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キスの意味✦side秋人✦4

 悲しくて悔しくて、ムカついて拳で胸を叩く。  蓮はうなじに手を添え引き寄せて、チュッと音を立ててキスをした。 「……だ」  だからなんで俺にキスするんだよっ、と叫ぼうとしたが、蓮の力強い言葉に飲み込まれる。   「秋さんが好き。大好き。俺が好きなのは、秋さんだよ」    俺の頬を両手で優しく包んで、涙を指でぬぐう。  聞き間違いかと思った。どういう意味で捉えたらいいのか分からなくて、狼狽した。  でもすぐに冷静になる。自分が聞いてしまったあの話は、どう考えても疑いようがない。  だから俺が期待した『好き』ではない。  どういうつもりなのか意味不明すぎて、腹がたった。 「……今、ニコイチの話なんかしてねぇっ」  マネージャーが好きなくせに思わせぶりな態度とりやがって、とムカムカして蓮の手を振り払った。  もう本当に意味が分からない。  俺の気持ちを知ってからかってるのかよ、と思いながらも、自分の知ってる蓮とはかけ離れたそれに、違和感を持つ。   「美月さんとは、付き合ってないよ」 「……本当のことなんて言えねぇもんな……。もう分かったよ……」  この仕事をしていると、恋愛についてはほとんどが極秘だ。  簡単に認めるわけがないし、だからもうこの話は終わりにしてほしい。   「あの日は、秋さんのことを話してたんだ」  ピクリと、身体が反応した。   「………………あの日……って?」 「秋さんが、聞いちゃった話だよ。……あれは、秋さんの話をしてたんだ」  俺の話…………?  あれの、どこが俺の話……?  二人の会話を思い出して、ぐるぐると考えた。  でも、いくら考えても全然噛み合わない。 「だって……マネージャーが…………好きって言ってくれるの待ってるって……」 「うん。早く秋さんに、好きって言ってって言われたの」 「………………は?」  え、どういうこと?  全く意味がわからなくて、混乱する。 「美月さん……腐女子なんだ」 「ふ……じょし……」 「BLが大好きなんだよ。だから、俺と秋さんがくっつくのをずっと期待してるの」  蓮の言葉を脳内でくり返す。  マネージャーが腐女子で、あの日は俺の話をしてた……?  気持ちは絶対言えないって……俺への気持ち?  さっき楽屋で、俺が立ち聞きした話をしたとき、蓮が顔を赤らめたのは……俺が理由?    トクントクンと、心臓が高鳴り始める。  しばらく感じていなかった、あったかくてくすぐったい何かが胸に広がっていく。   「蓮は…………俺が……好きなのか……?」 「うん。秋さんが大好き」 「……ニコイチとして……じゃなくて?」 「ずっと抱きしめていたいし、キスしていたいし、側にいたいし…………秋さんがほしい。そういう好きだよ」  蓮の言葉で、ぶわっと顔に熱が集まる。  ……今、俺がほしいって言った。  俺が蓮をほしいと思うのと同じ気持ち……?  蓮は真っ赤な顔で、今にも泣きそうに微笑んでいる。    こんなに目をそらさないで見つめ合うのは、いつぶりだろう。  さっきまで、もう何もかも失ったと絶望していたのに。  こんなに優しい蓮の笑顔を、また見られるなんて思っていなかった。  心臓が、ドクドクとうるさいくらい鳴っている。 「…………さっきまで……なんで怒ってた……?」 「え? 何も怒ってないよ?」 「怒ってただろ。運転中からずっと……お前怒ってるから……何言われるのかと思って俺……」 「運転中……」  首を傾げてしばらく考えて、なにかに思い至ったように恥ずかしそうな仕草を見せた。

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