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第33話 王子と世話係
それから三ヶ月。その間にショウ様はドラゴンの尻尾を煎じて飲みましたが、あまりにも不味くて断念しました。なので体調も相変わらず……というか段々酷くなっていき、ベッドに伏せてばかりです。
「あの、本当にショウ様はご病気じゃないんですよね?」
「まあね。でも、このままイクと病気になっちゃうかもなぁ」
そう言って、魔族茶を飲んだのはトルンだ。さしもの彼も、定期的にショウ様の様子を診に来ては、体調を心配している様子。珍しく真面目です。
「あ、でも不倫するなら我輩と……」
「しません絶対に有り得ません近付かないでください」
やはり、ニヤニヤしながら近付いてきた変態ドM眼鏡野郎の顔を、私は足裏で止めた。その鬼畜さが堪んない、とそのまま靴を舐める勢いでしたので、蹴る。
「本当に、油断も隙もないっ」
「HAHAHA! 我輩はいつでも待ってるよ! また謁見の間で会おうリュート!」
「えっ?」
アデュー! と片手を挙げて爽やかに去っていくトルン。どういうことでしょう? 謁見の間でお会いするのは、魔王様だけのはず。確かに二人ともドMですが……。
「……」
私は考えないことにした。あの二人が同一人物だと言うのも恐ろしいが、あんなドMが二人いるのも恐ろしい。今の言葉は忘れましょう。
それよりもショウ様です。私はショウ様が眠る寝室に入り、そっと様子を伺う。すると起きていたらしいショウ様が、むくりと起き上がった。
「ああショウ様、起き上がって大丈夫なのですか?」
「うん、今日は比較的調子がいいから」
お可哀想に、普段は撫でたくなるほどの白いお肌も、今はカサついて少し色が悪いです。私はベッドの端に座って、ショウ様の額に口付けをした。
「ねぇリュート」
体調のせいかあまり覇気はないものの、優しい声で呼ばれて私は顔を覗き込む。漆黒の二つの目が細められた。
「さっき、トルンの診察で原因が分かったよ」
「えっ? 何ですか?」
ショウ様は優しく微笑む。お辛いでしょうにこの方は、どうしてそんなに優しい顔をするのでしょう?
「僕、妊娠してるみたい」
「……………………は?」
思ってもみなかった言葉に、私は固まった。
「赤ちゃんができたの。リュートの子だよ」
嬉しそうに語るショウ様。しかし私は理解が追いつきません。
「ショウ様、貴方は男性ですよね?」
「そうだよ?」
ごく当たり前のことを聞いて、当然ながら当たり前の回答が来る。ショウ様も、どうしてそんなことを聞くの、といった感じだ。
「男性は、妊娠できないはずじゃ……」
私がそう言うと、ショウ様は口を尖らせる。
「どうして? 僕は淫魔だよ?」
「……」
それがどうしてショウ様の妊娠と関係があるのでしょうかもしかしてアレですか私がショウ様を男性として見ているだけでショウ様は実は女性だったとかそう言う話じゃないですよねでも今確認しましたし……。
混乱し始めた私に、ショウ様は説明してくださる。
「淫魔は愛する人と交われば、子供もできるの」
知らなかった? と言われ、まさか同性同士でもそれが適応されるなんて、誰が思うでしょうか。
考えてみれば、性欲の減退、体調不良、性的刺激による腹痛……妊娠した時と同じような症状ではありますが、よもや本当に妊娠しているとは。ああ、これらは知識として知っているだけで、決して妊娠させたことがある訳ではありませんよ? と心の中でショウ様に言い訳をしておく。
「本当に、私たちの子……ですか?」
「何? 浮気を疑うの?」
やはり口を尖らせるショウ様。その顔が可愛らしくて、ショウ様の細い身体を抱き締める。
「いえ、信じられなくて……」
「まぁ、僕もまさか妊娠するとは思わなかったし」
そう言って笑うショウ様の声は、相変わらず私の耳をくすぐった。本当に、病気じゃなくてよかった、と思うことにしましょう。
「嬉しいです。二人とも、幸せにしますから」
「ふふ。僕も、二人を幸せにするつもりだよ?」
では、改めて三人でこれから共に生きていきましょう、と私はショウ様に口付けした。
その後、やはり口付けが止まらなくなった私に、ショウ様が「体調が安定してからね」と止められたのは、ここだけの話。
幼い頃に両親を亡くした私にとって、家族ができるというのは不思議な感覚でした。ただ、ショウ様と子供を大切にしたい。それだけで魔族って何でもできるんだな、と実感しました。おかげさまで、私とショウ様は幸せな日々を送っています。
◇◇
そして七ヶ月後、ショウ様のお腹の中で子は順調に大きくなり、無事に産まれました。元気な男の子です。
私は出産に立ち会いましたが(どこをどうやって出てきたのか、私にはさっぱり分かりませんでした)、あれ程何もできないもどかしさを感じたことはありませんでした。産まれた子はショウ様に負けず劣らず可愛らしく、目も髪も黒です。やはり王族の血は強いのか、と思いきや、かなり高い魔力耐性もあることが分かりました。やはり私の子ですね。
日々目覚しく成長する我が子を眺めていると、とても幸せな気持ちになります。それがショウ様と並んでいると、愛らしさ倍増だ。
「ほらニコ、パパだよ」
「あー」
こうやって、ショウ様に抱かれながらも、懸命に手を伸ばして私の元へ来ようとする姿を見ると、何とも言えない幸福な気持ちで満たされます。
「いたたたたたた! 髪の毛を引っ張らないでくださいっ!」
「あははは! リュート、髪長いから」
抱いた途端、おもちゃを見つけたとばかりに髪の毛を引っ張る我が子。それでも、その温かさと柔らかさに自然と笑みが零れます。
「そうだ、今度ニコと三人で旅行に行こう?」
「うー!」
ショウ様は笑顔でそう言う。子供が産まれてから、ショウ様は積極的に外や人と関わるようになりました。ショウ様も母親として、変わろうとしてるんですね。あ、いや男ですけど。
性別を考え始めると混乱するので、私は考えるのを止めた。今が幸せなので、この幸せを続けるために、私はできることを努力するだけです。
「ショウ様」
「ん?」
振り向きざまにショウ様を呼び、不意打ちでキスをした。途端に甘い香りが漂ってきて、私はそれに誘われてもう一度、キスをする。
「……今夜、ニコが寝ても起きて待ってるから」
「ええ」
少しうっとりとした表情のショウ様に、私は頷いた。そしてまた、離れがたくてキスをする。
「んー!」
「いたたたたた! だから、髪の毛を引っ張らないでくださいってば!」
「もうリュート、髪の毛切ったら?」
そんな会話をしながら笑い、幸せだなぁと噛み締める。
笑顔が絶えない家族になりますように。私はニコにもキスをした。
ショウ様、私と結婚してくださって、ありがとうございます。
[完]
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