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涙の毎日✦side秋人✦1

 蓮の頬に平手打ちをして、流れを台本に戻した。 「もう……。もう二度と俺にさわるなっ」  両手で自分を守るように抱きしめた。 「……お前は絶対に俺を見捨てねぇと思ってたのに。…………もう、知らねぇよっ! お前なんかっ!」  そう叫ぶと、壁を拳で殴りつけて走り去って行った。  足がガクガクしてこれ以上立っていられない。  崩れるように床に座り込んだ。  なんであんなキスするんだよ……。  あんなの台本にねぇだろ。  台風の日、あんなに期待しても開かなかった蓮の唇が開いた。  荒々しいむさぼるような、唇ごと食べられるようなキス。  だけどどこか優しくてあったかくて、泣きたくなるようなキス。  ずっと欲しくて欲しくて焦がれた、蓮の深いキス。  あんなに長くキスをするなんて台本には無いのに、なんで……。  ここは泣くシーンじゃない。こんな簡単に流されては駄目だと決意を新たにするシーンなのに、涙があふれて視界がにじむ。 「………………ぅっ……」  必死でこらえていたのに、一粒こぼれるともうボロボロと止まらなかった。  あのキスはただの演技だ。  分かっているのに、馬鹿みたいに期待したくなる自分が嫌だ。  台本にない深いキスを、意味のあるものだと期待したくなる。そんなわけねぇのに……。  おさえていた気持ちがあふれて止まらない。  蓮が好きすぎてつらい。  もうこの気持ちを消してしまいたい。    監督のカットの声。それからひときわ大きいOKの声が響いた。  OKなんだ……よかった、と心底安堵した。  今のシーンをやり直せと言われても、もう無理だと思った。  顔を上げると、さっき出て行った扉の横に蓮がいた。  顔が見られなくて視線をそらす。  監督が興奮したようにやってきて、良かった、最高だった、と絶賛する。 「まさかここまでやってくれるとは思ってなかったよ。BLドラマだからね。台本にはキスシーンは控えめに表現してあるんだけど、ここまでくみ取ってやってくれるなんて。本当に最高だったよ。二人ともありがとう!」  監督の言葉を聞いて、ああそういうことかと納得して落胆した。蓮はただ、制作側の気持ちをくみ取って演技をしただけなんだと……。    監督が、スタッフが用意したタオルを俺に渡してくれて、お礼を言って受け取った。 「すみません俺……泣くシーンじゃないのに……」 「いや、秋人くんの演技を見てて、これが正解だと思ったよ」 「……え?」 「本当は別れたくないという本音が、キスの受け方にうまくにじみ出てて、一人になったら堪えきれずに気持ちがあふれ出る。もうこれ以外にはないという演技だった。謝る必要はない。最高だったよありがとう」  演技じゃないから褒められるとつらい。  タオルを顔に押し付けて、そのまま聞こえるかどうかも分からないお礼を言った。 「秋さん……」  いつの間にそばに来たのか、蓮の声がすぐ横から聞こえた。 「秋さん……ごめん……」  どういう意味のごめんなのか分からなくて、返事ができない。  好きの感情がなかったらどう答えるのが正解か、いちいちそう考える癖がついた。 「……役が暴走しちゃって……ごめん」  そういう意味の、ごめんか……。分かっていたけど落胆してる自分が嫌だ。 「……うん。俺もだよ」 「……秋さんも?」  そうだよ。だから、困惑しながらも嬉しくてもっと欲しくて、唇を開いてキスを受けたのは役としてだと、俺の感情は一ミリもないんだと暗に伝えた。    

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