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第6話 猫の日と王子

「ショウ様? その、手に持っているのは何でしょう?」  私が自分の夢で、ショウ様にあれこれしてしまってから数日後。少々気まずいと思いながらも、お世話係は通常通りこなしていた。  ショウ様は手に、手のひらの大きさにも満たない、小さな袋を持っていらっしゃる。中身は何なのか、私は尋ねてみた。 「これ? お母様が新作だって……」 「新作?」  ショウ様のお母上は、とても好奇心旺盛でいらっしゃるようで、人を惑わすための研究を日々していらっしゃるようだ。 (先日の官能小説も、その一環だと仰っていたな……) 「これを飲んだら、どんな殿でもイチコロ、だって」 「……はぁ。それではショウ様が持っていても意味がないのでは?」  どうやら中身は薬らしい。殿方に効くというのなら、男性であるショウ様が男性を誘惑する薬を持っていても、仕方がない。 「うん。でも、興味があるから飲んでみるよ」 「えっ? はぁっ!? それならばせめて、私の前で飲むのはお止めください!!」  私は慌てて、袋を開けるショウ様に駆け寄り、手を伸ばした。  ショウ様の手がスローモーションのように動き、私の手をすり抜け、袋の中身がショウ様の開いた口の中にサラサラと──粉薬だったらしい──注がれる。  私はショウ様の口をこじ開けようと顎を掴んだ。 「ショウ様! お願いですから飲まないでください!」  しかしショウ様は頑なに口を開けようとせず、イヤイヤと首を振る。このっ、勉強も運動も嫌いなくせに、こういうことだけは興味を持つって、やっぱり淫魔ですね! 「……あ」  ショウ様が口を開いた。その口の中には何も無いようだ。 「……美味しい。濃厚ミルク味……スっと溶けたよ」 「ああああ……ショウ様ぁ……」  ショウ様の言葉に絶望していると、急に視界が歪んだ。ああこれ、いつものやつだ。というか、どうしてわざわざ夢の中に誘うのでしょう?  私はそう思いながら、ショウ様と一緒に床に倒れ込んだのだった。  ◇◇ 「ああ……来てしまった……」  気が付いたらいつもの地平線までの草原。私はため息をついてその場に腰を下ろす。もう学習したぞ。こちらからは一切接近しない方が良いって。 「にゃーん」  すると背後で猫の鳴き声……ではなく、ショウ様が猫の鳴き真似をしていた。振り返って見ていると、ショウ様は四つん這いでこちらにやって来ている。いつものように全裸で。 「ショウ様? 何をなさっているんです?」 「にゃー」  ショウ様は私の問いには答えず、私の身体にご自身の身体を擦り付けるようにして前に回ってきた。 「……っ!」  ショウ様の身体が触れたところから、ぞわぁっと鳥肌がたち、それを快感だと脳が認識する。 「し、ショウ様! 何だか猫みたいですけど、薬の影響は私には無いようですよっ?」  私は慌ててショウ様に、夢から出してもらおうと話しかけた。しかしショウ様はにゃ? と小首を傾げるだけで、言葉を話してくださらない。それどころか、私に尻を向けて草で遊んでいらっしゃる。そう、尻を向けて。 (み、見ちゃだめだ見ちゃだめだ見ちゃだめだ……!)  ショウ様のぷりっとした尻と、そこから見え隠れするショウ様の可愛い蕾。 「……ッ!」  ダメだ、これでは私の私が反応してしまう。そうだ、無になろう、無に。 「にゃー」  するとショウ様は胡座をかいている私に正面から抱きついてきた。ああ、ショウ様すごくいい匂いがする……って! 耐えろ、私! 「にゃー?」  しかしこともあろうにショウ様は、私の胸を猫らしく丸めた手で撫で始めたのだ。そうか、ショウ様は猫になっていて、遊んでいるだけなのですね? 遊んで……いる、だけ。 「……く……っ、う……っ」  ゾクゾクと腰から何かが這い上がる感覚に、身体が動きそうになるのを必死で堪える。ああ、私の私が反応してしまう……ダメだ……。  私は意図せず熱を帯びた吐息を吐き出すと、ショウ様は私の身体を脚で挟むように座った。 「ちょ、ショウ様……っ」  私は思わずショウ様の顔を覗いてしまう。  ウェーブがかかった漆黒の髪に、同じ色の大きな潤んだ瞳。その瞳のすぐ下が、うっすらと赤く染まっていて、私の心臓は大きく跳ね上がる。そして私の股間に感じる硬い感触は……と考えたら、脳が焼けるかと思った。  ショウ様が口の端を上げる。その優雅な動きに見とれていると、その顔が近付いた。そして耳元でショウ様はこう囁いたのだ。 「……にゃあ……」 「……っ、はぁぁぁんっ♡」 ◇◇ 「……ショウ様、もう二度と、金輪際、お母上の実験台にならないでください……」  私は真っ赤になったであろう顔を片手で隠し、ショウ様にお願いした。あんな情けない声を上げてしまうなんて、と内心頭を抱えていると、ショウ様は案の定、口を尖らせる。 「……全然効果が無かったからいいじゃん……」  僕が猫っぽくなっただけだったし、となぜかご不満の様子なショウ様。ええ? 一体、どうなってたら満足してたんですか? いや、聞くのは止めておこう。 「とにかく、オコト様からなにか頂いた時は、私にも同意を求めてください」 「……なんで」  すっかり不貞腐れてしまったショウ様は、また椅子の上で膝を抱えている。……魔族の作法もまたお教えしなければ。 「ショウ様、私はまだショウ様のお世話係として、おそばにいたいのです。ショウ様に手を出したと魔王様に知られたら、私の首が飛びかねません」 「……」  ショウ様はふい、と窓の外を見てしまった。ああ、これは完全に拗ねていらっしゃる。 「ずっと、おそばにいさせてください。お願いします」  私はその言葉と共に、深々と頭を下げた。  その途中で見えたショウ様の顔が、少しだけ赤くなっているように見えたのは、きっと気のせいだろう。

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