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最終話 焼きもち焼くならキツネ色

「……なんだよ。ニヤニヤして」  照れ隠しに、ぶっきらぼうに言い放つと、真人は耐えられないといった様子で破顔した。 「や、だって。大島さん、焼きもち焼いてくれたんでしょ? 嬉しいに決まってるじゃないですか! もしかして、俺が大島さんにキスしようとした時に拒否ったのも、それが原因?」  図星を指され、怜は、ぐっと押し黙った。そんな怜に、真人は目尻を下げている。 「やっぱりそうかあ……。その前まで良い雰囲気だと思ってたから、めちゃくちゃショックだったんですよね。でも、そうだったのかあ……。マジ嬉しい」  真人は目を細めて怜の髪を梳き、優しく頬を撫でる。自分に触れる彼の手が優しいのは、悪くない。それどころか、気持ち良くて、もっと触れて欲しくなるほどだ。うっとりと見つめると、真人は困ったように少し距離を取ろうとする。 「大島さん、あんまり煽らないで。今日は貧血起こしてるし、疲れてるでしょ」 「ん。誤解して傷つけたお詫びと言うのもなんだけど……。キスしよ?」  上目遣いで彼の上着の袖を掴むと、真人は素直に欲望の色を瞳に浮かべた。 「俺、キスだけで終われる自信ないよ」 「……いいよ。しても」  目を伏せ、拗ねるように口を尖らせる。 「眼鏡、外して良いですか」  王冠でも扱うかのように恭しく、真人は両手で怜の眼鏡を外した。なんだか、服を脱がされるみたいに心許ない。 「……綺麗だ」  ゆっくりと真人の顔が近づいてくる。触れる唇も、頬にかかる吐息も、マスク越しの時より遥かに熱い。互いの心をも確かめようとするかのように、丁寧に唇を重ねる。角度を変えて何度か口付ける間に、微妙に唇同士が(こす)れ、怜は感じ入り、甘い息を漏らした。 「んぅ……」  その声に刺激されたのか、真人のキスは、俄かに艶かしさを帯びる。上唇を食まれ、吸い上げられ、湿った音が混じり出すと、怜は自分の身体が熱を持ち始めたのを感じる。両手を真人の顔に沿わせ、優しく頬から耳元へ、そして首筋へと手のひらを滑らせる。彼の身体も熱いことにドキドキする。  真人はもどかしげに腕を後ろに回し、自分の上着を脱ぎ捨てる。ソファに横たわっている怜にのし掛かりながら、自分に言い聞かせるかのように囁いた。 「今日は挿れない。大島さん体調悪そうだから、ヴァニラにしよ」  これまで部下の顔しか見せてこなかった彼が、セックスの具体的な段取りを口にしている。照れ臭くて堪らないが、自分の欲望より怜の身体を優先してくれるのが嬉しい。素直に頷き、彼を下から見上げる。 「仕事中のクールで男気溢れる大島さんも好きですけど、妬いたり拗ねたりしてくれる可愛いとこは、俺以外の人には見せないでくださいね」 「えっ?」  わざとらしくぱちぱち瞬きし、小首を傾げ、目を大きく見開いて上目遣いすると、真人はぷっと噴き出した。 「今のは演技でしょ? でも、演技だけでも、他の男にはダメ。大島さんの可愛さは、俺だけのものにしたい」  甘い囁き声に耳をくすぐられ、怜は小さく喘ぎ声をあげて身体をくねらせる。独占欲を示した彼は、怜の耳朶を軽く噛んだ。 「ねえ、二人っきりの時は、怜って呼んで良い?」 「うーん……。何かの時に言い間違えると社内でバレちゃうからさ。呼び捨てでなく、さん付けなら良いよ」  つれない素振りで澄まして答えると、真人は子どものように口を尖らせて不満げだ。 「俺は、バレても全然気にしないけど?」  好きな男に、やんわりと束縛される幸せに酔いながら、怜は真人との夜に溺れていく。       (おしまい)

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