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第37話 番外編 血祭りと世話係

 今日は毎年恒例の『血祭り』です。  魔界の血祭りとは、武闘会のことを指すのですが、いつも大盛り上がりなんですよ。ということで、私とショウ様とニコ、魔王様とオコト様は観覧席で観ていました。魔王様の御前とあって、みなアピールに必死ですね。あ、もちろんデスマッチです。  年々この『血祭り』の知名度も上がっていて、腕に自信のある選手が増え、レベルも高くなっています。観客も席を埋め尽くすほどで、まさに祭り気分になりますね。    ……歓声が一段と大きくなりました。どうやら今年のチャンピオンが決まったようです。すると、そのチャンピオンは、レフェリーの制止も聞かずこちらに向かって何か叫んでいます。 「……リュート、呼んでるよ?」  ショウ様がニコを私から引き取りながらそう言う。 「私ですか? 困りましたね、私にはもう家庭があるというのに」  そう言って私は立ち上がった。決闘を申し込まれているのに逃げるのは、魔族最大の恥です。  闘技場に降りると、レフェリーがさすがに慌てていた。婿入りしたとはいえ魔王一族の一員ですからね、デスマッチはやれないと言いたいのでしょう。 「リュート! この魔界で一番強い奴はお前だと聞いた! 勝負だ!」  相手は『血祭り』のチャンピオンとあって、ガタイもよく、戦うのにバランスがいい体格をしていました。筋肉ばかり付けても、己の筋肉の重さで素早さを落としてしまっては、不利ですからね。  私は止めに入ろうとするレフェリーを手で制すと、ジャケットを脱いだ。そしてそれを地面に落とすのと同時に、相手が地面を蹴ってこちらに向かってくる。  私はできるだけ相手を引き付けて、渾身の力で繰り出しただろう右手の突きを、避けていなした。勢いを殺されてよろけた相手は、その一瞬で私との実力差を知ったようだ。振り向きざまにキラリと鋭く光る物を振りかざし、私のシャツを五ミリ程切り裂く。  さすがチャンピオンです。ギリギリ避けましたが、奥の手を最後まで出さずに勝ち上がってきたのは、やはりそれ程の実力、ということ。 「……やはり貴方は、ナイフの方が慣れているようですね」  後ろに数歩飛び去って距離を取ると、相手のナイフの持ち方が独特なことに気付く。指先だけで軽く柄を持ち、身をかがめ、手と身体をゆらゆらと揺らし始める。腕で防御しながら、攻撃の機会を伺う……いつでも攻撃できるように、身体の力は程よく抜けていた。これは、本業の方でしょうか? 「やはりバレてたか」  相手はそう言いながらも、視線は私の目から外さない。私の勘が確信になった。 「いいんですか? 殺すことが本業の方が、こんな大衆の面前に出て来て」 「それは……」  相手はまた地面を蹴って向かって来た。 「お前がターゲットだからいいんだよ!」  先程の突きよりも格段に速いナイフでの突き。やはり本業の方でしたか。  私は、それを相手の背中側に避ける。すると相手は一瞬の間にニヤリと笑った。まずい、と思ったら案の定、突き出した腕と反対の足で裏蹴りが迫ってくる。 (しまった! ナイフの突きに気を取られて軸足を見落としました……!)  奴は突きと同じ足を出して攻撃していたのだ、最初の拳は布石だと気付き、やはり殺しのプロだと悟る。  それなら、私も本気を出さねばなりません。  私はその蹴りを敢えて受ける。そして素早くその足を捕まえた。 「……っ」  少々痛かったですが、捕らえてしまえば怖くありません。奴は捕まると思っていなかったのか、もがいていましたが、私はその足を足首から無理な方向へ曲げると、いい音が鳴りました。 「うぐ……っ!」  奴はさすが悲鳴は上げなかったけれど、ものすごい形相でこちらを睨む。顔を目掛けてナイフが飛んで来ました。危ないですね。でも、最後まで戦意を失わないのは讃えましょう。 「雇い主は?」 「い、言うか!」 「……そうですか」  残念です、と私は奴の足をその場に落とす。バランスを崩した奴は地面に倒れ、私はその身体を踏みつけた。ぐじゃ、といい音と感触がする。  わぁ! と歓声が上がった。ブーツに着いた血を払ってジャケットを拾い上げると、絶命した奴が係りの者によって片付けられていく。 「……シャツが少し切れてしまいました。私もまだまだですね」  そう嘆息して、ショウ様の元へ戻ろうとした、その時。 「ちょおおおっと待ったあああ!」  後ろから叫ばれて、聞き覚えのある声にため息をつく。どうして、貴方がここで出てくるのですか。  少しうんざりして振り向いた目線の先には、トルンがいた。

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