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#1「とんだお人好し」 ⑤
次の日、水曜日の朝。授業を行う教室まで向かう途中で遥ちゃんを見かけた。
遥ちゃんと連絡先を交換したはいいものの、どういった文を送ればいいのかわからず、結局何のやりとりも出来なかった。今日は授業は一緒ではないが、挨拶だけでもしておこう。
「おはよう遥ちゃん」
「あっ、おはよう泉くん」
挨拶を交わす遥ちゃんの陰にいたのは、雨宮だった。
「おはよう。泉くん」
「…え?」
なんで? どうして雨宮と一緒にいるんだ?
「ど、どうして二人一緒に…」
「授業一緒だったんだよ。昨日メッセージで聞いたの。そしたら案外同じ授業取ってたから、一緒に受けようって言ったの」
昨日? メッセージ? 俺の知らないところでそんなやりとりを…
「じゃあね泉くん」
「あっ、ちょっと…」
戸惑う俺を後にし、二人は教室に入っていった。
二人で一緒に…? 雨宮は了承しているのか? 授業をサボり気味な上に、遥ちゃんにはさほど興味無さそうなあいつが。
…絶対そんな気は無いはずなのだ。なんせあいつは男同士でヤるのが好きなやつ。男が好きなはずなんだ。…そう…男が…
「………」
その日は気が気じゃなく、ずっと上の空だった。
◆
木曜日。俺は授業を休んだ。
どうしても大学に行く気になれず、ベッドの上で寝て過ごした。気が付けば深夜。今日一日何も食べていないことに気が付く。かなり遅めだが晩飯を摂ろうと、最寄り駅の近くのコンビニまで向かった。
…それがいけなかった。
駅の前を通り過ぎようとしたその時、深夜で電車もない時間帯に、地べたでうずくまっている人の影が見えた。
見覚えのある黒いコート…。
「えっ雨宮…?」
俺の声に反応し、顔を上げる。確かに雨宮だ。
「泉くん?」
「何してんだよ…こんな所で…」
「電車…なくなっちゃって…もう帰るのしんどい…」
いつになく弱々しい雨宮。体調を崩したのかと思い、とっさに身体を支えた。
「大丈夫か? 気分悪いのか?」
すると、雨宮からある匂いが漂って来た。酒の匂いだ。
「お前…酒くさ…っ」
「へへ、飲みすぎた」
心配した俺が馬鹿だった。ただ酔いつぶれてただけかよ…。しかもこいつ、未成年のくせに飲酒なんかしやがって。
「泊めてよ」
「は?」
「お願い、泉くんち泊めて。お願い」
「…」
相手が相手なので断りたいところだったが、困っている人を見捨てることができなかった。フラフラで歩くのもままならない雨宮を支えながら帰路を歩いた。
「誰と飲んでたんだ?」
「おじさん…」
あの例のおっさんか。ていうか結局普通に会ってんじゃねえか。責任取れとか言ってたのはなんだったんだよ…。
家に着き、雨宮を部屋へ上げる。
「お風呂借りていい? 酔いが少しは冷めるかも」
「良いけど…風呂場で寝るなよ」
雨宮が風呂に入っている間、本当にあいつを家へ上げても良かったのか考えた。
きっとまた何かしでかすに違いない。雨宮への疑念は晴れないが、それでも見捨てることができなかった俺は、相当なお人好しなんだろうと改めて実感する。
…それにしても、雨宮の入浴があまりにも長い。時計の針は深夜一時を回っていた。
しばらくして、浴室の戸を開ける音が聞こえてきた。やっと上がったか、と思ったのも束の間。思わず目を伺った。
身体を拭いたタオルと服を手に持ち、全裸のままの雨宮が俺のベッドへ倒れ込んだ。
「おい、服着ろよ! 髪もちゃんと乾いてないし! 聞いてるのか?」
そのまま眠りについてしまったようだ。仕方無く放っておいて、自分も風呂に入る事にした。
自分が風呂から上がっても、服を着ずに全裸のままで寝ている雨宮の姿があった。
「おい、いい加減にしろよ。てか一人でベッド占領すんじゃねえ。俺の寝る場所が無いだろ」
とは言うものの、一日中寝ていたのであまり眠くはなかったのだが…。
無理矢理起こそうとしたその時、突然雨宮が俺の手を引き、ベッドへ引きずり込んだ。
「おい! お前起きてるんだったら返事くらい…」
「泉くん」
「あ?」
「セックスしよ」
「…は?」
何も言わせぬまま俺の服を脱がせ、フェラチオを行う雨宮。
「ちょっと待て! お前さっきまで援交相手に会ってたんじゃねえのかよ⁉︎」
「まだヤりたい。大丈夫、さっき中で出されたもの全部綺麗にしたから」
「そういう問題じゃねえ…」
顔がまだ赤い。まだ酔いは冷めきっていないようだ。
「お前なあ…マジで、はあ、いい加減にしろよ…!」
「いいじゃん、タダで気持ちよくなれるんだよ。セックス好きじゃないの? 本当は中に挿れて、んっ、中出したいんでしょ? 気持ちよくなりたいんじゃないの?」
俺の性器をしゃぶりながら話す雨宮。
嫌なのに、屈辱なのに、好きじゃないのに。俺は何故拒まない? 何故抵抗できない?
「ね、今度は泉くんが動いて。泉くんの好きなように。貪って。思い切り。犯して」
そう言って仰向けの状態で尻を向ける。いても立ってもいられなくなり、本能の赴くまま雨宮に挿入し、勢いよく腰を動かした。
「あっすごっ、すごいっ、は、激し…っ! あっ、泉くん、泉くん、うあっ、あっ」
顔がはっきり見える状態でのセックス。やはり思い浮かぶのは、遥ちゃんの顔だった。こんな事をしている時にあの子の事を思い出したくなかった。ましてやあの子とこいつを照らし合わせるなんて…
「…今遥ちゃんのこと考えてたでしょ」
「…えっ!? いっいや、えっと…その…」
「あ、マジなんだ。カマかけだったんだけど」
「お…お前なあ…」
まるで心を見透かされたようで、ひどく動揺した。
「本当に好きなんだね」
「うるせえよ」
「やっぱり似てる?」
「は?」
「僕と遥ちゃん」
「…確かに見た目は似てるけどな…。中身は全然似てない。お前みたいに自分勝手な性格してないし、お前みたいな淫乱じゃない。全然似てねえよ、お前と遥ちゃんは!一緒にしてんじゃねえよ!」
「一緒にしてるのはそっちでしょ」
「はあ?」
「本当は遥ちゃんとセックスしたいって思ってるんでしょ?」
「…!」
「遥ちゃんにちんこぶち込んで、中で出して孕ませたいって思ってるんじゃないの?それが出来ないから、仕方無く顔が似てる僕で欲を晴らしてるんだよ」
「そんなんじゃねえよ…」
「僕の事は雑に扱ってても、遥ちゃんの事は大切にしたいと思ってるんだね」
「当たり前だろ…。遥ちゃんは、唯一俺に優しくしてくれた人だし。授業の時だけでも一緒にいてくれるだけでありがたいって思ってる。でも、俺だけに優しいわけじゃない。俺以外にも仲の良い人はたくさんいるし、お前みたいなやつにも平等に接してくれてる」
「ふふ、平等ね」
面白おかしく雨宮が笑う。
「何がおかしいんだよ」
「付き合うことになったんだよ」
「…え?」
「僕と遥ちゃん」
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