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キスの意味✦side秋人✦2

「蓮くんが、騙された?」  蓮の声がモガモガ聞こえて、もがいてるのが視界の端に見える。やっと手から逃れたらしく、声を上げた。 「秋さんっ、いったいなんの話?」  「…………蓮……ごめん」 「……なんで、謝るの? 騙したってなに……?」  これを言ったらどうなるだろう。  きっと……嫌われる。  それこそ引くどころの話じゃない。  ここまで来たら話すしかないのに、嫌われる勇気が出ない。  俺はバカだ。ここで数分引き伸ばしたって結果は同じなのに。   「……俺さ。……あの日、本当は全然酔ってなかったんだよ」 「……え?」 「お前は酔ってるフリをした俺に騙されて……ただ流されただけだから」 「……え?」    俺はマネージャーに向き直って、身体を折って頭を下げた。   「すみませんでした。蓮は何も悪くないんです。そんな大したことをしたわけでもないんです。だからもう仲直りしてください。お願いします」 「…………あのぉ、流されていったい何をしたんでしょう? 具体的にですね――――」 「美月さんうるさいっ」 「……はい。ごめんなさい」 「秋さん、あの……酔ったフリってどういうこと? っていうか酔ってなかったら……なにがどうかわるの?」  頭を上げて蓮を見る。蓮の頭に疑問符が浮かんでるのが見えるようだった。  気づかないなら、気づかないままでいてほしい。  そのままでいて、お願いだから……。   「……もういいじゃん。お前は悪くない。それだけだって。俺のせいで罪悪感で別れることないんだって」 「あのぉ。そもそもどうして酔ったフリをしたのか教えてもらえます?」  マネージャーが核心を突いてくる。  もうこれ以上は無理だ。   「あの……もう勘弁してもらえませんか……」 「うーん、もう一息なんだけどな」 「……え?」 「もうちょっとで、秋人くんの本心が見えそうだから」 「…………っ」  マネージャーにはもうバレているんだ、俺の気持ちが……。  自分の彼氏を好きな男なんて、誰だって嫌だ。  気持ち悪いに決まってる。  きっと近寄っても欲しくないだろう。  でもこれ以上話してしまったら、気持ちが蓮にバレる……。  怖い……。蓮の顔が見られない……。   「……あの俺……本当にすみません。俺、ちゃんと……諦める……ので。ちゃんと……気持ちの整理つけるので。迷惑かけないようにするので。……だから……クランクアップまではどうか……許して……くださ……」  鼻の奥がツンとして、喉が詰まった。  これ以上口を開くと、きっと涙がこぼれる。 「蓮くん、分かった?」 「…………美月さん、あの」  視界の端に、マネージャーが蓮に何かを耳打ちして蓮がうなずくのが見えた。   「……頼みます」 「ラジャ」    二人の会話がわからない。  マネージャーは急に誰かに電話をかけ始めて部屋を出て行って、蓮は立ち上がって荷物をまとめている。 「蓮……?」  返事はもらえず、でも話は途中のはずだし、どうしたらいいのかも分からない。  途方に暮れていると、ドアが開いて榊さんが入ってきた。 「あ、も、もう時間?」  立ち上がると、榊さんに荷物を渡されて、 「今日はもう帰っていい」  と、突然言われた。 「え? このあとメンバーと打ち合わせ入ってますよね?」 「延期になった」 「え? そんな急に?」 「いや、延期にした」 「は?」  突然で意味がわからなくて困惑していたら、荷物を持った蓮が榊さんの前に立つ。   「あの、榊さん、突然すみません。ありがとうございますっ」 「いえ、大丈夫です。神宮寺くん、よろしくお願いします」    蓮と榊さんの二人の会話も、もうわけが分からない。 「なあ、なんなのいったい……」 「秋さん、行こ」  突然蓮が手をつないできて、焦って離そうとしても、ぎゅっとにぎる力が強くて離せない。 「蓮っ?!」 「秋さん、お願いだから着くまで大人しくしてて」 「……っはぁ?」  楽屋を出ると、蓮のマネージャーが手におさまるくらいの黒いものを、蓮に向かって投げ渡した。  受け取った蓮の手から、カチャリという音とキーホルダー見える。どうやら車の鍵らしい。 「美月さん、ありがとうございます」 「蓮くん、私がお返しに欲しい物、分かるよね?」 「……分かりたくありません」 「待ってるねっ」  蓮が、はぁぁ、と深いため息をつきながら俺の手を引いて歩く。 「な、なあ蓮、これなに? なんなの? どこに行くんだよ? てか手離せよっ」 「秋さん。ちょっと黙ってて」 「は、はぁ?」    

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