドの上で体育座りをした。静かに深呼吸を繰り返す。羊が一匹、羊が二匹……。

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