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#1「とんだお人好し」 ①

「あっあっ、んっ、はぁっ、あっ」   ベッドの軋む音と喘ぎ声が、ろくに思考が出来ない脳内に響く。  俺は一体こんな所で…何を…         ◆  五月。ゴールデンウィークが開け、今週からまた授業が始まった。  大学に入学して早一ヶ月。口下手で人見知りな俺は、未だ新しい環境や大学で知り合った人とも慣れずにいたが、ただ一人、俺と気さくに会話してくれる人がいた。 「(いずみ)くん、ゴールデンウィークはどこか行った?」  川崎遥(かわさきはるか)ちゃん。二浪した俺より二つ年下の女の子。予備校時代の知り合いだ。 「特にどこにも行ってないよ。ずっと課題やってた」 「そうなんだ。期限はまだ先なのに、しっかりしてるね」  つまらない俺の話にも笑顔で受け答えてくれる優しい女の子。予備校の時はそこまで交流はなかったものの、同じ大学に入学した事がきっかけでよく話すようになったことで、俺は密かに彼女へ想いを馳せていた。  偶然にも彼女と履修が幾つか被っており、こうやって授業が始まるまでの間、隣の席同士で雑談をしている。親しくしてくれる人がいるおかげで、不安でいっぱいだった大学生活を楽しく有意義に過ごすことができそうだ。 「でもせっかくの連休だったのに、どこにも行ってないのは勿体無いね…。そうだ! 夏休み、一緒に海行こうよ」 「えっ、海…!?」 「うん海。いやかな?」 「いや、そんなことないけど…!」 「じゃあ決まりね!」  女の子と海に行くなんて初めてだ。夏休みまでまだ期間があるのに、もうすでに緊張してきた…。  授業開始まで後一分。その時教室に入って来た、黒いコートを着た背の低い男が、俺の席の前を通り過ぎた。  こんな暑い時期にコート…? そう思いながら横目に追いやると、男がコートのポケットから手を出した瞬間、中から何かが落ちるのが見えた。  男はそれに気付いておらず、そのまま席に着いた。何を落としたのか見てみると、一枚の万札だった。紙幣を落としたのに気付かないなんて、誰かに盗られたりしたらどうするんだ。 「あの、落としましたよ。これ」  俺は一万円札を拾い、その男の席まで届けに行った。すると男は座ったまま万札を受け取り、 「ありがとう」  と一言だけ呟き、微笑を浮かべた。  女の子みたいな顔立ちをした、赤い唇が印象的な男だった。  そう、女の子みたいな顔。見た瞬間、何故かデジャヴを感じた。この顔、どこかで見たことがある。  前に会ったことがあったか? それとも、授業が一緒だから見覚えがあっただけ?  そんな事を考えていたら授業開始のチャイムが鳴り響き、俺は慌てて席に戻った。そして席に着いた瞬間、先程のデジャヴの原因が発覚する。  あの男、遥ちゃんに似ているんだ。         ◆ 「じゃあまた明日ね」  遥ちゃんが一足先に教室から出て行った。  授業が終わり、昼休みに入った。昼飯は何にしようか考えていると、先程万札を届けてあげた男が目の前に現れてこう言った。 「さっきはお金拾ってくれてありがとう。お礼したいから、ご飯奢らせてよ」 「あっ、あ、ど、どうも…」  急に声を掛けられて吃る俺を背に、そのまま男が歩き出した。 「まっ 待って…!」  急いで鞄を取り、男の後を追った。  男の後を追った先は大学内の学食ではなく、大学の近くの喫茶店。 「何で学食じゃなくてここなんですか?」 「学食は人がいっぱいで騒がしいからあまり好きじゃないんだよね。このお店は結構静かで落ち着くの」  たしかに、昼時だというのにあまり客の姿はない。  …ついさっき会ったばかりの人と何を喋ればいいのかわからず、ついつい沈黙気味になってしまい、非常に気まずい…。    それにせっかくご馳走してくれているんだし、せめて何か話題を振らなければ。 「えっと…、おいくつなんですか?」 「十八」 「えっ、という事は一年…!?」  知らなかった。まさか同じ学年だったとは。 「僕の事知らなかったんだ」 「あ、はい、すみません…」  知らないも何も、今日会ったのが初めてだし…。 「僕は知ってたよ。泉くんのこと」 「えっ? なんで俺の名前…」 「背の高い人が隣に座ってるなって思ってた。気にしてたの、僕だけだったんだ」 「隣に…? もしかして、入学式の時?」 「そう」  入学式では学籍番号順に席が用意されていた。学籍番号は学科ごとの学生の名前順。 「つまり、学科も一緒ってこと?」 「うん。僕のこと全然知らなかったんだね、同じ学年で学科も一緒なのに」 「あっ、ご、ごめんなさい…」 「別にいいけど。それより随分仲良いんだね」 「え?」 「川崎さんと」 「あっ、遥ちゃ…川崎さんは同じ予備校だった人で…」 「好きなの?」 「えっ!?」  図星だった。彼女に想いを寄せていたことが、まさか話したこともなかった人にまで見透かされていたとは。 「えっと別に彼女のことはそういうのではなくて、普通の友達で…!」 「ふーん」 「…」  自分から振っておいて薄い反応をかます男。いじるわけでもなく、自分も遥ちゃんが好きだから身を引けと脅すわけでもなく…。何故こんな事を聞いたんだ? 「僕とも」 「えっ?」 「僕とも友達になってよ」  耳を伺った。何故? どうしてわざわざ俺みたいなやつと友達に? 「僕、まだ誰とも馴染めてなくて」 「お、俺でよければ、別に…良いけど…」 「ほんと? ありがとう」  万札を届けてあげた時に見せたのと同じ笑顔。思わず脳裏に遥ちゃんがよぎる。性別は違うのに、そしておそらく親族でもないはずなのに、どこか二人は似ている。 「泉くんって、下の名前何だっけ?」 「えっと、浩樹(こうき)だけど…。あ、そういえば…名前は?」 「雨宮。 雨宮(ゆう)」  

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