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第26話 王子とご挨拶
旅行から帰って数日後、私たちは婚約したことを報告すべく、魔王様に謁見した。
魔王様はそれはそれは見目麗しく、ショウ様を大人にして、髪をストレートにした感じでしょうか。しかし漂う雰囲気は穏やかながらも、絶対的な権力者という貫禄があり、その目で見つめられると嘘も付けなくなりそうで、私はとても緊張しています。
魔王様は玉座に長い足を組んで座り、肘をついてショウ様に尋ねる。
「で? 世話係を夫にしたいと?」
「はい。一生大事にします」
「分かった」
「ええっ!?」
私は魔王様の即答に、思わず声を上げてしまった。驚いたような四つの黒い目がこちらを見て、私は堪らず魔王様に問いかける。
「あの、身分の差など百も承知ですが、お許し頂けるなら……」
「リュート、それは今もらったよ」
「あっ? えっ? ですがよろしいのですか?」
まず反対されると思っていた私は、思ってもいなかった展開に頭が付いていけません。すると魔王様は「少し話をしようか、リュート」と仰るので、私は更に緊張した。
ショウ様が謁見の間を出て行くと、魔王様は「そんなに畏まらずに」と私の緊張を気遣ってくださる。
「本当に、リュートが婿に来てくれるなら安心だ」
「そんな……勿体ないお言葉です」
ひたすら恐縮する私に、魔王様はクスクスと笑って「相変わらず真面目だな」と仰る。しかし次には真面目な顔をして、魔王様は声を潜めた。
「アレの魔力は凄まじい。今は我の魔力で異空間を作って部屋を囲っているが……」
ふとした瞬間に淫夢に誘ってしまうし、その範囲が年々広がっていくので、ショウ様の私室は異空間に閉じ込めているらしい。ショウ様のお部屋へ行く時に廊下を四回曲がるのも、ショウ様があまりお部屋から出たがらないのもそのせいか、と納得する。
「なので、アレの興味の対象がお前一人なら、淫夢に巻き込まれる人数も減らせる」
……あれ? それはさり気なく私に犠牲になれと言われているような……気のせいですかね。
「何にせよ、アレが次期魔王候補として最有力なのは間違いない。……婿として頑張れよ。色々と」
「はい」
色々って何でしょう? と思ったが、聞くのは怖いので止めておく。魔王様は綺麗なお顔で微笑んでいらっしゃるし……ひょっとして、私はとんでもないことに首を突っ込んでしまったのかもしれません。
「ちょっと! 大事な報告だって言うのに、私がいないのはどうしてよ?」
「オコトっ」
観音開きのドアを、大袈裟にバーンと開けてツカツカと入ってきたのはオコト様だ。……相変わらずお召し物が紐ですね。ゆっさゆっさと揺れる胸から、紐が外れてしまわないかとしんぱ……いえ、何でもありません。
「あああああ今日も美しいねオコト!」
「いいから質問に答えなさいよ」
……何だかこの夫婦のパワーバランスが見えたような気がします。
「だって、オコトがいると魔王としての威厳が無くなっちゃうじゃないかぁ。こんな情けない魔王なんて誰も付いてきてくれないよぉ!」
おいおい、と泣きながらオコト様に縋りついているのはどなたでしょう? 私は見なかったことにした方がいいのでしょうか?
「我はオコトを前にすると、魔王以前に一人の魔族になってしまうから!」
そう言う魔王様の頬を、オコト様はバチーンと叩く。……結構いい音しましたね。
「そんなんだからショウも情けなくなるのよ! まったく、こんな魔王一族だと知ってたら嫁がなかった!」
「ああ! そんなこと言わないで! ねぇ、踏みつけていいから! 機嫌直してぇ!」
どうやら魔王様はオコト様の魅力にすっかりハマっているようですね。痛くして、としきりに仰っている姿は、どこかの変態ドM眼鏡野郎を彷彿とさせます。
というか、魔王様もドMなんですね。何だか頭が痛くなってきました。
「そういえばオコト様、トルンはどちらにいらっしゃいますか?」
私は旅行を手配して頂いたことに、感謝の意を表したいと申し上げると、今は珍しい植物を仕入れに出掛けているという。
「ねぇねぇオコトぉ、ショウも結婚することだし、我たちもまた子作り……へぶしっ!」
オコト様のおみ足にスリスリしていた魔王様。見事にオコト様の膝蹴りが入りました。あの、もう帰ってもいいですか?
「ショウには強くなってもらわないと困るわ。だから実験も続ける、いいわね?」
「いいよいいよ! だからもっと蹴って……!」
「うるさい豚野郎!」
ああん! と魔王様は情けない声を上げてまたオコト様に縋りついている。ああ、ショウ様への実験は魔王様公認なのですね。お可哀想に、ショウ様……。
二人のプレイが始まったところで、私はそっと謁見の間を出る。すると、ドアのそばに壁を背もたれにして、ショウ様が膝を抱えて座っていた。
「ショウ様、いらしたんですか」
「うん」
ショウ様は立ち上がると、パンパンと尻を叩く。今の会話を聞かれるほど、魔王様もオコト様も抜けてはいないと思いますが、少し心配だ。
「次は、リュートの家族に挨拶に行かなきゃ」
「それには及びませんショウ様。私の両親はとうの昔に淘汰されておりますので」
「……」
すると、ショウ様は驚いたように目を見開いた。そして愛しい婚約者は、少し眉を下げるのだ。もっとも、私は両親の仇討ちをしているので、もう自分の中では終わっていることです。……これはショウ様にお話しするつもりはありませんけど。
「リュート」
そんなことを考えていると、ショウ様は私を静かな声で呼んだ。高めの、凛とした声ですが、思わず従ってしまう声。
「部屋に戻ったら、子作りしよ?」
「……」
その単語を選ぶとは、よもや魔王様との会話を聞かれていませんよね? と私は内心ヒヤヒヤしながら、頷いた。
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