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幸せだね✦side蓮✦SS

 仕事から帰宅後シャワーを浴びて、夕飯はなにを作ろうかと二人で悩んでいたら、突然美月さんと榊さんが家にやってきた。  秋さんも俺もなにも聞いてなかったから、何事かと顔を見合わせた。  もうすでにパジャマか部屋着かわからないような格好の俺たちは慌てたけれど、着替えることもできずにそのままソファに座らされた。   「悪いな、邪魔して」 「えっ!」    そんな顔してたかな、と焦ってオタオタすると「ただの冗談だろ、ばか」と秋さんが笑った。   「な、なんだ冗談か……」    榊さんはいつも表情がクールで変わらないから、本気か冗談か俺にはわからない。ちゃんとわかるなんて秋さんは流石だな。   「蓮くん、秋人くん、結婚式できそうだよっ!」 「ほ、ほんとですか?!」  ハイテンションな美月さんの報告に、俺は思わず声を上げた。  秋さんの手を取り「やったね!」と喜びの声を上げた俺とは逆に、秋さんはみるみる目にいっぱい涙をためた。   「秋さん……っ」 「蓮……」    涙を流さないよう必死でこらえている秋さんを見て、ぐっと喉の奥が熱くなった。  俺も涙をこらえながら、秋さんの背中を優しく撫でる。   「はぁ……尊い……っ」    俺たちを見て陶酔している美月さんを、榊さんはまるで見えないかのように置き去りにして話を始めた。   「蓮くんの事務所の田端さんに、隠れ蓑になってもらおうと思う」 「え、田端さんですか? 隠れ蓑って……?」    先月結婚をした事務所の先輩である田端さんの名前が出てきて俺は戸惑った。  俺たちの結婚式になぜ田端さんが出てくるのかまったくわからない。 「美月さんと話をしていて、田端さんがひっそりと挙げられる式場を探していると聞いてね。相田さんとも相談して、蓮くんの紹介というかたちで相田さんのところで式を挙げることになったんだよ」 「……はぁ」  相田さん? 誰だろうと首をかしげて、真紀おばさんのことだとやっと気がついた。  榊さんは順を追って丁寧に説明をしてくれた。  身内だけでひっそりと式を挙げられるいい式場が見つからず困っていた田端さんに、式場を一日貸し切ってはどうかと持ちかけたらしい。もちろん榊さんの案をもとに美月さんが動いたそうだ。それはそうか。ここで榊さんが直接動いたら怪しすぎる。  貸し切る費用は、オフシーズンということ、芸能人だということ、俺の紹介という理由ですべてサービスだという。  でも実際は、田端さんが挙式し披露宴に移動したあと、俺たちが結婚式を挙げる流れらしい。   「まず、式場を一日貸し切ると、お前たちの極秘挙式を扱うのがぐんと楽になる。貸し切るのはお前たちじゃなく田端さんだから、誰にも怪しまれずに済む、あとはチャペルを閉め切ってしまえば中の様子を見られる心配もない。他のスタッフにも極秘にしてくれると相田さんも約束してくれた」 「え、じゃあ俺たちの挙式は真紀おばさん一人が担当するってことですか? そんなことが可能なんですか?」    会場スタッフにはバレてしまう、それが日本で挙げる最大のリスクだった。   「そのかわり、進行役や牧師もいない、ただチャペルを借りるだけになる。リスクを背負うよりその方がいいと判断したがどうだ?」 「それで……それでいいです」    涙の落ち着いた秋さんが静かに言った。   「リスクなんてない方がいい。蓮との未来の方が大切だから」 「秋さん……」    俺たちは見つめ合い、繋いだ手にお互い力がこもった。   「はぅ……っ」    やっと浮上したと思った美月さんが、また陶酔した。   「人前式スタイルになるが、それでもいいか?」 「もちろんいいです。でも……」  秋さんが不安そうな表情を見せる。   「なんだ?」 「俺たちの家族を呼ぶのもリスクですよね……」 「いや、大丈夫だろう。チャペルを見てきたが、車を横付けできそうだ。事務所のワゴンで全員まとめて送迎すればいい。田端さんにもワゴンを貸し出すことにしたから、一台くらい増えても目立たないだろう」    俺たちの結婚式がどんどん現実的になってきた。  なんだか本当に夢みたいだ。榊さんの手配でなにもかもが急速に決まっていく。 「お前たちの着替えもすべてロケバスでやる。チャペルに横付けして一瞬で中に入る。うん、我ながらバレる要素が見つからないな。なにも問題ない」  榊さんが満足気にかすかに微笑んだ。榊さんが笑った顔を初めて見た気がする。 「あの、榊さん。なにからなにまで、本当にありがとうございます」  俺が頭を下げると、美月さんが不服そうに声を上げた。 「ちょっとちょっと、私もちゃんと働いたのよ?」 「あ、はい。美月さんも、ありがとうございました」 「なにその、ついで感」  と、美月さんがぶすっと不貞腐れた。 「まぁでも、敏腕マネージャーってこういうことかって目の当たりにしたわ。悔しいけど、私じゃ全然敵わない」 「いえ、田端さんが隠れ蓑にならないかと最初に気づいたのは美月さんですよ。それがなかったらここまで順調に話は進んでいません。本当に助かりました」  美月さんが驚いたように榊さんを見た。  そして慌てて弁解する。 「えっ! 違いますよ! 私はただ、式場が見つからないって田端さんが言ってたなぁってポロっとこぼしただけで……私が気づいたというわけでは……」 「その一言でここまで話が進んだんですよ。極秘挙式なんて無理じゃないかと正直思っていました。美月さんのおかげです。本当にありがとうございます」  美月さんは恐縮したようにいえいえいえ、と首を振る。  俺たちの結婚式のために、二人がこんなに一生懸命に動いてくれてる。感動で胸がいっぱいで目頭がどんどん熱くなった。  秋さんが「ありがとうございます」と二人に向かって頭を下げたので、俺も慌てて一緒に頭を下げた。 「俺たちのわがままに、こんなに一生懸命……本当にありがとうございます」 「あの、本当にありがとうございます!」  秋さんは身体を起こしたけれど顔は下げたままだった。きっと涙をみせたくないからだ。  たぶん、榊さんも美月さんも気づいてる。 「楽しみだな、結婚式」 「……はい」 「日時も決まった。仕事もオフで押さえた。あとは衣装合わせだな」 「あ、衣装はサイズだけ伝えて当日適当に……」 「お前、俺の仕事なめてるのか? 衣装くらい用意してやる。お前たちのサイズで数着極秘で用意するから、ちゃんと好きなの選べ。一生に一度の結婚式だろ?」  秋さんが言葉を失った。もちろん感動でだとみんなわかってる。  秋さんの背中を撫でながら、俺の涙も限界だった。 「じゃあ、今日はこれで。二人の御家族とも話をしたいんだが、連絡してもいいか確認してほしい」 「あ、はい。わかりました」 「蓮くん、秋人くん、ほんっと楽しみだね! カメラマンは私がやるから! 任せてね!」  玄関まで二人を見送ると、最後は結局美月さんのハイテンションの余韻だけが残って、さすが美月さんだなと苦笑とため息が出た。 「蓮……」 「秋さん大丈夫? っわ」  秋さんが俺の胸に顔をうずめてぎゅうっと抱きついた。 「秋さん……すごいね。結婚式、本当にできちゃうね」 「……夢じゃ……ねぇよな……?」 「うん、夢じゃないよ。夢みたいだけどちゃんと現実だよ」 「結婚式……ほんとにできるんだな……」 「うん。もういつかじゃなくて、もうすぐ結婚式だ。ほんとに夢みたいだね」 「……ん…………」  秋さんの涙が止まらない。俺も瞬きしたらこぼれそう。もういいか。もう泣いちゃうか。  玄関の壁に寄りかかって秋さんを抱きしめたまま、二人で泣いた。 「今でこんなんでさ……。本番やべぇな……」 「ほんとだ。もう開き直って二人で号泣しちゃう?」 「ふはっ。うん、それもいいな」  部屋戻ろうか、と言うと秋さんは「うん」と答えながらも動かない。  まだ幸せの余韻にひたっていたい。きっと秋さんも同じ気持ち。 「俺さぁ……」 「うん?」 「蓮と会うまで、人前で泣くことなんてなかったんだぞ……」 「うん、俺もだよ……」 「こんな風に甘えるとか、甘えたいとかもなかったのにさ……。俺、蓮といるとなんかすげぇ弱くなっちゃうんだよな……」 「ん? でも秋さん、俺のこととか俺たちのことでしか泣かないよね?」 「……うん」 「それって弱いとはちょっと違うよね?」 「……ん?」 「俺のこと、めっっちゃくちゃ愛してるってだけでしょ?」  秋さんが顔を上げて俺を見てポカンとした。 「感情があふれちゃうくらい、俺を愛してるってことだよ。だから弱いのとは違うよね」  目をパチパチさせたあと、秋さんはふはっと笑った。 「なんだ、そっか。そっかそっか。うん、すげぇ納得した」 「でしょ?」    秋さんの手が優しく俺の頬にふれた。   「俺、結婚式……マジで号泣しそう……」 「うん、俺も。やっぱり二人で泣いちゃおうか」 「そうしよっか」  頬にふれてる秋さんの手を取って、俺はそっと唇を重ねた。  唇同士をくすぐるようについばみながら、繋いだ手の指をからめてさすり合う。  唇からも指先からも、愛してるの気持ちが流れてくる。 「幸せだね」 「ん、めっちゃ幸せ」  俺たちは微笑み合って何度もキスをした。 「そろそろご飯作ろっか」  と俺が笑顔で言うと、秋さんが目を瞬いた。   「は? いまのはベッドの流れだろ?」 「……っえ」 「お前ムードねぇな」 「え、いやでも、俺お腹空いた……」 「そんなの、俺を食えば忘れるって」 「はぇっ?」  秋さんが俺の手をグイグイ引いて寝室に向かう。 「空腹なんて俺が忘れさせてやるよ」 「…………っ」    やばい。これは秋さんが攻めてくるパターンだ。また騎乗位だ。  俺また我を忘れてめちゃくちゃにしちゃうかもっ。  そうだ、秋さんの一回出せば普通にできるっ。 「お前にめちゃくちゃにされたいから、先に一回出すの無しな」  先手打たれたーっ!  俺の顔を見て秋さんが不敵に笑った。         end.

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