53 / 173

離れていかないで【side蓮】3

 撮影本番。  倉庫として使われている空き教室の片隅で、別れ話をされるシーン。  キスをしてるところをクラスメイトに見られ、噂が校内に広がりつつある中。相手のためを思って別れを決めた恋人の気持ちに気づかず、責めてしまうシーン。  壁を背に立つ恋人の両手を、壁に押し付けた状態でスタンバイ。 「……蓮、あのさ」 「……うん」 「蓮はなにも嫌われることなんてしてねぇし、俺はお前のこと……すげぇ……好きだよ。……ニコイチとして」 「…………っ」 「俺の態度、悪かったよな。……ごめんな」  じゃあなんで。  じゃあ、なんで避けるの?  なんでさわるのも駄目なの?  少し心を落ち着かせてからここに立ったはずが、またモヤモヤしてしまう。嫌われてなかった、とホッとする気持ちよりも……。  監督のスタートの声が響いた。  グッと壁に押し付けた手に力を込める。 「お前今、なんて言った?」 「……だ、から。もう俺と別れてくれって」  下を向いたままで表情が見えない。  お前、本気で言ってんのか? 「別れる理由は?」 「……もう、嫌なんだよ。みんなに噂されてコソコソされるの」 「関係ねぇだろ、そんなの。勝手に言わせとけ」 「俺は嫌なんだよっ!」  完全に役に入り込めないまま、脳内で自分と役の気持ちがシンクロする。  別れようとする恋人と、離れていこうとする秋さん。それをなんとか取り戻そうとする自分。 「お前は、俺が好きだろ」 「……っ」 「お前は、俺だけが好きだっ。そうだろっ?」 「……なんだよ、それ……」    顔をそむける恋人に苛立ちをつのらせる。   「……もう好きじゃない」 「なに?」 「俺の気持ちなんて全然分かってくれないお前なんか、もう全然好きじゃないよっ!」  イライラで沸騰した頭で、手は片手で拘束したまま、顎に指をかけて唇をふさいだ。  抵抗する恋人に、俺を避ける秋さんに、苛立ちをぶつけるように、口を開いてさらに深く隙間なくふさいだ。  秋さんが驚いたように目を見開く。    唇で唇をはさむようにふさぐ。顔を傾け何度も何度も角度を変え、強く押し付けるように唇を合わせた。  舌は入れない。唇だけで深いキスをくり返した。 「…………んんっ、…………おいっ」  強い抵抗で手の拘束をほどき俺の胸を叩いたあと、はっとした顔をする。思わず役が抜けたのだと分かった。  俺は構わずに両手を使って手を押さえつけ、また唇に噛みつくように深く深く口づけた。    役としてなのか蓮としてなのか、感情がはっきりと分からない。  頭にあるのは、苛立ちと離れていくなという強い気持ち。  カットがかかったら後悔する、と頭の隅では分かっているが止められない。 「…………はぁっ……」    息を吸うため、秋さんの唇がわずかに開く。俺はすかさず唇で下唇と上唇を交互にはさむ。そしてまた深いキス。何度も何度もくり返す。  お互いの唇が濡れて、合わせるたびにかすかに音が鳴った。  秋さんは、抵抗しながらも開いた口でキスを受けてくれる。  瞳をのぞくと、涙で潤んでいた。 「…………んっ、……はぁ」  唇を離して苦しそうに息をした秋さんの口を、再びふさごうとしたとき、頬に平手打ちが飛んできた。  そこではっとする。台本に戻ったと気がついた。

ともだちにシェアしよう!