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大晦日〜年越し✦side蓮✦1
「うーん何食べよう。やっぱり年越しそばかな……あ、これでいっか」
秋さんがいない日に適当に食べる用のカップ麺。ちゃんとそばだ。うん、年越しそばだ。
大晦日の夜に一人で過ごすのは生まれて初めてだ。
いままで年末年始は特に仕事もなく、毎年実家に帰っていた。
でもこのお正月はありがたいことに、元旦の生放送番組にゲスト出演することになった。
そのあとに帰ることも考えたけど秋さんに「俺ライブのあと五連休なんだけど蓮は? 実家帰るか?」と聞かれて、帰る選択はポイッと捨てた。
俺も元旦の仕事以外はしばらくオフだから四日も一緒にいられる。初めて秋さんと連休を過ごせるのに帰るわけがない。
同じ都内だし、そのうち秋さんとかぶらないオフにでもちょっと帰ればいいか。
大晦日特番のテレビをなんとなく眺めながら、お湯を沸かそうとやかんを用意していたらスマホが鳴った。楓 姉さんからの電話だった。今年は急に忙しくなって、もう半年以上も会っていない。
「あ、もしもし、姉さん?」
『れんくんれんくん、ねーねーなにしてるの? かえってこないの?』
姉さんかと思ったら幼い可愛い声が聞こえてきた。
「あれ、雫 ?」
『うん、しずくだよぉ。ねえ、れんくんかえってこないの? れんくんにあいたいー』
「ごめんね、今年はお仕事入っちゃったんだ」
『えー! れんくんとあそびたかったぁ!』
「ごめんごめん。今度雫の家に遊びに行くね」
『ほんとぉ? ぜったいだよ? やきそくやぶったら、メッだよ?』
「うんうん、やくそくね。雫すごいおしゃべりになったねぇ。何歳になったの?」
『三さいー』
姪っ子の雫が、一丁前にしゃべっていてびっくりした。前に会ったときは、もっとたどたどしかった気がする。
『ねえねえ、れんくんのかれしもくる? いっしょにあそべる?』
「……え?」
『しずく、れんくんのかれしすきー。いっしょにあそびにくる?』
雫が突然なにを言い出したのかわからなくて、ギクリとして冷や汗がどっと出た。
「えっと……雫? 彼氏……ってなんのこと?」
『れんくんのかれしだよ? しずく、あきとにあいたいー』
心臓がドッドッと暴れ出す。
なんで? 雫なに言ってるの?
電話の向こうで『雫、電話代わって?』『やだぁー』と姉さんと雫のやり取りが聞こえてくる。え、怖い……。俺はいますぐ電話を切りたくなった。
『もしもし蓮? あんた明日のテレビ終わったら帰ってこないの?』
「あ、姉さん……う、うんごめん。そのあとも仕事入っちゃったんだ。また今度オフになったら帰る……ね……」
『あーそっかぁ。雫が蓮に会いたがってうるさくてさ。ほんと会いに来てやってー』
「う……ん。……あの、姉さん……」
『あ、待ってみんなに代わるねー』
雫がいま何を言ったのか聞いてなかったのかな……。
でも普段からそういう話をしていないと、いまの発言にはならないはずだ。もうわけがわからなくて冷や汗が止まらない。
なにか言われるかもとドキドキしながら、父さん、守 義兄さんと順番に話す。でももうすっかりベロベロの酔っ払いで、全然会話にならなかった。
『もしもし、蓮?』
「あ、母さん……。父さんと守さんすごいね……」
『ふふ。もうみんな三時くらいから飲んでるのよ』
「あー……はは、そうなんだ……」
それは会話にならないなと納得して、次こそなにか言われるかも、と身体がこわばった。
『蓮が帰って来れないって言ったら雫のイヤイヤが始まってね。さっきまで泣いて大変だったのよぉ』
「え、ほんとに?」
『楓が、蓮に電話かけようかって言ってやっと落ち着いたのよ』
「そうだったんだ。雫……すごいおしゃべりになったね」
『そうでしょう? もう本当に一人前よ』
そう言って、母さんが最近の雫の様子を色々と楽しそうに話してくれる。
実家と姉さんの家は車で数分で、普段から頻繁に行き来している。最近の雫をよく知っている母さんに、雫の発言の理由をいつ言われるかと身構えた。
でも結局最後までなにも言われずに終わった。
『もしもし蓮?』
電話の相手が姉さんに戻る。もう手汗はすごいし口が乾いてしかたがない。
「……姉さん、あの……」
『ねえ蓮さ。大晦日一人初めてでしょう? なに食べてる?』
「あー……年越しそば、いまから食べようかなって」
『もしかしてカップ麺?』
「……なんでわかったの?」
『だってあんた一人だといつも適当でしょ。人のためには料理するのにね。明日おせち届けようか?』
「い、いいよ、何時に帰れるかわかんないし」
もし来られたら秋さんと鉢合わせるかも、と思い焦って断った。
『ち。ダメか。雫に会わせようと思ったのに。しばらく蓮蓮うるさそうだわ……』
「そ、そっか。ごめんね」
『そうそう雫がね。子供番組より蓮のドラマの方がお気に入りでさー』
ドラマ……ってどのドラマ……?
『蓮がチューしてるやつ観るーって毎日うるさくて。ドラマは演技だってまだよくわかってないからさ。本気で秋人が彼氏だと思ってんのよ。あははっ。ウケるでしょ?』
「……あ、あー、はは……そうなんだ……。三歳で彼氏とかわかるんだね……」
『えー? いやそれはあれよ。なになに星人だからさ。なんでチューしてるのー? って聞くから説明するとさ。恋人ってなにー? ってなって、彼氏ってなにー? って感じでどんどん覚えちゃったよね。あははっ』
「……姉さん……」
雫が本気にしたのは全部姉さんのせいじゃないか……とため息が出る。でもそういうことだったのか、とホッとした。
『でも年明けからびっちり仕事なんて初めてだね。急に売れっ子になっちゃって』
「……あ、う、うん。……ありがたい……よね、本当に」
びっちり仕事っていうのはウソなんだけど……ごめん……と心の中で謝った。
雫がそんなに俺に会いたがってるなら一日くらい帰っても……。いや、でも秋さんとの連休が……。
『……ねえ、あんたなんか今日変じゃない?』
「……えっ、な、なにが……?」
『やたらどもってる』
ギクリとして、また冷や汗がどっと出た。
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