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神宮寺家 2
✦side秋人✦
雫ちゃんに会えることになった。やばい、すごい嬉しいっ。
でも嬉しいけれど、それよりもやっぱり挨拶のほうが気がかりで落ち着かない。ちゃんと認めてもらえるように挨拶しないとな、と気を引き締める。
たぶん相当動揺すると思われる蓮のご両親が少しでも気持ちの整理をつけられるように、俺たちは午後から行くことにした。
お正月にこんな騒動になってしまったことが申し訳ない。不快な思いをさせていたらどうしよう、と不安が襲った。
反対されてなんぼだとは思っているから怖くはない。俺はなにがあっても蓮とは離れない。絶対に。
でもご両親につらい思いはさせたくないし、それが原因で蓮が傷つくのも嫌だ。
なんとか俺たちのことをわかってもらいたい。
もう少しで家を出ようかと話していたら、蓮のスマホにお姉さんから着信が入った。
「え! 迎えに来たのっ?」
「え、マジで?」
それを聞いて慌てて二人でキャップをかぶり駐車場まで降りた。
出入り口の前に停まっているコンパクトカーのウインドウが開き、「早く乗って」と運転席の綺麗なお姉さんが手招きをする。
「秋さん、乗ろっ」
蓮に背中を押され、ドアを開けて後部座席に乗り込んだ。
途端に「あ! あきとだぁっ! れんくんもー!」と可愛い声が響く。細くて柔らかそうな黒髪を肩で切りそろえた目のくりくりした女の子。雫ちゃんだ。可愛いっ。ひと目見て頬がゆるんだ。
「シートベルトOK? 行くよー」
「はーい!」
俺たちのかわりに雫ちゃんが返事をした。
蓮と目を見合わせて笑いながらシートベルトを締めた。
「あのっ、初めましてっ、蓮の姉ですっ!」
運転しながらバックミラー越しに挨拶をされた。
ゆるくパーマがかかった少し長めのショートの髪がふわふわとゆれる。蓮と雰囲気は似ているが、話し方がちゃきちゃきしていて正反対な感じだ。
「初めまして、久遠秋人です。あの――――」
わざわざ迎えにまで来てくれたお礼を言おうとしたけれど、お姉さんはその隙を与えてくれなかった。
「今朝はごめんなさい! 秋人くんが電話に出るとは思いもしなくて、つい興奮してしまって! もう大丈夫です! 落ち着きました!」
「……姉さん、全然落ち着いてないよ?」
蓮があきれたようにため息混じりでツッコむ。
「落ち着いたのよ! これでも! だって、秋人だよっ? あの秋人だよっ!? ああ、いやいや秋人くんだったっ。秋人くんっ。そうだ雫! 雫もちゃんと秋人くんって呼ぶんだよ! 約束したでしょ?」
「うん、やきそくしたーっ」
隣で両手をバンザイしてきゃっきゃっとはしゃぐ雫ちゃんに俺は話しかけた。
「初めまして、雫ちゃん」
「あきとー! やったーあえたー!」
「やったー会えたねー」
手を伸ばしてきた雫ちゃんと握手をすると、またきゃっきゃっと嬉しそうにはしゃぐ。
「雫っ、秋人くんよっ」
「うん、あきとくんっ」
「秋人でいいよ」
「うん、あきとっ!」
「雫っ」
必死で注意するお姉さんに「秋人のままでいいですよ」と俺は言った。
ファンの子もそうじゃない人も、みんな俺のことを秋人と呼ぶから、もし雫ちゃんが外で俺の話をするとき、秋人くんと呼ぶのは逆に馴染まないだろうと思うからだ。
そう説明するとお姉さんは納得してくれた。
あきと、あきと、と何度も呼ぶ雫ちゃんが本当に可愛すぎる。
「雫、元気だった?」
蓮が俺の隣から前かがみで雫ちゃんに話しかけた。
「うんっげんきだよーっ。あのね、しずく、いいこでおむかえいけた! だから、れんくんとあきととあそべるのっ!」
「うんうん、あとで一緒に遊ぼうね」
「うんっ!」
俺をはさんで蓮と雫ちゃんが会話をする。
チャイルドシートに包まれるようにすっぽりとおさまってる雫ちゃんは、蓮を見ようと必死で身体を前に倒す。
「蓮、場所交代したほうがよくね?」
「いや、いいよ大丈夫」
「でも雫ちゃん蓮に会いたかったんだしさ」
やっぱり交代しようと思い赤信号でシートベルトを外して立ち上がると、雫ちゃんに怒られた。
「あきとっ。たっちゃだめだよっ。メッ」
「あ、ごめんなさい」
「ちゃんとすわって、しーべるとつけるのっ。わかった?」
「はい。すみません」
言われたとおりにするとニコニコと笑顔になった。
うあーっ、なんだろうこの可愛い生き物はっ。
「蓮……」
「うん?」
「どうしよう、俺萌え死にそう」
「あはは。秋さん、本当に子供が好きなんだね」
「もうめっちゃ好き。やばい可愛いすぎる」
蓮を見るときとはまた違う、デロデロな顔になってる自覚があった。
「二人とも、今日は飲まされる覚悟でね」
「え?」
「迎えに行けって言ったの、お父さんだから。お酒飲むつもりなんだと思うよ」
「……父さん、俺たちの話聞いてどんな感じだった?」
「ぜんっぜんわかんなかった。難しい顔して黙り込んで。でもしばらくして、迎えに行けって言い出したの」
「そっか……」
お酒を飲むつもりで迎えに行かせたのなら意外と大丈夫なのかな、と少しだけホッとしたが、まだわからない。もしかすると、帰りは精神的に運転どころじゃなくなると見越してのものかもしれない。
でもたとえどんな反応が返ってきたとしても、俺は蓮を諦めないと伝えるつもりだ。
「ねえねえ、しりとりしよーっ」
「お、いいね。じゃあ雫ちゃんからどうぞ」
「えっとねぇ、うーん、じゃあ、ぱんだ!」
「ぱんだかぁ。うーん、じゃあ、だるまっ。つぎ蓮な」
「あ、俺? えっと、ま、ま、マントヒヒ。つぎ姉さんね」
「えっ、私もっ? えっと、ひ、ひ……――――」
家につくまで、みんなでしりとりをしながら緊張をほぐした。
もうすぐ蓮の家。挨拶の言葉がなかなか浮かんでこない。
蓮もこんな気持ちだったのかな。
あのとき俺はドッキリだとわかっていたから、蓮がちゃんと挨拶できなくても別にいいと思っていたけど、挨拶一つでこんなに困るんだな、と実感した。
蓮はもっと短時間でぐるぐる考えたんだと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
帰ったらいっぱい蓮を抱きしめよう。そうしよう。
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