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#1「とんだお人好し」 ②

     次の週の火曜日。いつも通り二限の授業を遥ちゃんと同じ席で受ける。  授業が始まるまでの間、遥ちゃんと何気ない会話をしていた。すると授業開始五分前、雨宮悠が教室に入って来るなり、俺の方へとやってきた。 「おはよう。隣いい?」  俺の返事を待たずに右隣へ座る雨宮。教室にある横長の机は、一つで三人まで座れるようになっている。 「お、おはよう…。今日は早かったね」 「早いって…授業始まる数分前じゃん」 「いや、先週はギリギリに来てた覚えがあるから…」 「遅刻寸前にしか来ないと思ってんだ」 「いや別にそういうわけでは…」 「泉くん、お友達?」  二人で話していると、遥ちゃんも会話に加わった。 「あっ、遥ちゃん、紹介するよ。この人は雨宮悠、俺らと同学年で同じ学科だよ」 「えっ同じ科!?  すみません知らなくて…」 「いいよ。よろしく遥ちゃん」  誰とでも仲良くできる遥ちゃんにすら認知されていなかったのか…。 「教科書」 「えっ?」 「持ってないから見せてくんない?」 「あっ、い、いいけど…忘れたの?」 「買ってない」 「え!? 教科書販売の日に来てなかったの?」 「休んでた」  なんだか適当な奴だな…。こんな調子でちゃんと単位取れるのか?    ふと左隣を見ると、遥ちゃんがこちらを向いていた。いや、正確に言うと、俺の右隣の雨宮を見つめていた。 「遥ちゃん、どうしたの?」 「えっいや…! なんでも…!」  遥ちゃんが慌てた様子で前を向く。その瞬間、授業開始を告げるチャイムが鳴った。         ◆  授業終了と同時に、雨宮が俺に話しかけてきた。 「午後も授業?」 「あっああ、そうだけど…雨宮は?」 「用事あるから今日は帰る」 「サボっても平気なの?」 「大丈夫でしょ、ちょっとくらい」  やっぱりどこか適当な奴だな…。そう思ったと同時に、あの事を思い出した。 「あっ! 待って!」  雨宮の腕を咄嗟に掴む俺。そして遥ちゃんの目の前に身体を引き寄せた。 「前から思ってたんだ! 君ら二人って、顔似てるよね?」  改めて二人の顔を見比べてみると、やはり相当似ていると確信した。 「えっ、似てるって…!?」  動揺した様子の遥ちゃん。それとは対照的に無言の雨宮。 「遥ちゃんと雨宮って、顔似てると思うんだよ。二人とも親戚とかじゃないよね?」 「ちっ違うよ!」 「違うけど」  二人から同時に否定をくらう。 「…僕もう行くから」  雨宮がさっさと教室を後にした。急ぎの用事でもあるのか? 顔は似ているけど、遥ちゃんとは態度が全然違うな。  そう思いながら遥ちゃんの方を見ると、顔を赤くした遥ちゃんの姿があった。  昼休みの時間を利用して、近くのコンビニで昼食を買うついでに公共料金の支払いを済ませようと思い、大学の校門付近まで来たその時。見覚えのある人物を見かけた。  雨宮だ。 …誰かと一緒にいる?  雨宮の隣には、明らかに学校の生徒ではないスーツ姿の男性がいた。おそらく四、五十代くらいの中年男性だ。なんであんな人と一緒に…? 親か? はたまた親戚?  そう思った瞬間、その男性は雨宮の腰へ手を回した。それに対し、少し怪訝な表情を浮かべる雨宮。  どうも様子がおかしい。親や親戚があんなスキンシップをするだろうか? ただの知り合い?    それとも…ナンパか何かか?    ありえなくはない。雨宮は、俺でさえも一目見ただけで女の子の友達を連想してしまうくらいには女性らしい顔つきをしている。そしてあの体格、格好。少しばかり地味な見た目をした女子と思われても何ら不思議ではない。    様子を遠目に見ていると、雨宮は男と共に黒い乗用車の方へ向かって歩いていった。  …なんだ? この胸のざわめきは。何か引っかかる。何故か気になって仕方が無い。先週会ったばかりの、人となりをまだよく知らない一人の同級生のことが。 「あの」 「はい?」 「俺の友人に何か用ですか?」 「…?」  考えるよりも先に体が動き、俺は雨宮を連れた男に話しかけていた。 「ほら雨宮、行くぞ」 「ちょっと何」 「いいから早く!」  雨宮の手を引き、男から連れ去るようにして走り出した。  必死に走ったが、どうも男が追いかけて来る様子はない。どうやらナンパ師から雨宮を救い出せたようだ。 「ちょっと、ちょっと! 泉くん!」  気が付くと、学校からか少し離れた市街地の方まで来ていた。 「手離して。痛いんだけど」 「ああっごめん…!」  無意識に手を握っていたことに気が付き、咄嗟に手を振り解いた。 「なんでこんな事したの?」 「何でって…いや…、お前が連れ去られそうになってたから…」 「誰に」 「誰にって、あのナンパしてきたおっさんだよ!」 「ナンパ?」 「ナンパだって事にも気付いてなかったのか…。いくら顔が女の子みたいだからって、間違われてナンパされるのも気の毒だけど、気が付かないのも…」 「いや何言ってんの。ナンパじゃないって」 「え…、知り合い?」 「うん」 「…でも知り合いだからって、腰に手回したりなんかして…、絶対下心あったろ…」 「そりゃあるだろうねぇ。あの人、僕のお客さんだから」 「お客さん…? えっと、バイト先かなんかの?」 「僕バイトしてないけど」 「え…?」 「わかんない? 援交だよ」  …援交? 「それって…援助交際のこと?」 「うん」 「えっ…男なのに男相手に援交…!? 援交ってことはつまりその…あの…」 「そ。身体売ってんの。僕」  頭が真っ白になった。こんな身近に大人に身体を売っている人がいたとは…しかも男で…。  しばらく理解が追いつかないでいると、雨宮が口を開く。 「あーあ。おじさん怒ってるだろうなあ」 「え?」 「急にいなくなったのに連絡もしてこないし。もう会ってくれなくなったらどうしようかなあ。誰のせいかなー…」 「い、いやだって俺はお前がナンパされてると思ったから…」 「ただの勘違いで助けようとしてくれたんだ。とんだお人好しだね」 「勘違いは…まあ俺が悪いけど…、てか売りなんてやめろよ。危ねえよ」 「危ないってなにが?」 「いや、だからその…ダメだろ…売春なんて」 「君に関係無いし。なんでこんな余計な事したわけ?」 「…そりゃあ、友達だからだよ。友達助けるのに余計もクソもねえよ」 「…!」  雨宮が目を丸くした。何を思ったのかは知らないが、すぐに表情を元に戻した。 「いやでも勘違いは勘違いだし。迷惑かけたわけだから。責任取ってよ」 「え?」 「僕んち来てよ、今から。迷惑かけたんだからそれくらいするよね?」 「えっちょっと…」  今度は、俺が雨宮に手を引かれて連れられた。

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