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PuttanescaBoogie

俺の得意料理は娼婦風パスタ(プッタネスカ)だ。 「ったく、世話が焼けんな」 太陽に透けたジンジャエールと同じ色だね、とか兄貴がねむたいポエムをほざくイエローゴールドの髪を後ろで束ね、腰にエプロンを結ぶ。 腕まくりして手を洗い、まずはニンニクをみじん切りにする。 お次はアンチョビとブラックオリーブの半量を粗みじんにし、片手間に鍋で大量の湯を沸かす。 料理のコツは同時進行、効率よくてきぱきやることだ。 ピジョンはこの基本がなっちゃねえ、なにをやらせても鈍くさくて要領が悪い駄バトは煮込んでる時ゃ鍋に、炒めてる時ゃはフライパンにかかりきりになる。 おまけに味見と称しちゃぱくぱく摘まみ食いやらかすもんだから、出来上がった時にゃ三分の一に減ってる始末。 フライパンにオリーブオイルをひいてニンニクを炒めると香ばしい匂いが広がる。食欲そそる匂いに腹が鳴る。 「あーだりぃかったりぃ、なんで腹減ってんのに一から切って茹でて炒めなきゃなんねーんだよクソが、誰が稼ぎ頭だと思ってんだ俺様にメシ出すのが使えねー駄バトの役目だろ」 フライパン片手に具材を炒めながらぼやく。 事の起こりは数時間前、ピジョンの唐突な宣言だ。 「ストライキするぞ」 「は?どこで」 「今ここで」 「なんで」 「お前が一週間連続料理当番サボるから」 朝帰りの寝ぼけた頭でようやく事態を飲み込んだ俺は、でかいあくびをかまして見飽きたマヌケ面を観察する。 俺の帰宅をリビングのソファーでまんじりともせず待ち構えていたらしいピジョンは腕を組み、懇々とお説教をたれはじめる。 「とぼけたって無駄だ、本当に怒ってるんだぞ」 「仕方ねーじゃん夜遊びで忙しいんだよ」 「仕方ないの意味が行方不明。同居はじめる時に約束したろ、当番は一日交代だって。なのにお前ときたら毎日毎日女のケツ追いかけまわしちゃプイといなくなって、おかげでこっちは階段上り下りしてゴミ出しに洗濯物洗って屋上に干しに角のドラッグストアに買い出しに大忙しだ」 「エレベーター使えよ」 「話をすりかえるな」 「足腰鍛えてんの?スタミナは付きそうだな」 「いま故障してるんだ。ってのはどうでもよくて、一緒に暮らしてるんだから最低限やることは分担しろ。ほかを拒否るならメシだけでも作れ」 苦渋の妥協案を示すピジョンに「なんで?」と聞く。 「お前の方が向いてるからに決まってるだろ」 「いやいや兄貴もいい線行ってるってマジ」 「心にもないお世辞どうも、可もなく不可もない味だとか砂糖と塩を足して割った結果相殺して無になったとか言いたい放題のくせに」 「塩と砂糖が殺し合って無難になったとは言ったが無駄になったとまでは言ってねえぜ」 「何が哀しくて朝帰りした弟のために眠い目こすってコーヒー淹れなきゃならないんだ、俺はお前の召使いか?」 「兼、性奴隷」 「スワロー!」 ホントのことじゃんと心の中で口を尖らすがこじれるから伏せとけば、本格的にへそを曲げちまった駄バトがこの世の終わりのような顔で嘆く。 「お前ってヤツは子供の頃から成長しないな、面倒くさいことは全部こっちにぶん投げて知らん顔だ」 「ガキの頃のこと蒸し返すのは反則」 「いいや蒸し返すね、十年来の恨みが積もり積もってプッツンきたんだ。俺は本気だぞ、今度こそ本気だぞ?人がせっかく作ってやったパスタにアルデンテじゃないとかミートソースが水っぽいとかケチ付ける恩知らずの為に毎日メシこしらえるのはもーうんざりだ」 「あのミートソース水で薄めて嵩増ししたろ」 「黙秘権を行使する」 「せこいマネすんなバレバレだ、お前ってヤツあ昔っから意地汚さにかけちゃ天下一品だな、自分のサンドイッチにだけピーナッツバターちゃっかり厚く塗ってたの覚えてるぜ」 「役得って辞書で引けよ、お前の分も作ってやってるんだからクレーム言われる筋合いないね」 「模擬戦に負け越す方が悪ィ、テメェの軟弱さを恨め」 「じゃあせめて皿運ぶとかテーブル拭くとか誠意見せろよ、働かざるもの食うべからずって東洋の諺にあるだろ」 「俺様の誠意はスロットと同じでアトランダムなんだよ、出目をそろえて大当たりを狙え」 「不誠実がすぎる」 「十回ヤらせてくれたら一回発揮される仕組みだ。ほらアレだ、お前の好きなポイント制よ。幻の皿欲しさにシコシコ貯めてんだろ?」 「下品なたとえに幻の皿を引くな!しかも他のヤツと泊まるからメシいらないとか作る前に連絡いれろよ無駄手間だろ、俺はお前専属の残飯処理係じゃないぞ!」 「最近肥えてきたのはそれでか」 「他にどんな理由が?」 「至れり尽くせり可愛がってやってっから幸せ太りかと、いてっ!」 ピジョンが俺の脛を蹴飛ばす。コイツはマジでキレてる。 そんなわけで、ピジョンはすっかりおかんむりだ。 挙句の果てにはやれストライキだのたわけたことぬかして、ムッツリ部屋に閉じこもっちまった。 勝手にしやがれ。 そっちがその気ならこっちはこっちでやらせてもらうと開き直り、手狭な台所を好き放題散らかして鼻歌まじりに調理開始。 プッタネスカとはイタリア語で「娼婦風」をさし、忙しい娼婦が休憩の合間に身近な食材でパパッと作ったから、または娼婦のように刺激的な味わいだから、あるいは娼婦が客引きに使うくらいうまいからと由来は諸説ある。 辛さに加えて酸味と塩味が特徴のパスタで、余りもので簡単に作れるのが魅力的だ。 缶切りで開封したトマト缶の中身をフライパンにあけ、ニンニクとよく混ぜる。 隣で火にかけた鍋がコトコト言い、仄白い湯気が広がる。 「よし」 ヘラの先に付着したソースをひとなめ、ニンマリほくそえむ。料理は久々だが勘は鈍っちゃない。 沸騰して吹きこぼれる寸前に弱火に絞り、円を描くようにパスタを投入。適当にかきまぜてほぐれるのを待ち、食器棚から平皿を二枚とりだす。 ガキの頃からピジョンと母さんは俺のメシが好きだった。 俺が作るもんならなんでも美味そうに食べて、厚かましくおかわりを要求する。 俺は母さんと兄貴の胃袋をガッチリ掴んで、そのことを内心得意がっていた。 「……男娼くずれが娼婦風パスタとか、笑える」 最後の仕上げにとりかかりながら自嘲する。肉や新鮮な魚介類を使わず作れるプッタネスカは、缶詰や保存食に頼りきりのウチの定番メニューだった。 料理は好きでも嫌いでもねえ……いや、面倒くさいからどっちかっていうと嫌いだ。 ただ、俺のメシを食って喜ぶ二人の顔を見るのはまんざらでもない。思春期に入ってからこっち料理に手間と時間を費やすのが馬鹿らしくなって兄貴に投げっぱなしにしていたが、サボる理由はそれだけじゃない。 調子に乗らせるのは癪だから、本人にゃ絶対教えてやんねえけど。 ソースとよく和えたパスタを平皿によそり、形よく盛り付ければ特製プッタネスカの完成。 刺激的な辛みとトマトのうまみ、ケッパーとオリーブの酸味にアンチョビの塩味が絶妙に調和した会心の出来栄えに満足する。 両手に皿を持ち、リビングを抜けてピジョンの部屋のドアを蹴飛ばす。 「おい開けろ」 「……………」 「シカトかよ」 「なんだよ、いま手がはなせないんだ」 「奇遇だな。俺もだ」 「?」 「両手が塞がってて開けらんねェ」 「そうか。窓に回れ」 「死ねってか?」 「雨樋腐ってるから気を付けろ、通行人巻き添えにしたら大変だ」 「とっとと開けろよ駄バト、蹴破ンぞ」 ドアを蹴飛ばして脅しゃあシカトした場合の修理費がよぎったのか、特大のため息を共に開け放たれる。 開口一番文句を言おうとしたピジョンの鼻先に、問答無用で出来たてパスタを突き付ける。 「ん」 「え」 当惑顔のピジョンを押しのけるようにして中に入り、皿を直接床におく。 「…………」 ピジョンは気まずそうに引き返し、俺の乱入で中断した銃の点検作業に戻る。 布の上にはスナイパーライフルの部品が、各部位ごとに丁寧に分類され並べられている。 「相変わらず几帳面なこって」 「なくしたら大変だろ」 油のしみた布で丁寧に銃身を拭くピジョンの隣に胡坐をかき、フォークに無造作に巻いたパスタを大口あけて頬張る。 「うんうめえ、俺様はなにやらせても天才だなだれかさんと違ってきちんとアルデンテだし。トマトの甘酸っぱさをコショウと唐辛子がピリッと引き締めてらァ、控えめにいって乙な味だね」 もっしゃもっしゃ、豪快な咀嚼と嚥下を物欲しそうなピジョンにさんざん見せ付けコップの水をあおれば、とうとうたまりかねた駄バトがおずおずと聞いてくる。 「……俺の分は?」 無言で片方の皿を押しやる。 ピジョンの顔が一瞬ゲンキンに輝くも、すぐ幻滅がとってかわる。 「フォークがない」 「じゃあ食えねえな、ご愁傷様」 「……なんて手のこんだ嫌がらせだ。実の弟ながら人間性を疑うぞ」 「どういたしましてお兄様。目で見て味わえ」 「目と胃袋は繋がってないから腹がふくれない」 「匂いをオカズにしろ」 「鼻でパスタ啜れって?」 「それか犬食い」 「服が汚れる」 「全裸になれよ」 「ソースがたれたら熱い上に火傷する」 「そーゆープレイだと割り切れ」 兄貴的にゃ人間の尊厳はどうでもいいかのかちょっとひっかかるが、拾い食いが趣味の駄バトに元から尊厳なんぞ高尚なモノはないと考え直す。 憤慨すれども空腹には勝てないピジョンが口の開け閉めをくりかえし、しまいにはもどかしそうに引き結びフォークを運ぶ俺の手を見る。 その鼻先にパスタを巻き付けたフォークを浮かべ、大きく口を開ける。 「あーん」 一瞬あっけにとられたピジョンが、ほんの少し顔を赤らめてまねをする。 「……あーん」 顔の前で二回三回とフォークを回し、近付けちゃ引っ込めるじらしプレイで気が済むまでおちょくれば、腹を立てたピジョンが前のめりにフォークを追っかけてくる。 十分楽しんだことだし意地悪はやめ、口ん中にフォークを突っ込む。 ピジョンが夢中で咀嚼と嚥下、ガキっぽく相好を崩す。 もう一口とねだられて新たにパスタを絡めたフォークを突っこめば、ちゅるりとはみでた先端を啜り上げ、唇の油汚れをなめとる。 「んぐ、俺の好物を、ごくん、懐柔に使うのは卑怯だぞ」 「食べるか喋るかどっちかにしろよ」 「…………」 「食うのかよ」 「手掴みで食べる訳にいかないし仕方ないだろ、残しちゃもったいない」 プッタネスカに罪はないと言い訳がましく呟くてのひらは真っ黒、俺の世話にならなきゃメシなんて食えやしない。 調子こいてあーんするピジョンのお口に、パスタを絡めちゃ突っ込んで甲斐甲斐しく食わせる。 なんだかひな鳥の餌付けをしてる気分だ。 食い意地張ったマヌケ面と向かい合うと悪戯心が刺激され、ピジョンの口に辿り着く寸前にフォークを方向転換し、自分の口に運ぶ。 「あ」 「なんだよ?作ったなァ俺だぜ」 「……いいよ食えよ、兄さんと弟でフェアに半分こだ。育ち盛りは栄養とらないとね」 恩着せがましさの極みで苦渋の決断を下すピジョン。 「さっすが兄貴、話がわかるね」 それからは三回に一回、五回に一回と、どんどんピジョンに与えるおこぼれの頻度と量を減らしていく。 運ばれても運ばれなくてもけなげに口を開けて待ち続けるピジョンが期待を裏切られるたび絶望し、報われるたびご満悦の笑みになる、そんな一喜一憂の表情に釣られて口元がゆるむ。 遂に堪忍袋の緒がブチ切れ、大人げなく顔真っ赤で食ってかかる。 「ちょっと待て、フェアじゃないぞ」 「どこがだよ」 「お前の方がたくさん食ってる、全然半分こじゃない」 「作ったヤツがいちばん多く食うのは当たり前じゃん」 「理屈じゃそうだけど、むぶっ」 揚げ足をとられたピジョンの口にすかさずフォークを突っ込んで黙らせてから、パスタの先っちょがたれているのに気付いて舌なめずり。 「隙あり」 「ん――――――――!?」 唇の外にはみでたパスタを咥え、ちゅるると吸い込む。その勢いで油っこい唇が接触、ピジョンが目をまん丸く見開く。 突然のキスに硬直するウブな兄貴に向かい、ねっとりと唇をなめまわして言ってやる。 「コショウ多すぎか?唐辛子はもっと足してもいいか」 「お前ね……」 がっくり脱力するピジョンの前から空っぽになった皿を引き取り、とっとと部屋を出る間際、降参の一声に代えて渋々な調子の呟きが落ちる。 「……唐辛子はちょうどいいよ。ごちそうさま」 皿を持ったままチラリと振り返れば、胡坐を組んで作業を再開したピジョンが、ふてくされた顔で銃身を磨いてる。 「ストライキはやめたのか」 「プッタネスカに免じてね」 仲直りする時は大抵兄貴が折れる。 オリーブオイルが後引くキスをかすめとって廊下に出、空っぽの皿をシンクに浸けてから台所で煙草をふかす。 「アイツ、なんもわかっちゃねえのな」 俺は俺のためにピジョンがせっせとこしらえるメシが好きだ。 毎度朝帰りする俺の為に沸かしておくコーヒーや、ブツクサ文句をたれながらボウルにぶっこむシリアルや、向かい合わせの席で退屈な説教を聞き流しメシを食うひとときが好きだ。 アイツが俺に尽くす姿はいじらしくてたまらないし、食っちまいたいほどかわいい。 たとえ味がもう一歩及ばなかろうが、ピジョンが俺のこと考えながら俺のためにこしらえたメシこそ世界一にきまってる。 「絶っっっっっ対言わねーけどな」 心の中でのろけてからにわかに気恥ずかしくなり、急いで煙草を揉み消して吸い殻をシンクに流す。 ピジョンは俺のプッタネスカが大好きだ。 アイツの胃袋は俺のモノ、俺の小鳩は俺だけのモノ。

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