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恋人の距離✦side秋人✦7

 …………やばい。もう無理だ。役に……なりきれない。  抱きしめられた瞬間に、蓮を好きな気持ちがあふれて止まらなくなった。  今顔を上げたら確実に赤いと思う。  NGにならないといいけど……。  そっと顔を上げて、恋人を……蓮を見つめた。 「…………それ……本当……?」 「本当だ。ずっとお前だけが好きだ」 「…………お……れも、お前だけが……好きだ……」 「知ってるよ。……もう、一人で戦おうとするな。二人で戦えばいい」 「……二人で……戦うの……?」 「そうだ。二人でだ。俺は正直お前がいればそれだけでいい。周りが何を言おうとどうでもいい。でもお前が戦いたいなら、一緒に戦う」 「俺のことは……どうでもいいよ……。お前を守りたかっただけだから……」 「じゃあ周りもほっとこうぜ。もう全部どうでもいいだろ?」 「そう……だね。…………うん。どうでもいいかも……」  二人で見つめ合う。心臓が破裂しそうだ。  やば……。蓮がめっちゃ、カッコイイ……。   「また……俺を……恋人にしてくれる……?」 「……てか、俺は別れたつもりねぇよ。お前はずっと俺の恋人だ」  そう言って、後頭部を押さえて引き寄せて俺の唇をふさいだ。   「……んっ…………」  キスをしながら見つめ合う。何度も角度を変えて、深い口づけを交わした。    …………あれ? なんか変。  今までのキスシーンは、蓮とふれあえてただただ嬉しかったのに……何か違う。  昨日の、今朝の、優しさの塊のような蓮とは違う、男らしい目つきで射抜かれるような感じに、ものすごい違和感。  役が入り込んだ今の蓮はどこか違う。  蓮だけど蓮じゃない。  なんか、浮気でもしている気分になって複雑になった。  …………そっか。本物の蓮のキスを知ったから。蓮の優しいキスを知ってしまったから。  俺はもう、蓮の優しいキス以外ときめかないんだ……。  監督のカットの声と、OKの言葉が響く。  唇を離して息をついた。  キスシーンのあとで、初めて冷静になれている自分と出会う。  蓮を見上げると、少しだけ頬を染めて優しく俺を見つめている。  いつもと同じ優しい蓮の瞳に、ものすごくホッとした。  これが俺の蓮だ。大好きな俺の蓮。  蓮の手を取って指を絡めると、きょとんと俺を見返してきた。  もう一度キスがしたい。  別に浮気をしたわけじゃないのに、本物の蓮とキスをやり直したいと思った。  無性に蓮に甘えたくなった……。   「今日も最高に良かったよ、ありがとう! 最後のキスシーン、お疲れ様!」  スタッフから拍手がわき起こった。  二人で監督やスタッフにお礼を言いながら、仮設テントまで移動する。  テントの中の椅子に座ると、俺は蓮に向かって言った。   「キスシーン、今日が最後で良かった」 「ん? どうして?」 「もう、やりたくねぇから」 「…………え?」  俺のセリフに表情を曇らせる蓮を見て、内心ほくそ笑んだ。 「ど……いう意味……?」  ショックを隠しきれない顔で、恐る恐る聞いてくる蓮の耳元に唇を寄せた。   「もう、俺の蓮だけがいい」 「…………ん? え?」  まだ分かっていない蓮に、もう一度耳元でささやく。   「俺の優しい蓮とだけ、してぇの」  意味を理解したのか、顔をみるみる真っ赤にして「な……」とだけ声を漏らし、口をパクパクさせる。  たまらなく可愛くて、蓮の頭をワシャワシャと撫でた。  

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