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nickelodeon
その夜、映画を観ようとスワローに誘われた。
モッズコートを翻し、ポケットに手を突っ込んで意気揚々夜の街を歩く。
「珍しいじゃないか、お前から言いだすなんて」
「ガキの頃はよく行ったろ」
「覚えてるよ、兄貴のツレなんてやだってごねたの」
「執念深いヤツだな……そういう年頃だったんだって、思春期ってか反抗期ってか」
「今もたいして変わんないよ」
「てめえと一緒だと洟啜る音や声がうるさくてさっぱり集中できねーんだよ、いちいちわぁ!だの、ぎゃあ!だのオーバーリアクションで騒ぐから筋がてんで頭に入らねェ」
「お、大袈裟だって。そりゃちょっとは独り言いうけどマナーの許容範囲内だ」
「ポップコーンあちこち飛び散らせた挙句に拾い食いするしよ」
「だってもったいないじゃん」
「濡れ場になるときまって両手で顔隠して真っ赤っか。童貞かよ」
「もう捨てたよ」
「おめっとさん」
ポルノビデオで免疫も付けた、と心の中で補足する俺の後ろめたさを知ってか知らずかスワローがやる気のない拍手で褒めてくれる。
兄貴と一緒だと映画を観た気がしないと言われ、どんな顔をしたらいいかわからない。心当たりはあるが、こればっかりは癖なので仕方ない。見ている最中は殆ど自覚がないのだ。
アンデッドエンドには|映画館《シネマパラダイス》がたくさんある。
子どもの頃トレーラーハウスで旅して回った田舎町では滅多にお目にかからなかったが、此処ではさして珍しくもない娯楽として、庶民の間に浸透している。
俺は映画が好きだ。見ている間だけは弟にコケにされ続ける辛い現実を忘れられる。
昔はよくスワローと一緒に忍び込んじゃ最後列で立ち見をしたものだ、母さんの馴染みに連れてってもらったことも何度かある。
おごってもらったポップコーンのしょっぱさや、喉で弾けるコーラの味が郷愁と共によみがえる。
もっとも、そんな役得に預かれるラッキーはごく稀だったけど。
母さんには気前よく貢いでも|俺達《おまけ》には出し渋る、ケチんぼが多かったのだ。
自由人を地でいくスワローは夜ぶらりとでかけることがあって、用向きを訊ねればその時々で答えが違うから適当に流していたが、「映画を見に」と言う時だけはうっかり付いて行きたそうな顔をしてしまった。
他はラブホだったりクラブだったりバーだったり、俺にはとんと縁のない場所が多い……自分で言ってて哀しくなってきたが、事実なのでいかんともしがたい。なお前科があるからカジノへ行く時だけは必死に止める。
スワローの場合どこへ行くにしてもセフレ(大抵異性だがたまに同性)との逢引がセットなので、最近じゃいい加減こりて地雷原の詮索は控えている。自虐癖はあっても自傷癖はない。真実を知ってしまえば、おのれの境と引き較べてモテない男の僻みが蓄積される。
……ていうか、仮にも関係を持ってる兄をさしおいて堂々と浮気に行くのはいかがなものか。
今だって週に最低三度は求められてるっていうのに、どんだけ絶倫だよコイツ。ヤリたい盛りか。
よそで発散してくれるのは助かるんだけど……じゃないと死ぬ、犯り殺される。
そんなわけでひさしぶりに連れだって夜遊びにくりだしたのだが、なにぶんひさしぶりすぎて緊張する。
物騒な界隈に住んでる習性で、のっぴきならない必要に迫られない限り夜は外出しない。アパートの屋上を借りて、狙撃の訓練をするのがせいぜいだ。
ライフルを担いで屋上へ向かう俺をソファーに寝そべったスワローは「豆鉄砲の調整ご苦労様」と冷やかすが、一日でもサボると勘が鈍る。ルーティーンを黙々とこなす、強迫観念に近い義務感……かっこよく言えば、譲れない信念だ。
「それにしても、明るいね」
目庇を作って、宵の口の通りを見渡す。
デスパレード・エデンからトラムで二駅の場所に、ほどほどに風紀の乱れた繁華街がある。
どのあたりがほどほどかというと、クスリの売人が娼婦やゴロツキといけない交渉をするのは、荒廃の激しい路地裏に限られてる点だ。
さらに治安が悪くなると表通りで堂々とやらかす上に声もひそめない。クスリを売り付ける相手から括りが消滅し、ホームレスだろうが子どもだろうが見境がなくなる。
売人に最低限の良識を期待するのもおかしな話だが、路地裏にひそんで商売してる分まだ理性と慎みが残っていると評価できる。
色とりどりのネオンが軽薄に瞬く猥雑な通りには、一目で水商売とわかる露出過剰な女たちと胡散臭い女衒、肩で風切るゴロツキがあふれる。
無秩序に張り出す看板が頭上を圧し、ネオンで仄かに明るむ空を狭く区切る。
スワローが小生意気に鼻を鳴らし、夜行性の人々でごったがえす賑やかな往来を見渡す。
「この街自体が砂漠の誘蛾灯みてえなもんだからな、虫けらが喜んでたかるフェロモンまきちらしてんだよ……ってオイこらなにしてんだ」
垢にまみれた物乞いの前に屈み、空のギターケースにコインを落とす。
「少なくて悪いけど」
「滅相もない、これで夕飯が食えまさあ」
申し訳なさげに詫びれば、いたく感激されて心が温まる。いいことをした。スワローがひく、と口の片端を痙攣させ半笑い、親指の背で脇道をさす。
「ツラ貸せ」
「いだだだだだだだスワローちょ、やめて」
耳を引っ張られ強制撤収、路地の暗がりに引きずられていく俺を年老いた物乞いがぽかんと見送る。
「痛い、引っ張るなって!もげたらどうする」
「安全ピンでくっつけっから大丈夫」
「お前が耳にしてるヤツなら遠慮する」
「唾で消毒するよ」
「なおさら無理、グロは勘弁」
「おそろいはいやか」
「まねっこはね」
「さておいて。ちょっと目ェはなしたすきになにしてくれちゃってるわけ|鳩頭《ピジョンヘッド》、脳味噌まで平和お花畑か?」
「俺のカネをどうしようと俺の自由」
「でたよ、お人よしの病気。その調子で小汚ェ物乞いやぼっちの芸人見かけるたんびに気前よく弾んでやっから肝心な時に足りなくなるってわかってんの?」
「素通りできないだろ……」
「いやしろよ。みんなしてんだろ」
「困ってるんだからちょっとくらいいいことしたっていいじゃないか」
スワローの指摘は正しく、表を出歩くたびに物乞いにポケットマネーを施してるが、非常識レベルの浪費癖が矯正されないどころか増長中の弟と違って家計を圧迫するでなし人に親切にして文句をいわれる筋合いはない。
俺は憤慨して腕を組む。
「相手は腹がふくれて俺は心が満たされる、結構尽くしじゃないか。人に優しくしろって母さんにも言われたろ」
「ガキの頃のこと忘れたのか。いかにも足萎えでございってこれ見よがしに松葉杖立てかけたオッサンのお涙頂戴の身の上話を真に受けて、財布がすっからかんになるまでお恵みしてやったの。しばらく行って振り返ったら、ぴんしゃんして歩き去ったろ。それを見たお前は一言、なんてぶちかました?『治ってよかったね』だとさ!」
「アレは『足の悪い気の毒な乞食はいなかったんだ、よかった』って意味」
「同じだろ、内職で稼いだ銭だましとられて大損だ!」
「わかっていてもだまされてあげる優しさだ」
「いーや賭けてもいい、素でだまされてたね。目ェまん丸のアホ面が証拠」
昔のことを蒸し返されると立場が弱くなる。俺が忘れてほしい事柄にかぎってスワローの記憶力は忌々しいほど抜群だ。
俺が他人にやさしくすると何故かへそを曲げる、反抗期をこじらせきった弟のお説教はまだまだ続く。
「アンデッドエンドは寝ぼけた田舎町と違って目端のきく悪人がうようよしてる、乞食に施してるのを連中に目撃されたら駄ガモ認定まっしぐら、骨までしゃぶられてポイだ。大体てめぇはガキの頃からそうだ、道端の乞食にゃポケット裏返してコイン渡すし、人が集まらねえストリートミュージシャンや大道芸人がいりゃ、しまいまで見入って全力拍手」
「がんばってる人には報われてほしい」
「アーティストへの同情は侮辱。お情けの投げ銭なんざ嬉しくもなんともねえよ」
「同情なんて……俺は純粋にすごいと思って、いいもの見せてもらったお礼がしたくて、それで」
反論の語尾が後ろめたげに鈍る。
きんぴかのサックスを仰け反り吹き鳴らすストリートミュージシャンや、一輪車を乗り回しながらジャグリングを演じる芸人がいると、その場を動けなくなるのは子供の頃からの癖だ。
入りが悪いとなおさら離れがたく、最後までまんじりともせず見守って手が痛くなるまで拍手してしまうのだが、それを偽善と非難されると返す言葉もない。
見ている間は本当に夢中になれるから引け目に感じることもないのだけど、俺までいなくなるとがっかりするだろうなと思うと足に根が生えて何時間でもそのまんまだ。
嫌々さがしにきたスワローにモッズコートの袖を引っ張られ、あきれ顔で回収された経験も少なくない。
「お安い感動屋はなに見ても人生楽しそうで羨ましいぜ、鼻で笛吹いても爆笑できるんだもんな」
「これから観に行く映画は面白いんだろうな」
露骨にあてこすられ、憤懣やるかたなく話題を切り替える。
スワローに誘われた映画の詳細は知らない。ネタバレはいやだからあえて探らないようにしてたが……
スワローが口を開きかけた時、すれ違った俺好みの美人がウィンクをする。
「かわいい子ね、一緒に遊ばない?」
またナンパか。相変わらず俺はスルーか。コイツと一緒に歩くと日常茶飯事だ。大いにふてくされてそっぽを向けば、突然肩を抱き寄せられ、煙草の匂いが鼻腔にもぐりこむ。
「兄貴とデートだからまた今度な」
不意打ちに心臓がはねる。
「!!ちょ、スワローお前なんっ、は?!」
「妬けちゃうわね、お幸せに」
ウェーブがかった金髪―おそらく染めているーを揺らし、軽やかに片手を振って歩み去る美女と、ニヤケた笑みを浮かべる弟を呆然と見比べる。
スワローはまだ俺の肩を抱いたまま、手のぬくもりに落ち着きをなくす。
「でっ、デート?」
「事実だろ?」
そうなの、か?
路面電車に乗って市場やスーパーに買い出しにいくのはデートじゃないし……二人ででかけることはこれまで多々あったけど、デートとか、間違ってもそう呼べるような甘ったるい雰囲気じゃあなかった。
じゃあ、今夜のこれが初デート?
「…………ッ、」
肩にのっかった手を慌ててひっぺがし、しれっとした顔のど真ん中に怒りわななく人指し指を突き付ける。
「行きずりの人にデートとかいうな、夜道で人目かまわずべたべたする近親相姦ゲイカップルだって誤解されるだろ!」
「完膚なきまでに事実じゃん」
それの何が悪いと開き直る弟に絶句、人さし指を力なくおろして諦念のため息に暮れる。
恥じらいもなければ慎みもない。
いわんや常識や良識なんてもとから備わってない。
同じ母さんの腹から産まれたのに、どうしてこうなにもかも違うのか不可解だ。
ちょっと噛んでしまった舌が痛い。
へどもど口を押さえて立ち尽くせば、だしぬけに人目が気になりだす。
ひょっとして俺達、そんなふうに見られてる?
そんなふうに見えるのか?
肝心のスワローは……
「……そんなふうに見られて、いいのか」
「セフレ?」
「恋人同士」
身も蓋もない言い方をイラッと訂正してから、呟く。
「お前さ……兄さんを一体なんだと思ってるんだ」
「血の繋がったセフレ」
「いうと思った」
「|生身《フレッシュ》なラブドール」
「マグロで悪かったね」
「んじゃセフレ以上恋人未満でどうだ」
予想外の返しに、カラフルなネオンが彩る横顔をまじまじ見詰める。
今までさんざんセフレだのオモチャだの俺のモノだの暴言吐かれてきたけどスワローの口からハッキリ「恋人」と告げられたのは初めてで、仮やたとえでも息苦しい感情がこみ上げて、モッズコートの襟を立てて顔を突っこめば、スワローがわざわざ意地悪く覗き込んできて、極端な顔の近さにまた心臓がとびあがる。
「カオ赤くなってる。ほんっとウブいな」
「う、うるさい。へんなこというから……急ぐぞ」
さっきまで普通に歩けてたのに、スワローとの距離感や人目を急に意識して、ぎくしゃくしてしまうのが恥ずかしいやら情けないやら。
よく見ればすれ違う人々の中にはやけに密着した男女が多く、その組み合わせは男男だったり女女だったり色々だけど、髪をかきあげ何事か囁き、喉を仰け反らせてそれに応じ、腰に手を回して肩を抱いたり、頬ずりがてら唇を触れ合わせたりと、濃密なスキンシップが交わされている。
俺達もあんなふうに見えてるのかな。
スワローに抱かれた肩が悩ましい火照りを帯びて、自然と身を窄める。
スワローと歩く時にどう見られてるかなんて一度も気にしたことなかったのに……どうかしてる。
俺達はもう、普通の兄弟には見えないのだろうか。
普通の兄弟には戻れないのだろうか。
自覚に至った現実に一抹の寂しさが吹きこむが、一方でくすぐったいような、含羞にも似てもぞもぞする感情を持て余す。
「見えてきたぜ」
スワローが無造作に顎をしゃくり視線を誘導。
繁華街の片隅にある古ぼけた映画館。
切れかけのネオンが息も絶え絶えに点滅し、煤けた外観を浮かび上がらせる。
「随分と……年季が入ってるね」
「ボロいだろ」
せっかく言葉を選んで感想を述べたのに、スワローの一言で台無し。
「よく来るの、ここ」
「暇なときにな」
子どもの頃立ち寄った田舎町で見かけたような、ノスタルジックな佇まいにどこか安堵する。
入り口付近には色褪せたポスターが貼られ、上映時間とタイトルを書いた立て看板が出ている。
「映画館っていうより、黎明期に流行ったニッケルオデオンだね」
「んだよそれ」
「20世はじめに流行した規模の小さい庶民的映画館。ニッケルは5セント硬貨、オデオンはギリシャ語で屋根付きの劇場の意味。当時は貸店舗を改装して、夜間だけ興行してたんだって」
「物知りじゃん」
「本で読んだだけさ」
「当時の貨幣単位はヘルじゃなかったんだな」
珍しく褒められて、照れ隠しに肩を竦める。
「映画館っていってもピンキリだ。アップタウンにゃもっとでっかくて豪華なのもあるって聞くが、この位がちょうどいいだろ」
「気軽に観れるし」
「なんたって安い」
あんまり豪華だと貧乏性のならいで尻ごみしていた。敷居が低いのは嬉しい。
しばらくネオンサインに彩られた看板に見とれていたら、スワローが袖を引っ張って催促する。
「ぼさっとすんな、行くぞ」
「待てよ、まだあらすじの途中……」
「いいから」
ガラス張りの回転ドアを開けていざ中へ、不機嫌な男性が居座る窓口でチケットを購入し先へ進む。
ホールの片隅にこぢんまりした売店があり、ポップコーンやコーラを販売していた。
「ポップコーンください。Lサイズで」
「コインが足りないよ」
「え」
しまった、さっきあげたんだった。
「ポップコーンとコーラ、両方Lで」
「はいよ」
代金が足りず追い返され、意気消沈する俺をよそに、スワローがポップコーンとコーラを注文する。しかもLサイズで。
「…………」
しょげかえる俺の前で、腕一杯に戦利品を抱えたスワローがドヤ顔をきめる。
「ほれ見ろ」
「……俺のポップコーンがあの人の晩飯に化けたんならいいさ」
負け惜しみで呟き、隙をうかがって一粒摘まもうとするも失敗。
俺の指が届く前に素早く引っこめ、スワローが苦々しげに罵倒する。
「乞食かてめえは」
映画館はお世辞にも繁盛してるとはいえなかった。
掃除も行き届いてなくて廊下やホールの床は油っぽく、煙草の吸殻やガムなんかのゴミが散らばっている。
コーラとポップコーンを抱いたスワローがずんずん行くのにもたもた追い縋り、好奇心を抑えきれずあたりを見回す。
観音開きの巨大な扉を押し開けると、薄暗い劇場が広がる。人は疎らで、およそ三割の入りだ。
「流行ってないのかな……?」
「喜べ、自由席だ」
窓口の人にちょっと同情する。スワローは上機嫌で先へ行く。
映画館は特別な雰囲気を持っている。
それは建物の新旧大小に関係なく、現実と虚構、日常と非日常に橋をかける空気だ。
久しぶりに入る劇場に高揚。年甲斐もなくはしゃぎ、通り過ぎるシートの背凭れを叩いて弟にしゃべりかける。
「真ん中がいいな、よく見えるから。昔は桟敷で立ち見だったし……ゆったりシートに掛けて映画を観れるなんて天国だ、ポップコーンとコーラがあれば最高なんだけど」
「ちらちら視線くれんな見苦しい」
「どうしてそんなに意地汚いんだ?」
「てめえの弟だからだよ」
とはいえスワローも俺の意見には賛成で、劇場のど真ん中のシートに両足を放り出してふんぞりかえる。
スワローの右隣にいそいそと腰掛け、背凭れを押してクッションの弾みを確かめる。
「いい加減なにやるか教えてくれよ」
「はじまってからのお楽しみ」
「やけにピンクの占有率が高い看板だったね。ラブストーリー?」
「ジャンルで言えば当たらずも遠からず」
「あらすじ位読ませてくれたっていいだろ」
タイトルだけじゃ内容まで判別付かない類の映画だ。
スワローはじらし上手の引っ張り上手でのらくらとぼけるし……
まあ、どんな映画でも目一杯楽しんで元をとる自信はある。ただしホラーとバッドエンド以外。
周囲を見回し、あることに気付いて耳打ち。
「なあスワロー」
「何」
「なんかここ、カップル多くないか」
カップルというか、二人一組が異様に多い気がする。
一番近い客は通路を隔てた向こう側の男女で、肘掛けにおいた互いの手を熱っぽく握り合っている。
「気のせいだろ」
「そうかな……」
映画への期待が先行して見落としていたが、よくよく観察すれば少ない客のほぼ全てが異性同性の恋人同士で、上映前からキスしあったりペッティングしたり大層居心地が悪い。
まったく、公共の場をなんだと思ってるんだ。マナー違反もいいところだと、目のやり場に困って腹を立てる。
「俺達がガキの頃も映画館でさかってる連中フツーにいたろ」
「さすがにここまで大っぴらじゃなかったぞ。うわ、舌まで絡めだした!どうしよう、注意したほうがよくないか。他の人の迷惑に……ってまわりはもっとすごい……」
「しっ、始まる」
スワローが唇に人さし指をあて、反射的にお口チャック。
開演のブザーが鳴り響き、照明が急激に落ちていく。
姿勢を正し深呼吸、気を取り直して前を向く。上映中によそ見をしたら映画に失礼だ。
そして映画が始まった。
なんてことない、男と女が出会って恋に落ちる普通のラブストーリーだが、ヒロイン役の女優がなかなか好みだ。赤毛のショートヘアが初恋の女の子に似ているせいか、真剣に見入ってしまう俺の横で、スワローはマイペースにポップコーンを噛み砕く。
そのうち、異変に気付く。
「……………なあスワロー」
「なんだよ」
館内に大音量で響き渡る喘ぎ声と、スクリーンで絡み合う四肢に、やや俯き加減に弟の袖を引っ張る。
「……濡れ場、やけに長くないか」
「フツーだろ」
「もう10分は続いてるぞ」
「イマドキの映画はそうなの」
ずぞぞぞとストローで不作法な吸引音をたてる弟に、赤面気味に耳打ちするもまともに取り合ってもらえない。
初恋の女の子の面影をやどす女優が、一糸纏わぬあられもない姿となって全裸の男と絡んでいる。
男の上に跨って放埓に腰を振り、かと思えばボカシすら入ってない男のペニスを咥え、大股開きで抱えられて……
おかしい。これは絶対におかしい。
不必要に長い濡れ場が20分を経過した頃、貧乏ゆすりとよそ見を経て、遂に耐えきれず口を開く。
「もしかしてこれって……」
ポルノ映画。
「ここ、ポルノ映画を上映するとこ?」
「正解」
衝動的に席を立ち、まっしぐらに出口に向かいかけた俺の腕を掴んで無理矢理引き戻す。
「映画の途中で出るのはマナー違反」
「お前、おま、最初から知ってて……死ねよ馬鹿、詐欺野郎、破廉恥漢!」
「まあ過激。聞かれなかったから答えなかっただけだ」
「映画を観るっていうから付いてきたんだぞ!」
「立派に映画だろ」
「殆どヤッてるだけじゃないか、ストーリーもへったくれもない」
付いてきて損した。デートと勘違いしてちょっとでも浮かれてた自分を殴りたい。
目の前のスクリーンでは、初恋の子の面影を重ねていたヒロインが肉付きのいい尻を振りたくって喘いでいる。
「帰る」
「いいからじっとしてろ」
「帰りたい……」
ちょっと泣きが入る。
俺だって健全な男子、エロ本やエロビデオを見ないとは言わない、ぶっちゃけ日々大変お世話になっている。
だが殆どだまし討ち同然に連れてこられた空間で、不特定多数の観客とドギツいポルノ映画を見せられるなんて、恥ずかしさいたたまれなさでどうにかなってしまいそうだ。
なんでみんな平気なんだ?
『あッ、あぁッいいっやっ、イくぅそこぉ』
「う………、」
スクリーンを占領する女優の痴態を目の当たりにし、ズボンの前が張り詰めていく。
なまじど真ん中のいい席なので、顔を上げると女優のアソコがとびこんでくる。
荒々しい吐息と性急な衣擦れの音に応じ、熱がこもりだす。
一分一秒でも早く終わってほしいと縋るように念じ、じれったく膝を擦り合わせて勃ち始めた前をごまかすも、スワローにいち早く見抜かれる。
「勃っちまった?」
「ッ……、」
「あの女、ジェニーに似てるな」
「~~ほんっとやな性格だな!」
周囲を憚り小声で叫ぶという器用なまねをすれば、からっぽになったポップコーンとコーラの容器をポイ捨て、スワローが肘掛に手を這わせる。
肘掛をこえて侵入した手がごく軽く膝に触れ、「あ」と一声漏らす。
館内は薄暗い。
客同士は離れている。
スワローの手が膝を這って股間へもぐり、ズボンの上から膨らみをなぞりだす。
「ぅ……やめろ……バレたらどうする」
「よく見ろ」
含み笑いに促されて暗がりに眼をこらし、ぎょっとする。
間隔をあけて座った二人一組の客たちが、ある者は男の膝にのっかり、ある者は互いに服をはだけて口を吸い、張り合うように破廉恥な行為に及んでいる。
「ああんっ、いい、そこぉ、やめないで」
「あッふぁッやぁあああああああッ、すっごい太いのォだめェ」
「んあッ、ふぅうッ、もっと強く」
どうして気付かなかった。
スクリーンにかかる映画そっちのけで過激な前戯をくり広げる観客に開いた口がふさがらない。
ギシギシと席を軋ませて上下動する恋人たちの群れを正視するにしのびなく俯けば、スワローがやわやわとペニスをもみほぐし、下着の中に入ろうとしてくる。
「……今、映画中……」
「こんな状態じゃ頭に入んねーだろ」
「頼む……人前でこんな、無理だ、できっこない……」
「誰も見てねェって。見せ付けてやんなら別か?」
茹だりきった頭がぐるぐるする。
嫌だと叫ぶ理性と裏腹に、周囲で絶え間なく上がる喘ぎ声や衣擦れの音、スクリーンの痴態に触発されて股間が固くなっていく。
コートの裾を掴んで引き下ろし、股を隠す。
「ほっといてくれ」
もうすぐだ、もう少しの辛抱だ。
キツく目を瞑り、音声が無理ならせめて映像だけはやり過ごそうと努める俺に、スワローがシートを倒してすりよってくる。
「!ッく、ぁ」
ズボンの中に片手を突っ込み、下着ごしに揉みしだかれる。
ボクサーパンツに恥ずかしい染みが浮き、ペニスと密着する布地が黒く淫猥にかたどられる。
「蒸れ蒸れだな。初体験のポルノ映画で勃起か」
「スワロっ……へん、なとこ、いじるな……手、ぬけ……」
「布越しでも糸引きそうだ」
手首に縋り付き懇願するも、拒み通すには強引すぎる。
ボクサーパンツの中心を緩く撫で擦られ、敏感に高められたペニスがひくひくする。
湿り気を帯びた下着の気持ち悪さに膝が突っ張り、吐息が震える。
「!!っあ、」
今度は直接、下着の中へ。
くちゃくちゃとカウパーを捏ね回す音……スワローの手を、じかに感じる。俺のモノを掴んでしごき、先端に指をひっかけ、鈴口にとぷりと盛り上がった先走りをぬりこめる。
「映画館で手コキされてコーフンしてんの?感じまくりじゃん」
「……ちが……」
「ド淫乱。イきそうなカオ、みんなに見てもらうか」
前屈みになって首振るしかない俺を、スワローが言葉でねちねちいじめる。
周囲は暗がりに包まれてよく見えないが、甲高い喘ぎに交じる太い吐息やシートの激しい軋みで、何が行われてるか容易に想像付く。
人工の暗闇がいやがおうにも想像力を刺激する。
スワローが唐突にごそごそとやりだし、何かを取り出す。手元は暗くて見えない。
モッズコートの裾をはためかせて風を送り、股間の熱を冷まそうと躍起になっていた俺は、手遅れになるまで弟の企みに気付かない。
「?スワ、ロ、なに」
スワローが意味深に手を翳す。
ズボンの上、股間の中心に、何か冷たく固いかたまりが固定される。
刹那―
ヴヴヴヴヴヴッ!
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッあ!?」
凄まじい刺激に襲われ、ひとりでに身体がはねる。
電動の甲高い唸りは映画の音声がかき消してくれて事なきを得たが、残酷な振動は止まらない。
俺の股間に押し当てられたプラスチックの卵の正体は、ローターだ。
「あッ、あぁッ、うぁ、あーッ」
行儀悪く片膝がはね、尻がずり落ちる。開きっぱなしの口から赤ん坊みたいな呻きが上がる。ズボンの上からでも凄い刺激だ。
「音が聞こえちまうから中入れるぜ」
「待、」
びくん、と仰け反る。スワローが俺の下着を引っ張り、中心にローターをあてがってまた被せる。
ボクサーパンツを穿いていたのが災いした。
密着性の高い下着が滑り止めになってローターを固定、機械的な振動が容赦なく前を揺すり立てる。
「あッ、あぁ、んぅあっスワロっ、止め、イく、ローター、もっ無理」
「イくイくうるせえな、ちゃんと前観ろよ」
無茶苦茶だ。
俺がローターの振動に弱いの知ってるくせに、もうこっちは完全にシカトで放置する。
「ッ……、」
汗ばんだ手で肘掛を掴み、唇を噛んで顎を引く。
周囲にバレたら、死ぬ。もう生きていけない。下着とズボンに遮られて幸いにもローターの音は殆ど聞こえない。ごくかすかにヴヴヴとこもった音が漏れるだけだ。
ローターは卑猥なピンク色のコードで、スワローが羽織るスタジャンのポケットと繋がっている。
手は使える。抜けばいい。いや待て、下着に手を突っ込んでるのを他のだれかに見られたら……オナニーしてると思われたら?
凄まじい葛藤と恥辱に手が震え、パニック寸前まで追い込まれた頭が真っ白になる。
その間も玩具の強烈な震動は止まらず、一番敏感な先端を責め続ける。
頭蓋の裏側で喘ぎ声が膨らむが、それが映画の音声なのか周囲の雑音なのか、はたまた俺自身がだしてるのかすら朦朧として判じかねる。
「すあろ……、」
舌が粘って名前を呼ぶだけで一苦労だ。
自然舌足らずな、昔の呼び方になる。
「スワロ……ッ、聞こえてるんだろ、無視するな……こっち向け」
「るっせーな、いま山場だ」
露骨な舌打ちと共に目だけこっちに向けてくる弟に、殺意が沸く。
「下着に入ってるの、抜け」
「イカくせえ。どんだけカウパーもらしたんだ」
「聞けよ人の話……コレ、悪趣味なの、さっさとどかせ……」
「コレじゃわかんねーよ」
「……ろっ、ローター……」
「もう一度。どこに入ってるなにを抜けって?」
「俺ッ、の……下着……股のあいだ……あたってる、ローター……お前が放り込んだ……」
「どこに当たってるって?」
「俺っ、の、一番感じるトコ……」
訥々と、途切れがちに訴える。わかってるくせにいちいち言わせる、本当に性格が悪い。認めるのは悔しいが、ローターの刺激だけじゃイきたくてもイけない。生殺しだ。
前を刺激されることで尻が疼き、逃げ場を失った熱が生煮えの腰を蕩かす。
スワローが愉快げに笑い、ポケットに手を入れる。
「!!!!!!あッ、」
振動がまた一段階強まる。
「今は3」
「スワロー、なにす」
「4」
「うぁッ、ああッ、んッぐ、うぅーーーーーーーーーーーーーッ!!」
さっきのは序の口だった。ヴ―ッと凶暴な唸りをあげ、無機質なローターが滅茶苦茶に動き出す。汗を吸って蒸れたボクサーパンツにぴっちり押さえこまれ、尻の穴にまで振動を響かせる。
「あっ、ああっ、ふぁっちょっ待、強すぎ、ィぐ」
ぐしょ濡れの下着からズボン、そしてシートにまで、いやらしい染みが広がる。カチカチとスワローが見えない摘まみを回す。
「5」
「ーーーーー――――――ーーーーーーーーーーーーーッ!!?」
「可愛いな兄貴。汗びっしょりカオ真っ赤、ローター放置でびんびんか」
「……はッ……あぁ」
「シートびしょびしょじゃん。小便でもしたの?」
ヴーッ、ヴ―ッ、とローターが唸る。俺はシートにぐったりと沈み、それを聞く。
「後ろが寂しいだろ。そっちに突っ込んでやろうか」
強弱は最大のまま、ローターが前を攪拌。ペニスはもう完全に勃起して、ボクサーパンツを窮屈に押し上げている。
我慢汁と汗をたっぷり吸った生地が浮き立たせるペニスの中心が丸く膨らみ、気も狂いそうな振動を送りだす。
「んッ、ぅくう、あふ」
喉仏が上下、生唾を伴った甘ったるい嗚咽がとめどなくあふれてくる。気持ち良すぎて我慢できず、せっかちに腰が浮く。
シートを滑りおり、スワローの上に跨る。
「おい……ピジョン?」
スワローの足を大胆に跨いで膝立ち、首に両手を回す。
背後の喘ぎ声が最高潮に盛り上がり、歪んだ虚構が現実を浸蝕していく。
「―怒ったぞ」
ローターが股をシェイクし、尻の穴を通して胡桃大の前立腺が甘美に痺れる。頭は朦朧としているが、それを上回る激しい怒りに駆り立てられ、困惑げな弟にしがみ付く。
「映画に行くってゆーから付いてきたのに、結局こうなるじゃないか」
お前はヤることしか考えてなくて。
準備万端、ローターまで持参して。
ちょっとでも浮かれてたのが馬鹿みたいだ。
デートとか言われて、真に受けたのがアホくさい。
だから……
「お仕置きだよ」
スワローの耳朶に唇を近付け、低く掠れた声で囁く。
「待てよピジョン」
どうせまわりもみんなやってる、だれもこっちを見ていない。
場末の映画館の退廃した薄暗がり、あちこちのシートがギシギシ軋んでひっきりなしに声が上がる。絡んで、まぐあって、蠢いて……スクリーンなんて見もせずセックスに溺れる恋人たち。
ひどく捨て鉢な気分になって、自虐的な嗜癖も加速して、スワローの膝へゆっくり腰をおろしていく。
「!?ッ…………、」
スワローの肩に手をかけたまま、慎重に尻を沈める。
俺の股間とスワローの股間が互いの膨らみを圧して重なり合い、下着を通した機械的な振動が伝わる。
「響くだろ?ずっとガマンしてたんだ」
「―ッ、調子のってんじゃねェ……落とすぞ」
「上映中に騒ぐのはマナー違反じゃないの?」
自分の発言を逆手にとられ、尖った目に怒気が爆ぜる。
弟のジーンズの股間へ、手を使って自分のをあてる。びりびりと電流のような痺れが生まれ、ふくらみごとゆっくり揉みほぐす。
「ぅ………、」
「結構くるだろ」
「るせえ」
積極的な俺に、スワローが面白いくらいに戸惑っているのがわかる。
コレは仕返し、ちょっとしたお仕置きだ。
そう自分に言い訳し、弟のと激しく擦り合わせる。
今夜の俺は変だ、自分でもわかってる。
久しぶりに映画にきて、それをデートと勘違いして、二重に手酷く裏切られた腹立ちがおさまらない。映画館という非日常に片足突っ込んだシチュが倒錯した興奮に拍車をかける。
ローターでさんざんにもてあそばれた身体はたまらなく疼き、やり場のない激情と劣情を煽り立てられ、自分勝手きわまりない弟をこらしめてやりたくなる。
「じっとしてろよ」
「騎乗位……対面座位?そっちからしてくれるなんて珍しいじゃん」
余裕を吹かせる減らず口をひと睨み、不器用に急く手付きでペニスを引っ張り出し、自分のと一緒にこねくりまわす。
もちろん、ローターごと。
「ぅ……」
スワローが小さく吐息を漏らし、ほんの僅かあとじさるのを見逃さない。背凭れに倒れた弟へのしかかり、優しく命じる。
「半分こだよ、スワロー」
「よせ、」
ビーッ、てのひらで圧迫されたローターが高く鳴く。
スワローのカリに卵をあて、裏筋にすべらし、先走りにぬめる亀頭のあいだに挟んで擦り立てる。スワローがギュッと唇を噛み、じれったくこみあげる快楽に耐える。
「てめえがノリノリだと、調子狂う……な」
「お前もローター好きなんだね」
「好き、じゃねえよ、ほざくなド淫乱」
「こんなべとべとじゃ説得力ない、シートまで濡らしてるじゃないか」
腰が勝手にくねりだす。
自分が酷く淫らになっていくのが、わかる。
今夜は特別、今まで耐えに耐えてきたものを解禁する。
デートと言われて、嘘でも少し嬉しかった。それを最低の裏切りで報われて、弟への嗜虐心が目覚める。少し位いいじゃないかと都合よく自分に許し、切なげに息を上擦らせるスワローをのぞきこむ。
「よく見せて」
「ッは……、」
一度キツく瞑ってから薄眼を開き、潤んだ目でこっちを見る。
ビーッ、ビーッとローターが出力高まって鳴るたび、表情が悲痛に歪んで犯したい色気が滴る。無理矢理感じさせられて混乱する顔。
「お前の感じてる顔、かわいい。ローターで一緒に捏ねられるのが好きなのか」
「マゾ扱いすんな……てめェは突っ込まれて泣き喚く側、俺は突っ込んで高笑いする側。オーケー?」
体は正直だ。口では否定しても、スワローの前は勃ちあがりはじめている。俺は小さく笑い、腰をグラインドする。
「!!ッぅう、んぅ」
ローターを強く押し付けられた体が仰け反り、肘掛をひっかく。
コイツは俺のいい場所をとことん知り抜いてるけど、俺だってコイツのいい場所を知り抜いてる。
最大のまま、俺とスワローの間で生まれた振動が互いの腰へ広がっていく。
「ジーンズ……色変わってるぞ」
手挟んだ顔に夢中でキスをし、下着から引っ張り出したペニスの先端を、スワローと激しくこすり合わせる。
スワローは、スイッチを切らない。ポケットのリモコンの存在自体忘れてるのか、それでもいいと思ってるのかわからないが……吐息を荒げるスワローに抱き付き、片手でぐちゃぐちゃやりながら腰を揺らす。
「んッ、んんッぅ」
「ふぁッ、あぁあッ、ぅあッ」
スワローのと俺の、一緒にかわいがる。
ローターを奪い合って互いに押しあて、二人分の先走りに塗れてしとどに濡れ光るそれを揉みくちゃにし、はたいて払い、奪われたら奪い返し、激しすぎる振動に喘ぐ。
「続き、見なくていいのかよ」
「それどころじゃ、ないだろ、ぅあっ」
「すっげえエロい顔、ヨダレたれてら」
「お前こそ……上も下もぐちゃぐちゃだぞ、そんな顔で喘ぐんだな。はしたない」
暗闇が俺と、俺達を大胆にさせる。
今ならどんな恥ずかしいことでもできるし言える。
加速度的に高まる一方の射精欲に理性が蒸発、ローターを毟り取ってスワローが一番感じる裏筋へ押し付ける。
「~~~~~~~~~~~~ッあぁ」
「ここ好きだろ?フェラチオのときイイ声だす」
「……クソ野郎……」
イエローゴールドの髪がしっとり濡れ、とろんと濁りながら悔しげに引き歪む双眸を遮る。
と、スワローが俺の手からローターをもぎとって、こっちの裏筋へとあててくる。
「―――――――――――あぁッ、あ―――――――!!」
「はッ……お前の反応のがすごいじゃん、俺の見たあとだと興奮する?」
「いッ、スワロやめ、謝る、謝るから離せ……ぅあッ、ふぁあぁ」
「すっげいい……兄貴のビリビリ、あてるとくる……」
「イく、あッあッあぁあ、イきたい、あ、もっと欲しい、もっと」
二人分の体重を受け止めるシートがうるさく軋み、俺はスワローに縋り付いて、わけもわからず喘ぎまくる。
スワローが尖った犬歯を剥いて嗤い、自分のと一緒に握り締めた俺のペニスを、一際強く擦り立てる。
「わかったよ、イッちまえ」
「ぁ―――――――――――――――――ッ!!」
脳裏で閃光が爆ぜ、思考が漂白。大量の精を放ち、白濁が飛び散る。
「はッ……は……」
漸く止まったローターが、ポトリとシートに落ちる。スワローも同時にイッたらしく、俺の腹にぐったりと顔を突っこんでいる。
スクリーンにエンドロールが流れる段になって、疎らな人影が席を離れていく。
徐徐に白み始めた館内で、どうしてもスワローの顔を見る勇気がでず、そそくさと服の乱れを整える。
なんてことをしてしまったんだという自責と後悔の念を、いやでもこれはスワローが悪いと断固打ち消し、どうか誰にもバレませんように切実に祈る。
館内が完全に明るくなり、スッキリした顔で三々五々引き上げる客を見送ってから、スワローは大きく伸びをして腰を上げる。
「どうだった、大人の映画館は」
「……内容全然覚えてない」
「だろうな」
スワローが俺の頭をぽんぽん叩き、使用済みローターを投げ渡す。
「外で待ってっからトイレで洗ってこい」
「…………俺が?」
「なんなら『中』に入れてきてもいいぜ?」
「…………………」
その場に捨ててめちゃくちゃに踏み付けたい衝動に駆られるが、実の弟にローターを押し付けてとんでもないことを口走った数分前の記憶が生々しくぶり返し、全てを飲み込んで頷く。
先刻までの押せ押せが嘘みたいにしおらしくなった俺を眺め、スワローが大袈裟にため息。
「それ済んだらさっきの売店でポップコーン買ってやっから」
「本当?」
「ホントホント」
「Lサイズにしろよ。絶対だぞ。嘘吐いたら今度こそ絶交だぞ」
くどいほど念を押し、ローターをポケットに突っ込んで走り去る背中で苦笑いを含んだ独り言を聞くが、あえて知らんぷりをした。
「ちょれぇヤツ」
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