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完結◇第4話
翔は、思いっきりおかしそうに笑い声をあげている。
「ははは。おもしれー。お前、ホントーにおもしれーの。お前の必死の顔、ホラーだっつーの。本気で、俺に襲われるとか思って、びびっちゃってんの」
はああ?
何これ? さっきまでの翔は、どこにもいない。
「お前、ホント、おもしれーな。早く、行ってこいよ。金なら、テレビの下の引出しに、入ってるよ。母さんには俺がテキトーに言っとくから、持ってけよ」
翔は、俺をまたいでベッドから降りると、ジャケットを羽織る。
「俺、部活行くから。お前も、待ち合わせに遅れんぞ」
翔の言葉に腕時計を見ると、もう出ないといけない時間になっている。
はあ、また、からかわれたのか?
翔の顔には、笑いしか浮かんでいない。
つーか。
「いい加減にしろッ。今度ふざけたら、もう、お前とは喋らねーし」
いや、普段からあまり喋らないけどな。
起き上がり、部屋を出ていこうとする俺の背中に、翔の嘲りに満ちた声。
「下手なキスで振られねーようにな。デート代もない、光お兄ちゃん」
確かに、俺は、しがない居候だ。
だが、侮蔑されるいわれはあるまい。
言い返そうと、後ろを向くと、絨毯に沈みこむ翔の姿があった。
え、何?
翔は、お腹を押さえてうずくまっている。
何? また、冗談?
どうせ、また、からかうつもりだろ?
俺は、背中を向けて、廊下に出たが、気になって、もう一度部屋をのぞきこむと、まだ、翔はうずくまっていた。
俺は、慌てて、そばに寄った。
「大丈夫?」
顔を覗き込むと、苦しそうに眉をしかめている。
「いてー」
「どこが?」
「腹」
うずくまる翔は、本当に苦しそうだ。
どうしよう。おばさんはいないし。
俺は、翔の背中をさすった。
「い、いや、背中じゃなくて、腹だから」
そうか、背中をさすっても意味ないな。おでこに触れてみる。
「多分、熱は、ないから」
だよな。腹痛なんだもんな。
翔は、苦しそうに、絨毯に膝をついた。
「おい、大丈夫か?」
どうしよう、どうすれば?
どうしたわけか、俺まで、腹が痛くなってくる。
俺にまで、感染しやがるとは、こいつは、ひどい腹痛だな。
「俺、救急車、呼んでくる」
翔が死んだらどうしよう。たまに、死ねとか、思って、ごめん。
「いや、いい。お前は、行ってこいよ。初デートだろ?」
翔は、腹痛で、頭もやられたのか、健気な声を出す。
「デートなんか、どうでもいいよ」
「じゃ、水を一杯持ってきて。薬飲むから」
「わ、わかった。すぐ持ってくる。待ってろ」
俺は、すぐに階段を降りた。そして、台所で、水を汲んで、急いで翔の部屋に向かおうとしたら、廊下で、翔にすれ違った。肩に荷物を担いでいる。
「あれ? 腹、大丈夫なの?」
翔の顔を覗き込むと、顔色は悪くない。それどころか、元気そうだ。
「うん。ただの笑いすぎだった」
「……なんだとぅ?」
「水、ばあちゃんの仏壇に置いといて。悪いね」
「あ、うん。えっと、仏壇は、一階の和室だっけ?」
「そうだよ」
つーか、テメーはよ。
また、俺をからかいやがったのか。
「ちょっと、待てえぃ」
低くなる俺の声など無視して、翔は軽やかに玄関に向かい、さっさと出て行った。
翔の野郎、いい加減にしろ。
◇翔視点
俺は学校までの道のりを急いでいた。
部活はもう始まっている。部長が遅れれば示しがつかない。
けれども今朝は、光をどうしてもデートに行かせたくなかった。財布の金を抜いといたら貸してくれときた、図々しい。どうしても行くつもりなら、せめて、俺の印をつけておかないと気が済まなかった。
しかし、あの怯えた顔。アイツはまだ何にもわかっちゃいない。あれじゃ、女とどうにかなるには、あと5年はかかる。それを思えば印はまだ先でいい。今日のところは許してやる。デートで恥かいてこい。
同じクラスの一花ちゃんねえ。お前、よくも俺にスラスラと教えてくれたもんだな。可哀相だけど、一花ちゃんは俺が取り上げる。俺が優しく相手をしてやるよ。どうせお前にとっても『デートなんか、どうでもいい』って言ってのけられるような女だろ?
昨日、挑発してきたのが悪い。俺にキスさせたのが悪い。俺に肌を触らせたのが悪い。少しでも俺に与えたら、お前の全部をむさぼりくわれることになると気付かなかったお前が悪い。
光ちゃんは翔ちゃんのもの、だ。
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