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やっぱり可愛い人✦side蓮✦SS

 今日は秋さんが同じ局で歌番組の撮影だ。  今まで何度もそんなことがあったけど、まだ一度も秋さんに会えたことがない。  ドラマ撮影のスタジオと歌番組のスタジオは階も違うし、また今日も会えずじまいかな、と残念に思っていた。  そんな矢先の偶然の遭遇だった。 「あれ? 蓮くんじゃーん久しぶり!」  エレベーターの扉が開くと中にPROUDのメンバーが乗っていた。 「あ、お久しぶりです!」  メンバーのみんなが久しぶりーと声をかけてくる中、目が合った秋さんがギクリと肩を揺らした。 「……あ、久しぶり」  それだけ言ってふいっと顔をそらす。  あれ、どうしたんだろう?  全然会えねぇじゃん、とあんなに残念がっていたのに。   「うん、久しぶり秋さん」  笑いかけてもこちらを見ようともしない。  本当にどうしたんだろう?  他のメンバーと軽く言葉を交わして、結局秋さんとは  何も話さず初めての遭遇は終わった。 「秋人くんどうしたのかしら?」  エレベーターで二人きりになって美月さんが首を傾げた。 「喧嘩でもしたの?」 「いえ、してないです。本当にどうしたんだろう……?」 「ふぅん? じゃあ恥ずかしかったのかな?」  やだ可愛い! と呟いてぐふふふ言ってる美月さんをほっといて俺はエレベーターを降りた。  あんなに会いたがってたのに、今さら恥ずかしいなんてあるのかな?   「蓮っ! ごめんっ!」 「わっ!」    帰宅してリビングのドアを開けた瞬間に、秋さんがぎゅっと抱きついて叫ぶように謝ってきた。  胸に頭をグリグリとなすりつけて「ごめん」を繰りかえす。  何があったか分からないけど、とにかく可愛い。 「どうしたの秋さん、エレベーターのこと?」 「……うん」    背中を撫でると、はあぁ、と深く息を吐いて「だってお前、めっちゃカッコイイんだもんよ……」と呟いた。 「え、え?」 「なにあれ、生スーツやば……テレビと全然違う……お前スーツやばい」  秋さんに言われてもすぐにピンと来なかった。刑事ドラマの撮影で最近はずっとスーツだったから。そっか、秋さんはテレビでしか見たことなかったんだ。 「はぁ……もー不意打ちやばい。俺の蓮カッコ良すぎ。……俺顔赤くなかった?」 「ふふ、うん、大丈夫だった」 「笑うなよっ。こらえるの必死だったんだからっ」 「ふふ、必死だったんだ」  バッグを床に置いてソファに座わると、秋さんは俺の膝の上にまたいで座った。 「……蓮、おかえり」 「ただいま」  チュッと軽くキスをして離すと、足りないというように唇を塞がれ深いキスをされた。  唇を離して肩に頭を乗せた秋さんが、深いため息をつく。   「はー……。俺、いつまでお前にドキドキすんだろ……」 「え、ドキドキってしなくなるの?」 「そりゃそのうち慣れるだろ。……たぶん」 「俺は全然慣れそうもないけど」  毎日キスをするだけでドキドキするし、それ以上なんて心臓が破裂しそうなのに。  秋さんが膝から降りて隣に腰を下ろすと、俺の胸に耳を当てた。 「お前の心臓が静かになったらちょっと寂しいかも。俺これすげぇ好きだから」 「とりあえずは、まだまだ大丈夫そうだよ?」  ふはっと秋さんが笑った。   「ねえ、俺、スーツ似合う? 今度スーツでどっか行こうか」 「…………」  ニコニコして問いかけると、秋さんが顔を上げてジッと俺の目を見てはぁっとため息をついた。 「……お前、撮影以外でスーツ禁止な」 「え? なんで? だってカッコイイって……」 「カッコイイからっ! ドラマの中だけで充分っ! それ以上キャーキャー言われたら……俺がやだっ!」 「ええ?」 「……ん? てかお前スーツ持ってんの?」 「え? もちろん持ってるよ?」  そう答えると秋さん瞳が輝いた。 「ちょっと着て見せてっ!」 「え、今?」 「だって俺、全然直視できなかったからさっ。もっかい見たいっ!」  キラキラした瞳でスーツをねだる秋さんにクラクラしてしまう。可愛すぎる。スーツなんていつでも着てあげる。  二人で寝室に移動して着せ替えが始まった。  でも俺は普段スーツは着ないから、グレーとネイビーしか持ってない。  俺はグレーを選んで身につけてネクタイを絞めた。 「はぁ……カッコイイ……」  秋さんはしばらく眺めてから、ネイビーの方もとねだってきたのでそちらにも着替える。 「はぁ……どっちもイイ……」    両手で顔を覆って「やばい……カッコイイ……」と繰りかえす秋さんに、だんだん恥ずかしくなってくる。   「てかブラックはないんだな。今日見たのと同じのが見てぇのに」 「あれブラックじゃないよ。チャコールグレーって言うんだって。ブラックなら礼服があるよ」    一番隅にかかってるスーツを取ってカバーを外す。  秋さんの目がそれも着て、と言うので礼服に着替えた。 「はぁ……やっぱお前ブラックが一番カッコイイ……」 「そ、そう?」 「んー、でも礼服じゃ普段どこにも着て行けねぇよな。よし、今度ブラック買いに行くぞっ」  あれ? 撮影以外でスーツ禁止って言ったの忘れちゃったのかな?  秋さんがどこのスーツにするかと悩んでいる。思わず笑ってしまいそうになって慌てて引っ込めた。  ダメだ。秋さんが思い出したらスーツデートがなくなっちゃう。 「なあ、今日そのまま夕飯食べてくんねぇ?」 「え、このまま?」  驚いて聞き返すと、秋さんが一瞬でシュンとなった。   「……ダメか?」  秋さんはよく俺をワンコだって言うけど、秋さんも相当ワンコだと思う。  今なんて耳もしっぽも垂れてシュンとしてる。 「うーん、じゃあ、今日だけ特別ね」 「マジ? やったっ!」 「でもせめて礼服は脱いでいい?」 「あ、じゃあ俺こっちのネイビーがいいっ!」  秋さんワンコは、耳をピンと立ててしっぽをフリフリしてる。  今日だけって言ったけど、スーツくらい本当はいつでもOKだ。  秋さんが用意してくれていた夕飯をテーブルに並べ、椅子に腰をかける。すると秋さんは隣の椅子を動かして俺の向かいに座った。 「え? なんで?」 「いいからいいから。いただきます」 「い、いただきます」    いつもぴったり引っ付いて食べるのに。こんなこと初めてでびっくりしてしまった。  首を傾げながら食べていた俺は、食べ始めてすぐに気づく。  秋さんはずっと俺を見てる。食べながらずっと。 「はぁ……やべ……カッコイイ……」  時々下を向いてカッコイイを呟いてまた俺を見つめる。  数回それを繰りかえした頃、俺はいよいよ聞いた。   「ねえ秋さん……今日なんか変じゃない?」 「…………うん。俺もそう思う」  秋さんは静かに箸を置くと、手で顔を覆って深く息をついた。 「今日お前の生スーツ全然直視できなくてなんかお預け食った感じでさ。もう見れないと思ってたから……ちょっとテンションおかしくなっちゃった」  はぁと息をつくと秋さんは立ち上がり、また椅子を動かして隣に座った。 「やっぱこっちが落ち着くな」 「うん、実はちょっと寂しかった」  二人で目を見合わせて笑った。  今度先に帰ってきた時は、スーツを着て待っていよう。  スーツでおかえりを言ったら、秋さんはどんな反応をするんだろう。  早くその日が来ないかなと今から俺はワクワクした。    end.
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