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この胸の高鳴りは……✦side蓮✦3

 シーン2。ゲームコーナー。  プリクラのカーテン前でスタンバイ。  プリクラ内にカメラをセットし、撮影する。  監督のスタートの声が響いた。    恋人をプリクラの中に引っ張り込むと、俺は耐えきれずにぎゅっと抱きしめた。 「お前、可愛すぎてもう無理」 「……お、れも……。もう無理だった……」    そんな可愛いことを言って俺の胸に顔をうずめる恋人を、もう離したくなかった。ずっとこのまま抱きしめていたい。  頭にキスを落とすと、そろそろと顔を上げて俺を見つめる。 「……好き」  うるうると目を潤ませる恋人の頬を両手でそっと包むと、ゆっくりと優しく唇をふさいだ。 「……ん…………」  ふれた瞬間、恋人はかすかに体を震わせた。  愛しくて涙が出そうだ。ずっとこうしていたい。  俺のブレザーの胸元をぎゅっとにぎる手が震えていることに気付き、その手を取ってそっと指をからませた。  指先から伝わってくる、愛しいという感情。  からませた指を、優しくくすぐるように擦り合う。  重なった唇も擦り合う指も、すごく気持ちがいい。    なごり惜しい気持ちを押し殺して、唇を離す。   恋人の唇からかすかに漏れた熱い吐息が、俺の耳を犯す。  理性を保つために、奥歯をかみ締めた。  俺の胸に顔を押しつけて抱きついてきた恋人を、再びぎゅっと抱きしめ返す。すごく幸せだった。  髪にキスを落としたとき、まるで声にならない声のような、微かなかすれ声が漏れ聞こえた気がした。    蓮――――……と。  ――――――え?  いや、そんなはずはない。たぶん気のせいだ。一体どんな耳をしてるのかと、自分にあきれた。  そして困ったことに、撮影中に現実に引き戻されてしまった。  気をゆるめると赤面してしまう。まずい、と体が硬直したが、それよりも撮影を止めては駄目だと気を取り戻した。  あわてて台本を思い出す。  あとは二人で見つめ合って微笑んで終わり。  息を整えて役になりきる。  抱きしめている腕をそっとゆるめた。  ここで秋さんが顔を上げて、はにかむように笑う。そのはずだったが顔が上がらない。  不思議に思い、秋さんのあごに指をかけて顔を上に向かせた。     その顔を見て動揺した。今にもこぼれそうなほど涙を浮かべ必死でこらえている、そんな顔をしていた。  一体どうしたのかと聞きたかったが、カットがかかるまでは演技を続けなければならない。  心配で胸がざわついたが、とにかくやりきるしかなかった。  微笑み合うシーンで泣いてしまったら、撮り直しになるかもしれない。  俺はとっさにアドリブを入れた。   「何泣いてんだよ。お前、マジで可愛すぎ」    まぶたにそっとキスをする。  そして頭を優しく撫でながら、額と額をくっつけ、 「好きだよ」  と伝えると、震える声で返してくれた。 「……俺も……大好き……」  秋さんの瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。       監督のカットの声と、OK! の声が響いた。  OKが出た。ホッとした。  撮影中とはいえ、素の状態で、秋さんにキスしてしまった。まぶただけど。まぶたでも。  秋さんの「大好き」が頭の中でくり返される。俺に言ったわけじゃない。違うのに勘違いしそうになる。  秋さんの声でくり返される「大好き」の破壊力が半端ない。    「…………蓮、ごめ……俺のせいで、アドリブ……」  秋さんは顔を隠すように下を向いて、涙声で謝ってきた。   「ぜんぜん気にしないで。OKもらえてホッとしたね。それよりも秋さん、大丈夫? どうして涙……」  わけを聞きたかったけれど、秋さんは無言で首をふった。    最近の秋さんは、役に深く入り込むことが時折ある。入ってしまうとなかなか抜けなくて、いつも大変そうだ。  役が入り込んだときに、予想外に暴走することが俺もある。きっと秋さんもそれだったのだろう。 「……蓮ごめん。…………役、が、……抜けなくて……」 「あ、うん。ちょっとあっちで休もうか」 「…………しばらく、顔……見んな……よな……」  下を向いて腕で顔を隠す秋さんの仕草が、悶絶したくなるほど可愛い。  役が抜けないだけなのだから、気にすることはないのに。 「見ないから安心して。行こ」  自然と秋さんの手を引いて歩こうとして、気がついてしまった。  撮影からずっと、手をつないだままだったことに。  急に恥ずかしくなって、その手を離そうとしたけれど、秋さんがぎゅっと強くにぎったままで、離すことができなかった。  

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