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続・模武たちの平行線 (1)
私の名前は、模武野 望美 。
ネオジャパン株式会社ーー通称〝ネオ株〟ーーに勤める普通のOLだ。
入社してから、六年と八ヶ月。
現場事務所を経て、東京支社 総務課に配属されたのは三年前。
今日、私は会社を辞める。
四国で一人暮らししている父の体調が思わしくなく、実家に戻ることにしたのだ。
母を亡くしてから、ずっと男手ひとつで育ててくれた大好きな父親だ。
どれだけ父が止めようとしても、私の答えは最初から決まっていた。
入社してから今日まで、ずっと全力で仕事と向き合ってきた。
だから会社を辞めることに対しては、未練も後悔もない。
でもひとつだけ、やり残していることがある。
「のぞみん?」
エレベーターから降りて角を曲がったところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。
顔を上げると、紺色のマグカップを手にした男が驚いた顔をしている。
同期の模武田 模武郎 だ。
「モブロー、久しぶり」
「おう、久しぶり。どったの? のぞみんがうちに来るなんて珍しいじゃん」
支社長の秘書室は、総務課よりも四つ上の階にある。
エレベーターホールの窓から見える景色は同じようで違うし、廊下を踏みしめる感触もなんとなく違う。
淹れ直したコーヒーを大切そうに運ぶモブローについて行きながら、見知った顔と出会えたことにこっそり安堵する。
「今、挨拶回りしてんの」
「ああ、今日最後だっけ。律儀に全部署回ってんの?」
「ううん。ちょっと、やり残したことがあって」
「やり残したこと?」
大きくなったモブローの目を見据え、私は言った。
「神崎 室長、いる?」
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