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#1「とんだお人好し」 ③
着いた先は、学校から徒歩数分程度の小さなアパート。
「上がって」
雨宮が玄関のドアを開けた瞬間目に入ってきたのは、捨てっぱなしのゴミや、おそらく脱ぎ捨てられたままであろう積まれた衣類。物が散乱しており、床にはろくに足の踏み場もない。
言葉を失っていると、カバンを置き、コートを脱いだ雨宮がこう言った。
「おじさんの代わりに泉くんが相手してくれるでしょ?」
「あ、相手って?」
「決まってんじゃん」
そう言ってベッドの上に俺を押し倒した。
「セックスだよ」
「…は?」
耳を疑った。またもや思考が停止する。
「男とは当然初めてでしょ?」
「いや、初めても何も…出来ねえだろ…! 男同士では…!」
「はは、やり方も知らないんだ」
服を脱ぎ始める雨宮。肌は白く、骨の浮いた細身の身体が目に飛び込んできた。
それと同時に…白くて細い左の二の腕に、無数の切り傷があるのに気が付いた。
「え…?」
この状況全てに混乱を隠しきれない。
裸の男、腕の傷、男とセックスをしようとしているこの状況。思考がまとまらず、言葉も上手く出てこない。そんな混乱した思考を遮ってくるように、雨宮の声が耳に入ってきた。
「じゃあ君は何もしなくていいよ。僕が全部やってあげるから。責任取る側なのに、ラクでいいね」
「えっちょっ! 待って!!」
雨宮が俺のズボンのチャックを下ろし始めた。俺は必死で抵抗する。
「なんで嫌がるわけ? 君言ってたじゃん。遥ちゃんと顔似てるって。僕を遥ちゃんだと思っ
てセックスすればいいんじゃない?」
「はっ…!?バカ!お前なあ!」
「ていうか、君が勝手な勘違いで妨害してきたんだよね? 拒む権利ないでしょ」
「それはそうだけど…」
「だったらじっとしててよ」
チャックを下ろし、下着を脱がせ、性器を露わにさせた。まさか…本当にするのか…?
「結構大きいんだね」
雨宮はそう言って舌を這わせた。
「…っ!」
丁寧に、優しく、味わうようにして舐め続ける雨宮。
「はは、大きくなってきた。勃つの早いんだね」
今起こっている現実に戸惑うばかりの俺。男なのに…男のモノを舐められるのか?
そうすると、今度は口に咥えて頭を上下し始めた。
「あっ…雨宮…」
快楽と混乱で思考がままならない。初めての感覚にただ身を委ねるしかなかったが、すぐに雨宮は咥えるのをやめた。
「出したいだろうけど我慢して。はい、ゴムくらいは自分で着けてくれない?」
そう言って差し出したのは小さな袋。
「…これって…」
どこかで見たことはあっても、使う機会は無かったその袋。ただ呆然としていると、
「…もしかして着け方わかんない?」と雨宮に尋ねられた。
「………」無言で頷く。
「え、今までゴム無しで女子とヤってたの?」
「ヤってたって…?」
「だからセックス」
「……したことない」
「え? …てことは…童貞?」
「…」
何を言わずとも察したようだ。雨宮は大笑いし始めた。
「うっそ童貞!? まじ!? ははは! ウケる、初めての相手が男とか…あはは…!」
返す言葉もない。俺は今まで女の子と付き合ったことがなく、もちろん性行為にも全く縁が無かった。
「さっさと童貞なんか捨てちゃおう。まあ、相手は女子じゃなくて男なんだけど…」
そう言って袋を開けて中身を取り出し、透明の薄いゴムを慣れた手つきで俺の性器に装着させた。
「早速挿れるよ。大丈夫、帰る前にトイレで綺麗にしたから」
「えっちょっと…挿れるって…どこに…?」
「決まってんじゃん。ここ」
そう言って、恥ずかしげもなく肛門を広げて見せる雨宮に驚愕した。
「えっ…! 無理だって! 入んねえよ、そんなとこに!」
「そうだね。結構大きいから、入んないかも…」
雨宮はそう言って、横たわった俺の上にまたがる。そしてゆっくり腰を落とし、俺の性器を肛門へと挿入した。
「ん…、すっごい大きい…。あっ…ほら…、入ったよ…」
上下に腰を揺らす雨宮。初めてのセックスは、未経験の快感を引き起こした。
「あっ…ヤバイって…雨宮…」
快楽で言葉が上手く発せられない。話すどころではない、思考どころではない。全神経が下半身に集中し、熱が上がる。
「ん…っ、中…奥まで当たってる…っ。あっあっ、んっ、はぁっ、あっ」
ベッドの軋む音と喘ぎ声が、ろくに思考が出来ない脳内に響く。
俺は一体こんな所で…何を…
思わず顔を腕で隠す。それを見かねて、雨宮が無理矢理俺の腕をどかした。
「顔隠さないで」
腕を押さえたまま、動けない俺に強引に口付けをした。
「…!」
口の中に舌を入れてきたのがわかった。舌と舌を絡める音が耳にまとわりつく。
次の瞬間、快楽が絶頂に達する。同時に雨宮の動きも止まった。結合部を見る雨宮。
「ゴムずれちゃった…」そう言ってゴムを取り出した。
「あ、もう出ちゃってたんだ。はは」
手に持ったゴムの中には、白濁液が溜まっていた。
「嬉しいなあ。泉くんの初めてが僕だなんて」
やっとの思いで我に帰ったと同時に、恥ずかしさが込み上げてきた。
俺は雨宮を押しのけ、急いで服を着直し、カバンを手にした。
「あっ、ちょっと。もう行っちゃうの?」
雨宮の問いに返事もせず、一刻も早くその場から去りたい一心でアパートを出た。
「…僕まだイってないんだけど」
全速力で学校まで戻った。学校に戻るや否や、真っ先に向かうは男子トイレ。
先程の興奮が蘇る。息が荒くなり動悸が止まらない。雨宮の中で出した筈なのに、まだおさまらない。まだ出したい。
「くそっ…、くそっ…!」
トイレの個室で一人、自分のモノを掴み、手を上下に動かす。先程の光景が頭に浮かぶ。腰を振る雨宮。初経験の快楽。そして口付け。
一時間弱のうちで我が身に起こった出来事があまりにも現実離れし過ぎていて、今はとにかく、ただとにかく全て吐き出さなければ気が収まらなかった。
「はっはぁっ、泉くんっ、ああっ!」
同時刻。雨宮は先程の使用済みコンドームを己の性器に被せ、一心不乱に手を動かしていた。
「はぁっはぁっ、泉くん、いずみくん、はぁ、はぁっ」
泉を相手にしていた先程の余裕な態度とは打って変わって、只々快楽を貪る雨宮。よだれを垂らし、崩れた表情で絶頂を迎える。
「はあ、はあ…泉くん…」
泉のものと自分のものが混ざり合ったコンドームの中身を手のひらに出し、肛門へ塗り込み、指を出し入れする。
「あっ、あんっ、またイく、あっ、いずみくん、はあっ」
身体を震わせる雨宮。疲れ果て、そのままベッドへ寝転ぶ。
「可愛かったなあ。まさか童貞だったなんて。はは…ますます好きになっちゃった」
「…っ」
俺は誰にも聞かれぬよう、声を上げず静かに射精した。洋式便器の蓋に掛かってしまった精液を、トイレットペーパーで拭き取った。
…あいつに今後、どんな顔をして会えばいい? あいつの目的は一体何だったんだ?
援交の邪魔をされて、とにかく誰でもいいからセックスがしたかっただけなのか?
でもそれなら、あのお客さんとやらにあの時すぐ連絡すればよかったはずだ。
何故それをせずに俺に責任を取るようけしかけた?
ムカついたから? からかいたかったから? それとも…。
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