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第38話 番外編 魔王様と世話係
「どうして貴方がいるんです?」
「どうしてってぇ? そりゃあリュートに蹴られたいからさ!」
どやぁ! とでも聞こえそうな表情のトルン。威張って言うことじゃないですよね。
「あ、いえ……でも貴方の正体が分かった今、蹴るなんてことはできません」
「そんなぁ! 吾輩、一度でいいからリュートの蹴りを受けてみたい、なっ!」
「うわっ!」
相変わらずの変態発言をしていたかと思いきや、いきなりトルンは回し蹴りを仕掛けてくる。間一髪避けたものの、あっという間に懐に入られて胸ぐらを掴まれ、投げ飛ばされる。
「うう……っ!」
背中を地面に打ち付けて呻くと、ニヤニヤとしたトルンが上から覗いてきた。しかし眼鏡の奥の瞳が笑っていなくてゾッとする。やはりこの方は魔王なのだ、と。
「エキシビションさ!」
止めに入ろうとしたレフェリーに、トルンはくるり、と両手を広げて回った。
「この通り吾輩は強い! 皆もリュートの強さは今しがた見ただろう? リュートが吾輩に一発でも当てられたら、魔王の座を譲ろう!」
トルンはよく通る声でそう言うけれど、皆が皆、口をポカンと開けて「何言ってんだこいつ」という表情だ。すると、トルンはスっと目を閉じると、次の瞬間にはあの、黒髪の魔王様の姿になっていた。
「うおおおおお!!」
いきなり出てきた変態男の正体が魔王様だと知った観客は、闘技場が割れるのではないかと思う程の歓声を上げる。
「……どうして煽るようなことを……」
私は起き上がって服の埃を払うと、魔王様は「その方が盛り上がるだろ?」と笑う。完全に楽しんでいらっしゃいますね。
「さぁ、どうかな? 我は手を出さないことにしよう!」
魔力に頼らず、武器にも頼らず、一発だけ。魔王様は大袈裟に空を仰いだ。一見隙だらけに見えますが、全然隙がありません。
「どうしたリュート? 早くしないと日が暮れてしまうよ?」
ふざけた口調で私の周りを歩き回る魔王様。煽っているくせに少しも隙を見せない魔王様は、私の目の前に来て顔を覗き込む。
「……っ!」
私はできるだけノーモーションで、拳を突き上げた。──案の定避けられましたね。こうなったらやれるだけやってみましよう。
私が動いたことで歓声が一層大きくなった。やっちまえリュート! と言う声と、魔王様強い! と言う声が混ざり、大盛り上がりです。
「そうそう! そう来なくてはな!」
魔王様の瞳が楽しそうに輝いた。しかし、私はあれこれ手を出してみるけれど、どれも避けるかいなされてしまいます。これは、完全に実力が違いますね。
「リュート! 頑張って!」
すると、ショウ様の声が聞こえた。怒号のような歓声の中、ショウ様の声がハッキリ聞こえるなんてと驚いていると、いきなり目の前を拳が突き抜ける。
「考え事していていいのかな?」
「……っ」
私はその腕を払うと、魔王様は笑ったまま足を払ってきた。バランスを崩した私は何とか転ばずにしゃがんだものの、すぐさま次の攻撃が来て後ろに飛び去る。
やはり力の差は圧倒的ですね。魔王様は余裕ですし……だからと言って、このままやられっぱなしという訳にはいきません。
「あなたー! 頑張ってぇ!」
オコト様の声も聞こえる。魔王様にもオコト様の声が聞こえたのか、オコト様に向かって手を振っていた。
「頑張るから、ご褒美ちょうだいー!」
「──今だ!」
私は一気に距離を詰め、魔王様のみぞおち目掛けて拳を突く。しかし。
「甘いよ」
シュッと風を切る音がした。魔王様は私の突きを左腕でいなしながら笑う。不覚にも、その絶対的に相手を従える強い眼に怯んでしまい、その時にはもう、魔王様の拳が私の顎に当たろうとしていた。
しまった、と覚悟を決めた、その時。
「お父様! リュートに怪我させたら許さないしニコも抱かせてあげないからね!!」
ピタリ、と魔王様の動きが止まる。──辛うじて、魔王様のアッパーは免れました。
止まった魔王様は、ギギギギ、と油の切れた機械のように首をショウ様に向け、次にはだぱぁ、と大量の涙を流す。
「そ、そ、そ、それはやだぁ! ショウ、それはあんまりだよ!」
魔王の威厳の欠けらも無い泣きっぷりに、観客もシーンとなっている。
「ニコたんは抱っこしたい!」
「じゃあ一発当てるだけって言いながら、お父様も手を出してるのは何で!?」
「うぐっ!」
いきなり始まった親子喧嘩……というか、一方的にショウ様が魔王様を責めている様子に、誰も口を挟めなかった。
◇◇
『血祭り』が終わった後、魔王様が「リュートが強いから、つい本気になってしまった」と口にすると、ショウ様は烈火のごとく怒りだしました。まぁ、魔王様の自業自得ですね。
「なぁ、ショウたん、機嫌直して? ニコたんだっこさせて?」
……こう、くねくねと気持ち悪いほどに相手に擦り寄る姿は、トルンと同一人物だと納得しますね。所詮魔王様も、一人のおじいちゃんってことですか。初孫ですし。
「やだ。お父様、リュートを狙っていたでしょう」
「え?」
突然のことに私は思わず聞き返すと、魔王様はあからさまに慌てだした。
「そそそそそんなこと、ないよ? だからニコたんを我に……」
「やだ。リュートで遊ぼうとした罰です」
「ああ~ん……」
つまり私はこの魔王親子に好かれていたということですか? ショウ様はともかく、魔王様の方は全く気付きませんでした。ただただ気持ち悪いとばかり……すみません、魔王様。
「あ、リュート、今酷いこと考えたでしょ?」
魔王様が涙目でこちらを見てくる。私はそっと視線を逸らした。
「リュートは僕のだからね!」
ショウ様が魔王様の耳を引っ張って、私から遠ざけています。痛い痛いと叫びながら、ショウ様に逆らえない様子の魔王様。
なんだかんだ、最強なのはショウ様なのでは、と思った瞬間でした。
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