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#1「とんだお人好し」 ④
「へえ、そういう事だったんだ」
「そう、友達なの、はっ、はぁっ、ごめんね、お、怒ってた?」
ラブホテルの浴室内で、話し声と喘ぎ声と、水の音が響き渡る。
「怒ってないよ。ねえ、その友達にも手を出したの?」
「出してないっ、あっ、あっ、遠藤さんだけ、遠藤さんだけだよ、あっ、あんっ」
援交相手の男に対して、息をするように嘘をつく雨宮。
「あっ、あっ、好き、遠藤さん、好きです。キスして」
◆
火曜日の朝。いつものように遥ちゃんが俺に話しかけてきた。
「泉くんおはよう。レポート提出って今日だったよね?」
「ん、あ、ああ…」
「どうしたの? まさか忘れてたとか?」
「いや、ちゃんとやってきたよ…」
先週のことが頭から離れず、気付くと放心してしまっている。
それに、今日は火曜日。もしかしたらあいつと顔を合わせてしまうかもしれない。そう思うと気が気じゃなく、どうにも落ち着かなかった。
授業開始一分前、雨宮が教室に入って来た。そして俺の方へと近づいて来たが…
「隣いい?」
そう話しかけたのは俺ではなく遥ちゃん。というのも、今日俺が座っている席は右端。遥ちゃんは真ん中の席に座り、必然的に遥ちゃんの左隣しか席が空いていなかったからだ。
「あ、雨宮くん、おはよう…! どうぞ!」
遥ちゃんの返事を待ち、着席する雨宮。
「泉くん、おはよ」
雨宮に急に話しかけられ、動揺する。
「おっ、おはよう…」
…普段どおりだ。特に先週の事を意識している様子は伺えない。
「そういえば雨宮くん…、教科書持ってなかったよね?」
「ああ、うん」
「私のでよければ…一緒に見ようよ」
「ありがとう」
「ね、ねえ雨宮くん。レポートやって来た?」
「一応」
こんな適当な奴でもさすがに提出物はちゃんとやるんだな…。
「雨宮くんって何歳?」
「今年で十九」
「あっそうなんだ! じゃあ私と同い年だね!」
「ふーん」
「ねえねえこの授業ってさ、このレポートと、あと期末レポートと…」
気を遣って話題を振り続ける遥ちゃんと、頬杖をつきながら適当に受け答えする雨宮。一見仲が良さそうには見えないが…。それでも、遥ちゃんの横顔がどこか楽しそうな、緊張しているような、そういった様子が伺えた。
胸がざわつく。何故か嫌な予感がする。何故だ。…別に二人が仲良くなろうと、二人の勝手じゃないか…。
◆
授業が終わったと同時に、また遥ちゃんが雨宮に話しかけに行く。それを適当に受け流して帰ろうとする雨宮。またどうせ援交相手にでも会いに行くつもりだろう…。
そう思っていると、二人はスマートフォンを取り出した。なんと、お互いの連絡先を交換し始めたのだ。
そんな…俺なんて未だに遥ちゃんに連絡先を聞けていないのに。まさかあいつに先を越されるなんて…。しかも遥ちゃんの方から聞いてくるなんて…。
「あ、泉くんもまだだったよね? よかったら交換しようよ!」
「あっああ…、いいよ」
断る理由は無い。だが、雨宮の連絡先を聞いたついでに、俺にも気を遣うように連絡先を聞いてきた遥ちゃんの対応に少しだけ落ち込んだ。
それでも、今まで聞き出せなかった遥ちゃんの連絡先をようやく手に入れた。それは純粋に嬉しかった。
だが、喜びも束の間…。
「泉くん。僕も」
………
「…いいよ」
当然、流れ的にはこうなるだろう…と思ってはいたが、こいつとの場合、とにかく嫌な予感しかしなかった。何か面倒な事が起きそうな、そんな予感。
「ありがとう」
交換を終えた雨宮は、コートの中にスマホをしまった。
「何かあったら連絡していいよね?」
「お、おう…」
雨宮がクスリと笑う。
「またね」
雨宮が教室から出て行ったのを確認し、遥ちゃんに問いかける。
「どうして雨宮の連絡先聞いたの?」
「え、どうしてって…、ただ単にもっと仲良くなりたくて…。まずかったかな?」
「いや、まずいとかじゃないけど…」
単に仲良く? あんなお世辞にも愛想が良いとは言えないようなやつと?
…俺があいつの本性を知ってしまったからなのか。あいつへの見る目が一変し、あいつの行動一つ一つが、何か企みがあるのではないかと勘ぐってしまう。そしてその勘ぐりが、嫌な予感へと変わる。遥ちゃんが関わってくるとなると尚更だ。
「…まあ、あいつはあんな感じで無愛想なやつだけど、遥ちゃんが気に掛けてくれたらきっと嬉しいと思う。仲良くなれるといいね」
遥ちゃんに嫌われたくない一心で、心にも無いことを口走ってしまった。
「ほんとに? そうかなあ…」
まんざらでもなさそうな様子の遥ちゃん。それとは裏腹に、俺は非常に複雑な心境だ。
本当はそうじゃないのに。
遥ちゃんが俺とだけ仲良くしてくれれば、ただそれだけでいいのに。
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