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序章

僕は葉山蓮司。 隣県の進学校に通う高校三年生、父と兄と弟、男ばかりの四人家族だ。 朝、目が覚めると爺やの作ってくれたご飯を食べて、お弁当を持って学校に登校する。 最寄りの駅までは歩きだ。 我が家の家訓には「お家の為に文武両道に勤しむべし」とある。 僕たち兄弟もそうだ、皆成績は常に1番を取っているが、蘇芳兄様は天才だ。満点以外を取っている所を見たところがない。 僕は国語と社会以外は90点台をウロウロしていて弟の菊之助にも及ばない時がある情けなさだ。 このままではお父様に示しがつかない… 次の定期考査は満点をもっと取らないと…。 僕ら兄弟は七歳になった頃からお祖父様から論語の素読から本の読み方を教わって、一族の歴史を中心に沢山の事を学んだ。 お祖父様の昔語りによると、葉山家は代々武士の一族で戦となると鬼のように強かったそうだ。 武士の時代が終わると職業軍人となって海軍の指揮官として軍隊を動かし、時には自らも銃剣を取って戦った。 大戦が終わって、今まで積み上げてきた軍人としての立場を失ったお祖父様は古都の呉服屋で死に物狂いで働いた。 そこから呉服屋「葉桜」を興して、成功したお陰で僕らは何不自由なく暮らしている。 僕が小さい頃は一緒に暮らしていたけど、お祖父様は今は隠居して郊外の別邸に暮らしている。 お父様は二代目社長として呉服屋を更に繁盛させて、呉服屋「葉桜」の古都での地位を不動のものにしている。 だから僕ら兄弟はお父様の後をついで葉桜と葉山家を盛り立てていかないといけない。 もっと頑張らないとな… そんな考えを巡らせながら駅の改札を通り電車に乗る。 通勤通学ラッシュで混み合う車内にはいつも閉口するけど仕方ない。 今日も本を読む読む余裕はなさそうだ。 ………一時間と少し、高校の最寄り駅に着いた。 今日は何も起きなかった…良かった。 学校は駅からすぐ近くだ。 「じゃあね、れんにぃ。」 手を振る弟の菊之助と別れて教室へと向かう。 今日の授業も真剣に受けよう… 勉強の科目の中で僕が一番好きなのは歴史だ、僕らは過去を学ぶことで未来にどう進むか考える事ができるから。 僕の将来の夢は葉山家のルーツを辿って研究する事だ。 お祖父様が古都に来る前は僕ら一族は東北に居たそうだ。 大学はそっち方面に進みたいけど…お父様に言ったら反対されるかな… 蘇芳兄様と一緒の京大の経済学部に行くように言われてるけど… 自分の席について、軽く今日の予習をしておく。 やがて朝礼が始まって進路相談の日程の事について話がありプリントが配られた。 志望校のアンケート…か…お父様に相談しないとな… プリントを鞄にしまって1限目の授業に備える。 …………。 午前中の授業が終わった。 爺やの作ってくれたお弁当を開く。 今日のおかずは鶏の唐揚げか…僕の好物だ。 揚げたても勿論好きだけど、お弁当に入っているしんなりした唐揚げも結構好きだ。 …うん、美味しかった。 ごちそうさま。 さて、今日の宿題をやってしまおう。 やれるものはすぐにやってしまうに限る…。 「蓮司くん蓮司くん、」 宿題を広げているとクラスメイトの一人に声をかけられた。 ……当、お前か…。 こいつは東麻当、家が近所の幼馴染のようなものだ。 というのも向こうが一方的に僕の事を気に入っているだけで、幼稚園の頃から毎朝家に迎えにきたりして正直迷惑してるんだけど、あまり無碍にすることもできずに腐れ縁の関係が続いている。 今朝も正門の前で待ち構えているのを下男が教えてくれてこっそり裏口から登校してきた。 どうして僕がこんな目に… 「何?」 「ここ解んないんだけど…教えて~。」 ニコニコしながら数学の参考書を開いて見せられた。 えっ…因数分解…!?高1の単元だぞ… つくづく思うけどこの高校によく入れたな…大丈夫か…? 「いや〜実はちゃんと理解しないまま進んじゃってさ〜、先生にも聞きにくいし〜」 「そうか…」 こっそりため息をついて僕は教え始めた。 人に教えるのは自分の復習にもなるし理解も進むから嫌いじゃない。 「うん、よく解ったよ!ありがとう!」 満足した様子で当は自分の席に戻っていった。 少し時間を取られたけど宿題を進めていたらチャイムが鳴った。 あとは午後の休み時間にやってしまおう…。 ………。 授業が終わった、部活の時間だ。 所属している合唱部の活動場所の第二音楽室に向かう。 僕が合唱部に入ったきっかけはというと、高1の時の初めての音楽の授業の時、合唱のパート分けの為に先生の前で一人づつ簡単に歌を歌うことがあった。 僕の番に歌い終えた時、年配の女先生の顔が驚いた顔になっていて何か間違ったのかと不安になった。 「葉山君、授業の後で音楽準備室に来て!」 「は、はい…」 いよいよ酷い歌い方をしてしまったのだと絶望的な気分になりながら、音楽準備室の扉を叩いたわけだけど… 「葉山くん!!あなた!合唱部に入りましょう!いえ入って!」 開口一番、両肩を掴まれて面食らった。 「えっ…どういう事ですか…?」 「その美声!音感!経験者よね!」 「いえ……違います……歌は授業で習ったくらいで…」 「えっ…!」 先生はショックを受けたようで僕から手を離してオーバーに頭を抱えた。 「凄いわ…私も今まで何人かは見てきたけどおるんよね…生まれつき才能持ってる子…」 「ええと…よく話が見えてこないんですけど……僕、合唱部に入ればいいんですか?」 「そう!貴方の声が必要なの!男の子で葉山くんみたいに澄んだ高音を出せる子は凄く貴重なの。」 目を輝かせていう先生を見て、僕は顔が火照ってくるのを感じた。 初めて勉強以外で褒められた気がする…しかも兄様の代わりとかじゃなくて、僕にしかできないことで…嬉しい… 「はい、僕合唱部に入って頑張ります!」 それからというもの、僕は合唱部員のトップテナーとして歌う日々だ。 隣の吹奏楽部のチューニングの音を聞きながら、入念に声出しをして喉を温める。 そして夏の大会の課題曲の練習に入る。 今回の課題曲はイタリア語の宗教曲だ。 僕はキリスト教徒ではないけれど、こういう神様に捧げる曲を歌うと心が洗われる様な気持ちになるので好きだ。 どんなに歌ってもキリスト教の神様は僕を救わないだろうけど… 次は自由曲、こっちは日本語の合唱曲だ。 日本語というのは歌うのが難しい言葉なんだなというのが外国語と比べてみるとよくわかる。 歌詞の内容がちゃんと伝わって、そしてその意味や感情も伝わらないといけない…先生がよく仰っているけど難しいな… 歌ってる僕らは一生懸命で解らないけど、だいぶハーモニーがまとまってきているらしい。 少人数だしあまりコンクール上位に食い込んだことのないうちの合唱部だけど、今年は頑張れるかな… 僕は今年で終わりだし良い結果を出して終わりたい。 練習が終わった。 そろそろ帰ろうかな… 「葉山くん、」 顧問の先生から声をかけられた。 「はい。」 「今日もちょっと歌って行く?」 「あ…はい。お願いします。」 僕は部活の後のちょっとした時間に先生から個人レッスンを受けている。 最初は特別扱いされたくなくて断ったんだけど才能を眠らせておくには惜しいと先生から是非にと言われ、レッスンを受けることになった。 僕からは何も返せるものは無い筈だけど、「今後の人生の楽しみになればええよ。」と無償でレッスンして下さる先生には頭が上がらない。 せめて、上達しないとな…。 発声練習は終わっているので歌曲から聴いて頂く。 「今日は何歌う?」 「じゃあ…Ombra mai fùでお願いします。」 「オーケー。」 僕も先生も、イタリア歌曲集の中声用を開いて歌う準備をした。 「お願いします。」 伴奏が始まり、歌に集中する。 Ombra mai fù di vegetabile, cara ed amabile,soave più 歌い終わった。 「うん、ええ感じええ感じ。」 「ありがとうございます。」 「もう少し…こう…」 先生が手を上からかぶせるように動かしてニュアンスを教えて下さる。 「上から音を取れるようになったらもっとええかも。」 「………はい。」 …聴いての通り、実は僕は声変わりが過ぎてからもテノールより高い声が出せる。 カウンターテナーと言って特殊な訓練を積まないと出来ない技術らしいけど、僕は何となく声変わり前の声をイメージしたり、先生の高音の真似をして裏声をコントロールして我流で歌っている。 ただし、低い声は全然出せない…。 無いものねだりだけど、男らしい低音でも歌ってみたいなぁ… 「あとねぇ、もっと自由でええのよ。」 「自由?」 「そう、きちっと楽譜通りで歌わんでもええんよ。」 「で、でもクラシックってそういうのは良くないんじゃ…」 「ん~、ここはコンサート会場や試験場じゃないんやから気にせぇへんでもええのよ。」 「はい…。」 「もっと楽しんで歌って!」 「は、はい!」 「じゃ、もう一回やってみる?」 「はい、お願いします。」 cara ed amabile,soave più soave più あ…うまくいったかな? 「そうそう!それそれ!」 「は…はい!」 なるほど…この感覚か…忘れないようにしよう。 「今日はありがとうございました。」 「お疲れ様、またね。」 先生にご挨拶して荷物をまとめ、学校を後にする… やっぱり大きな声で歌うと勉強で凝り固まった気持ちもスッキリする。 清々しい気分で僕は電車に乗った。 帰りの時間になると電車も空いていて、座ることができた。 日本史の参考書を開いて読み始めると、何ページも進まないうちに急に本が無くなって視界が開けた。 こんな事をするのは一人しか考えられない。 「こら!菊之助!」 「も〜れんにいってば、ま〜た勉強してる。」 手を伸ばして本を取り返そうとしたがサッと躱され本を背後に隠されてしまう。 「そんなに勉強しなくたっていいじゃん、れんにい賢いから大丈夫だよ。」 「お前とは頭の出来が違うから僕は勉強しないといけないんだ!それにその呼び方はやめろ!ちゃんと蓮司兄さんって呼べ!」 むっとして顔を逸らすと、菊之助が隣に座った。 「え~別にいいじゃん、父様が見てるわけじゃなし。」 「普段から心がけてないといつかボロが…」 小言を言おうとするとさり気なく身体を密着させられ心臓が跳ね上がる。 「ごめんごめん。でも、そんな蓮司兄さんの事、好きだよ。」 耳元で囁かれてカッと顔が赤くなる。 「おい!」 うっかり声を荒げてしまい慌てて周囲を見回した。 「ば、馬鹿っ!家の外でそんな話っ…!」 顔を寄せて小声で抗議すると、 「は〜い。」 いきなり菊之助の顔の替わりに視界が参考書の表紙で占領された。 「…………。」 ため息をついて本を取り返すと、僕は勉強を再開した。 菊之助はやけに嬉しそうに僕の横顔を見つめている。 こんな毎日見慣れた顔を眺めて何が楽しいんだか… それから駅に着くまで、菊之助は今日学校であった事など取り留めのない話をしてきたので、参考書に集中しながら生返事を返し続けた。 可愛い弟なんだけど、時々さっきのような怖いもの知らずの事をしでかす事があってハラハラする…。 最寄りの駅に着き、少し歩けば我が家だ。 重々しい門を開けて帰宅する。 ここから先は別の世界だと思っている。 普通の家と葉山家が違うと感じたのはいつの頃だったか… 一番古い記憶は兄様と見た幽霊の記憶だ。 地下室に行くと白いもやもやした人みたいなものが見えて…とても怖かったのを覚えている。 でも怖いもの見たさで大きくなってから地下室を覗こうとしたけど、鍵がかかってたり、覗いてみても何かが居る気配はしなかった。 あれはなんだったのかな… 玄関先まで歩いていくと、早足で先回りした菊之助が玄関で出迎えている。 「れんにい、おかえり!」 両腕を広げて出迎えのポーズをする菊之助に僕もただいま、と返して靴を脱ぐ。 「………。」 菊之助が何かを待っている。 仕方ないな…僕は菊之助を軽く抱きしめてキスをしてやる。 「んっ…ん…」 菊之助が食いついてきて、腰に手を回される。 「ん!?」 菊之助が舌を挿れてきたので慌てて体を離す。 「玄関先ではしたないぞ、ほら行くぞ。」 濡れた唇を手の甲で拭って、廊下を早足で洗面所に向かった。 ………白状しよう、僕らはこういう関係だ。 葉山家の人間は、何故だかは解らないけど男性…しかも血を分けた家族しか愛せない。 そういうふうに出来ているらしい。 お父様はこれは呪いだと言う。 男同士では子供を作れないから、契約を交わした花川という家の女性たちと交わって子孫を残してきたらしい。 本当に愛している人と子供を作れないなんて、悲しい一族だなと思う。 他人事のように言っているのは、僕は本気で誰かを愛した事がないからだ。 勿論家族の皆の事は大好きだ。でもなんだか世間一般にいう恋愛と同じかと訊かれると疑問符がつく。 菊之助は事あるごとに僕の事を好きだって言ってくるけど…。 こんな僕を好きな訳がない。 手洗いを済ませて、台所へ顔をだす。 「ただいま、爺や。」 「おかえりなさいませ、蓮司ぼっちゃま。」 爺やがエプロンを外して出迎えてくれる。今日の晩御飯の下ごしらえをしてくれていたみたいだ。 お父様よりちょっと年上なくらいだから、爺やって呼ぶのはおかしいかもしれないけど、僕らは親しみを込めて爺やと呼んでいる。 「今日もお弁当ありがとう、唐揚げ美味しかった。」 「おそまつさまでございます。」 丁寧にお辞儀をして爺やがお弁当箱を預かってくれた。 自分の部屋に入って、鞄を置いて机に向かって勉強しようと本を開くと、菊之助が入ってきた。 「やっほ~れんにい!」 「一声かけるくらいしてくれないか…。」 いつものことだが遠慮会釈なく菊之助が入ってきた。 気にせず今日の復習を始めていると、後ろから抱きつかれた。 「ねぇ、遊ぼうよ~れんにぃ~」 耳元に蠱惑的に囁きかけられて体を愛撫されるが平静を装う。 「今日の復習と明日の予習が終わるまで駄目だ。」 「えぇ~いいじゃん、どうせ宿題はもう終わらせてるんでしょ~。」 「駄目ったら駄目!」 際どいところをまさぐっていた両腕を封じて離れさせると渋々だが従って、菊之助は畳にごろりと寝転がった。 「つまんないの~」 「行儀悪いな…」 菊之助とそういう事をするのは…まぁ吝かではないけど、まだ日のあるうちはちょっと… 勉強が終わってないし。 しばらくすると部屋の外から下男の声が聞こえた。 「蓮司ぼっちゃま、菊之助ぼっちゃま、お父様と蘇芳様がお帰りです。」 「わかった!」 菊之助と同じタイミングで答えていそいそと玄関に向かった。 菊之助と玄関に正座してお父様をお出迎えする。 「お帰りなさいませ、お父様!」 お父様と蘇芳兄様が一緒に帰ってきた。 大学の講義が早めに終わった後、兄様は葉桜でお父様の手伝いをして帰ってきたようだ。 「あぁ、ただいま。」 お父様が爺やに羽織を預けて玄関に上った。 蘇芳兄様も後に続く。 「いいな〜!蘇芳兄さん、父様のお店で働けて。」 菊之助がそう言い、僕も羨望の眼差しを向けたが蘇芳兄様が鼻で笑った。 「お前らにはまだまだ無理だな、精々勉強してろ。」 そう言い捨てると蘇芳兄様はお父様に続いて部屋に向かっていった。 酷い言い草だと思われるかもしれないが、実際僕らはまだまだ葉桜に入れるほど大人じゃないし当然の事だ。 程なくして、爺やから夕食の呼び声がかかって茶の間に皆が集まった。 「頂きます。」 お父様の発声に続いて僕らも食前の挨拶をする。 「頂きます。」 今日の晩御飯は、太刀魚の塩焼きに粕汁と巣籠り卵、あと白いご飯だ。 ………。 食事中は喋らないのが葉山家のルールだ。 ルールでなくても爺やのこんな美味しい料理を喋りながら食べては罰が当たる。 これが毎日食べられるなんて僕らは幸せ者だ…。 「爺やおかわり!」 菊之助がいち早く空の茶碗を爺やに差し出した。 あ、勿論おかわりは言っても大丈夫。 菊は一番育ち盛りだしな… 「僕もおかわりお願いします。」 少しの対抗心で僕も続いておかわりをした。 全力で歌うと結構お腹が空くんだよな… ………。 お父様が箸を置いて手を合わせた。 「ご馳走さま。」 「ごちそうさまでした。」 はじめと同じように声を合わせて挨拶をする。 「さて…」 お父様が顎に指を添えて少し考えている様子だ。 僕ら兄弟に緊張が走る。 毎日の晩御飯の後には決まってお父様は今夜を共にする相手を宣言するのだ。 ……。 「蓮司、風呂の後で来るように。」 「は、はい。」 それだけ言い残すとお父様は一番風呂に入る為に茶の間を出ていった。 襖が閉じられた瞬間、正面に座っていた蘇芳兄様がみるみるうちに恐ろしい形相になった。 残っていた食後のお茶を一気に飲み干すと僕を睨みつけて兄様も茶の間を出ていった。 そんな顔で見られても僕にはどうしようもないのに… そして食後も軽く勉強をして、お風呂に入る。 服を脱いで湯殿に入り、湯船のお湯を体にかけようとした瞬間勢い良く脱衣所の扉が開いた。 「れんにい!背中流したげるっ!」 「………。」 思わず風呂桶を落としそうになって体にかけ損なったお湯がバシャリと床に落ちた。 ……僕のプライバシーはこの家では無いも同然だな。 「いいよ…自分で洗えるから…。」 言い出したら聞かないのは解ってはいるが、せめてもの抗議をしておく。 「今から父様の相手するんだからきっちり綺麗にしとかないとね。」 案の定聞く耳を持っていない菊之助は、石鹸と紬の端切れで出来た手ぬぐいを持って泡立て始めた。 「いいか、変な所は触るなよ!背中だけだからな!」 「はいはい、あっち向いて。」 嫌な予感しかしないけど僕は菊之助に背中を預けた。 鼻歌交じりで手際よく菊之助が僕の背中を洗い始めた。 「れんにいの背中って父様みたいにがっしりしてていいなぁ…」 「そうかな?」 「そうだよ。」 リズムよく背中を擦る音が浴室に響く。 その手が止まった。 「……傷跡、痛くない?石鹸沁みない?」 菊之助が僕の背中の傷跡をなぞる。 「いや、全然。」 いつもの習慣で手を後ろにやって菊之助のおでこの生え際の傷跡に触れる。 「もう何年も昔の傷じゃないか、お前も痛くないだろ?」 「うん…」 これは僕らがまだ小学生だったころ、菊之助が庭の木から落ちた時に僕が受け止めた時に出来た傷だ。 調子に乗って屋根より高いくらいまで登って、下で心配してたら案の定落ちて… 僕は夢中で落下地点に走って菊之助を受け止めた。 その衝撃で僕は背中から地面に倒れて、そこに尖った石があって右の肩甲骨の所を切った。 菊之助はおでこを地面に擦り付けたみたいでいっぱい血が出て…凄くびっくりして…でも無事なのが解ったら安心して… 僕の方は結局6針縫う怪我だったんだけど不思議と怪我した時は痛くなかったんだよな…医者で消毒されて縫ったときは滅茶苦茶痛かったけど… その後、菊之助がお父様に物凄く怒られてた。 「あんな無茶はもうするなよ。」 「うん…」 お互い傷をなぞり合うと、菊之助が背中を擦るのを再開した。 「よし!でーきた!流すよ~」 湯船のお湯がゆっくりと背中にかけられる。 「ありがとう。」 「どういたしまして。」 「じゃあ後は…。」 振り向いて手ぬぐいを受け取ろうとして…見たくないものが目に入った気がして思わず目をそらした。 「あはっ、勃っちゃった。」 「は?」 信じられない…今のどこに勃起する要素があるんだ… 「自分で処理しろよ…僕はさっさと上がりたいから。」 「えぇ~!?やだよぉ…」 「聞き分けのない事を言うなってば!」 「………。」 「………。」 しばらく無言で睨み合う。 全くこいつはどうしてこんなに万年発情期なのか。 この年から盛りまくってたらいつか馬鹿になるぞ… 「ねぇ…お願い…挿れなくてもいいからさぁ…」 「当たり前だろ!お父様に抱かれる前なんだぞ!」 しょうがない…要求がエスカレートしてくる前に飲んだほうが得だな… このままだとお父様の寝所まで付いて来られかねないし… 「わかった…してやるから早くイくんだぞ。」 「うん!」 現金なもので、菊之助が有頂天な様子で湯船のへりに腰掛けて足を開いた。 「お願いしま~す。」 とりあえずは手かな…。 僕は菊之助にキスをしながら右手で菊之助の陰茎に手を伸ばした。 「んっ…ちゅ…は…」 既に先から出ている先走りを亀頭に擦り付け、扱き始める。 淫靡な水音が湯殿の中で反響した。 空いている左手で乳首をいじってやると舌を絡めながら甘い声が漏れた。 「んっ…ん…!」 菊之助の腰が揺れて高ぶってきているのが解る。 頃合いを見て僕は口を離して、菊之助の足の間に座る。 両手を握り合うと、これみよがしに興奮を主張している菊之助のそこを口に含んだ。 「あっ…!」 菊之助の好きな亀頭の付け根あたりを重点的に攻めてやると、感じたらしくギュッと両手を握りしめられた。 「れんにぃ…気持ち…いいよ…!」 どうやら限界が近いらしい、茎を甘噛みしながら舌先で鈴口を刺激してやる。 「あ…あっ…イクっ!」 ひときわ大きな嬌声をあげて菊之助が射精した。 口の中に独特の苦味が広がる。 いくらお風呂の中とはいえ、床に落としたら後の処理が面倒そうだな… 僕は菊之助の精液を飲み込んだ。そして残りの精液も吸い出して舐めとる。 「…満足したか?」 「うん…ありがとう。大好きだよ、れんにぃ…」 蕩けた顔で菊之助が言った。 口元を軽く蛇口のお湯で洗って手早く体を洗って一瞬だけ湯船に浸かる。 遅くなった…確実にまずい… お父様を待たせてしまった罰は…想像するだに恐ろしい。 過去の経験を思い出して僕は軽く震えた。 「じゃあ、お先。」 「うん、おやすみ、れんにい。」 手早く浴衣を身に着け、お父様の寝所へ向かった。 「遅い!」 恫喝したのはお父様ではなく廊下で待っていた蘇芳兄様だった。 「ごめんなさい!」 謝ってお父様の部屋へ急ごうとしたが行く手を塞がれてしまった。 「何だその態度は、これからお父様にご奉仕に行く者がそんなことでは困る。」 壁際に追い詰められ、僕の心臓が跳ね上がる。 「本当にごめんなさい!兄様!だから…」 本気で謝ろうとすると突然股間をわしづかみにされて声にならない声が出る。 「抱かれる前からこんなにして浅ましいやつだな…」 「違っ…これは!」 鎮めたつもりだったけどさっきの菊之助とのやりとりで少しその気になっていたのを目ざとく見つけられてしまった。 事情を話しても火に油なのは明らかなので言い訳は辞めて口を噤む。 「お父様は何でこんな奴を…俺が居ればそれで…」 昏い顔で僕の後ろのどこか遠い所を見て呪詛の様な言葉を発する兄様にたまらず僕は脇をすり抜けてお父様の部屋に向った。 後ろからあからさまな舌打ちが聞こえた。 明日の朝も覚悟しておこう…。 お父様の部屋の前にやっとたどり着いた。襖の前に座り、数回深呼吸して息を整える。 蘇芳兄様のお陰で下半身も大人しくなった。良かった。 「遅くなり申し訳ありません、蓮司です。」 少しの間があり返事があった。 「入りなさい。」 そっと襖を開けて部屋の中に入る。そして襟を正していつもの口上を述べる。 「今晩お務めをさせて頂きます蓮司です、どうか可愛がって下さい」 畳に手をついてお辞儀をして顔を上げる。 この部屋はお父様の好みで夜の明かりは蝋燭だけになっている。暖かい薄明かりの中でお父様が布団の上にあぐらをかいて窓の外を見ているのが見える。 「…来なさい。」 お父様がこちらに向き直ると枕元にある三方から徳利を手に取りこちらに差し出した。 「はい。」 僕はお父様のそばにより、盃を捧げ持って一献を受けた。 きりりとした日本酒の味が体に染み渡る。そして、僕からもお父様に一献差し上げる。 品良くそれを飲み干したお父様は僕を抱き寄せた。 間近で見るお父様も穏やかな表情をしていて機嫌が悪いようには見えない。 でも、決して許されたわけではないから安心はできない。 ぼんやりとお父様の端正な顔を見つめていると不意に視界が悪くなった。 「あっ…」 ぼやけた視界の中でお父様が僕の眼鏡の枝を畳んでいるのが見えた。 「ほら、ちゃんと眼鏡を外しておかないとキスをする時に邪魔だろう?」 「ご、ごめんなさい…」 お父様が僕のおとがいを持つと顔を近づけて… 「んっ…」 僕の口内をお父様の舌が隅々まで蹂躙していく。これだけでもう蕩けそうな快感に包まれそうだ… 何度か確かめるように舌を絡めてから顔を離された。 「これは…菊之助の味だな。」 「!!」 全てを見透かされたようで僕は一瞬で身を固くした。 僕の顎を持って濡れた唇を親指でなぞりながらお父様が軽くため息をついた。 「全く…しょうがない子だな…」 微苦笑しながら僕の浴衣に手をかけ、はだけさせられた。 「あの…それは…」 震える声で言い訳しようとしたけど、人差し指で唇を塞がれてしまった。 「後にしなさい。」 首筋や肩の素肌を愛撫されて、硬くなった体が解されていく… そしてまたキスをされた。今度はより激しいもので興奮が高まってきた。 このまま身を任せてしまった方がいいのかな…不安が捨てきれないままだけど僕もお父様に応じて舌を吸った。 口を離すと糸が伝うほどのキスが終わり一息つくと、お父様はあぐらをかいて自分の浴衣の裾を軽く捲くった。 「舐めなさい。」 「はい…。」 僕はゆっくりと浴衣の裾に手を差し入れ、お父様の腰に手を回して褌を解いた。 緩く立ち上がった男根が露わになる。 僕はそっと亀頭に口づけをして、そこを口に含んだ。 「んっ…ふっ…」 最初は先の方を刺激していると、ゆっくり頭を撫でられた。この調子でいいのかな… だんだん根元までくわえ込んで頭を動かして刺激を強めていく。 卑猥な水音をたてながら夢中で奉仕した。 …………。 どれくらい時間が経っただろうか、お父様はその気になってきてはいるけど、次も促されず、かと言って果てる様子もない。 そろそろ顎が疲れてきた… 「どうした、続けなさい。」 「んっ…はい…」 一瞬口を離して返事をして、また奉仕に集中する。 ………。 「好きなんだろう、こうするのが…。」 「……!」 棘のある言葉にやっと理解した、これが罰なんだ… 「んぐっ…ん…!ぷはぁ…はぁ…」 延々と続けさせられた奉仕は唐突に顔を引き離されて終わった。 お父様が布団に寝転んで命じた。 「私の顔を跨いで続けなさい。」 「は、はい…」 恥ずかしいけど…浴衣の裾を捲り上げて帯に差し込んだ。下着はつけていないので局部が露わになる。 「失礼します…」 お父様の顔を跨いで腰を落としてご奉仕を再開した。 「んっ…」 駄目だ…お父様の息がかかるだけで下半身の熱が上がっていく… ご奉仕に集中しないと… 「んぐっ…く…ふっ…」 根本まで咥え込むと更に奥まで口内を突かれてえずきそうになるけど必死でこらえる。 だけど、出し抜けに意識していなかった後孔に指を入れられて体が跳ね上がる。 「んっ…!ん…!」 陰茎も口に含まれ刺激されて、息つく暇もない快感に晒され、腰が砕けそうになる… 「あっ…はっ…もう許して…あぐっ」 一瞬口を離して訴えるがあえなく口を犯されてしまう。 喉奥を突かれて涙が滲んできた… 気持ちいい…どうにかなりそう… いつの間にか後ろに挿れられた指が二本に増えて一番感じるところを重点的に刺激されて…もう…駄目…! 「ん…!ん…!!!」 お父様の指を締め付けて僕は絶頂を迎えた。 タイミングを合わせて喉の奥までお父様の猛ったモノが入ってきて、苦しさにパニックを起こしそうになる。 「いいぞ…蓮司…いい眺めだ…」 満足そうなお父様の声が聞こえて遂に僕は崩れ落ちた。 お父様にしっかり抱き止められ布団に寝かせられた。 「いい子だ…」 乱れて汗で顔に張り付いた髪を優しく整えられてキスをされた。 「お父様…」 お父様の微笑む顔は情欲に濡れていて、興奮に抑えが効かない。 完全に勃ち上がった男根を僕のものに擦り付けられ、耳元に囁きかけられる。 「蓮司…どうして欲しい…」 僕は知っている、僕の産まれた源がそこだという事を…それが僕を大人の男にして…僕の中から蕩かされるような快感を与えてくれる事を… 「挿れて…下さい…」 「何をだ?」 焦らされて堪らず両脚をを開いて抱え、欲しいものを懇願した。 「お父様の…ペニスを…ここに…!」 優しい口づけの後に待望んでいたものが与えられた。 充分に慣らされたそこは痛みもなくそれを受け入れ、その熱と圧迫感に思わず声をあげてしまう。 「ああっ…!すごい…!」 ゆっくりと侵入してくるそれを歓喜の声で迎え入れ、脈打つ感触に体をくねらせる。 「動くぞ…」 最奥に突き入れられたそれがゆっくり抜け出ていく…思わず締め付けて留めようとしてしまう。 「あっ…あっ…」 次の瞬間最奥まで再び貫かれて悲鳴が漏れた。 「ひあっ!……んんっ」 恥ずかしい声をあげてしまい思わず手の甲で口を塞ぐ。 「駄目だ…」 塞いだ手を除けられ、カッと顔が熱くなる。 「どうしてっ…!あぁっ!あっ!!!」 「蓮司…お前は本当にいい声で啼くな…」 声を出す事を促すように激しく突き上げられて… 喘ぎながらお父様の腰に両足を絡めた。 「あ…!あ…ぁ…!!もう…無理…」 中の感じる所を責め立てられ、更に性器も扱かれて… 「いきなさい、蓮司。」 「い…いく…!いくっ…!んっ…!はっ…!!」 僕はお父様の手の中で果てた。 絶頂を迎えながら抽挿が更に激しくなる…お父様の限界も近いようだ… 「んっ…中に出すぞ…!」 「あうっ…」 お父様のものが大きく脈打ち、中に熱い子種が注がれるのが解った… 大きく息をついて精を出し切るお父様は壮絶な色香を放っていて、思わず再び欲情を覚えた。 「沢山出したな…」 お父様が手に絡みついた僕の精液を舐めた。綺麗な手を汚してしまった罪悪感と背徳感にぞくりとした。 お腹に飛び散った汁も丁寧に舐め取られる… しばらく絶頂の余韻に酔いながら、二人で布団に寝て休息を取った。 「体を綺麗にしないと…」 お父様に抱きかかえられ、隣の小さな湯殿へと連れて行かれ、甲斐甲斐しく事後の処理をされる。自分でやると言いたい所だが流石に疲れ切って腰が立たないので有難くお世話をされよう…。 暖かいシャワーを浴びて、浴衣を着直してお父様と一緒に布団に入る。 「今晩は良かったぞ…蓮司はどうだ?」 「はい…凄く…良かったです…」 満足してもらえたみたいでホッとする。 「学校は上手くいっているか?」 「…はい。順調だと思います。」 「あぁ、頑張って蘇芳を助けてやるんだぞ。」 ここで進路の事を話してしまった方がいいのかな… 「どうした?」 考えこんでているとお父様に気付かれてしまった。 「いえ…なんでもありません。」 やっぱりもっとちゃんとした場で言わないと、と自己解決した。 こうやってお父様と同衾していると、思い出すな…昔の事… 小さい頃は普通の親兄弟だったと思う。 と言っても僕は他人の家庭をじっくり覗いた訳ではないから解らないけど… お父様やお兄様からはよく抱き締められたり…身体を撫でられたり… その程度だった筈… それが決定的になったのは僕が元服を迎えた時だった。 武家の作法に法った元服式の後の夜、僕は…お父様に抱かれ、貞操を捧げた。 儀式は初めてで痛かったけど、終ったあとはお祖父様もお父様も心から、少年から男になった事を祝ってくれて凄く嬉しかった。 元服式の傷が癒えた後、改めて僕はお父様に抱かれた。 それはとても大切な宝物を扱うようで、凄く気持ち良くて暖かくて…幸せだった。愛されているんだなと感じた。 それから何回もお父様と夜を過ごして…満ち足りた生活を送っていた。 僕が世界の残酷さに気付くまでは。 それは小学校の授業でのいわゆる性教育の時の話だった。男女別の教室に別れた僕達生徒は、赤ちゃんがどうやってできるのかを初めて知った。 その、赤ちゃんは女の人のお腹の中から産まれるという内容も僕にとっては衝撃だったけど、次の先生の言葉が僕に突き刺さった。 「と、言う訳で好きあった男の人と女の人がが一緒になって子供ができるんだ、中には男同士で一緒になるオカマも居るけどお前達は真似するなよ〜」 「は〜い!」 「はーい。」 「ははっ、何それ気持ち悪り〜」 男同士で好きになって関係する事を嘲笑するような先生の話ぶり…そしてクラスメイトの皆も… その後の先生の話は耳に入って来なかった。 聴かなければいけないけど無理だった。 どういう事…?男同士好きになるのはおかしい…? 体から血の気が引いていた。 今まで信じてきたものが崩れていく気がした… お父様やお祖父様や兄様は…知っていた…? 知っていて僕に…こういう事を…? わからない… わからない… お父様とした事が間違いで、先生の言う事が正しくて…? まさか…お父様は僕を騙して…? そんなはずはない… お父様が間違うはずがない… 混乱した頭のままその日の授業は終わって家に帰った。 「蘇芳兄さん…」 蘇芳兄さんが僕のすぐ後に帰ってきたので訊いてみた。 「何だ?」 「今日学校で習ったんだけど…男同士で好きになっちゃ駄目だって…」 「は?だからどうした?」 「えっと…その…お父様に僕らが抱かれるのって…」 「お前…まさかお父様のやる事がおかしいと思ってるのか!?」 「ち、違うよ…!」 「ならいい、つまらない事を聞くなよ。僕は勉強が忙しいんだからな。」 「はい、僕も勉強します。」 お兄様からは納得のいく答えは貰えなかった…。 その後、お父様が帰ってきて、夕飯の時間になった。 食後のお茶の時間になって僕は意を決してお父様に尋ねた。 「お父様…訊きたい事があるんですけどいいですか?」 僕の深刻な様子を見たお父様が頷いた。 「…後で私の部屋に来なさい。」 「はい。」 「失礼します、お父様。」 「ああ、入りなさい。」 一礼して部屋に入ると座布団が二つ敷かれ、片方にお父様が座って話の準備がされていた。 視線で促され向かい合って座る。 「…話とは何だ?」 「はい…あの…今日学校で人が子供を作るための方法を習いました、男の人と女の人が好きになってできるって…男同士で関係を持ってはいけないって…本当ですか?」 話しているうちに腕を組んで聴いているお父様の顔が険しくなってきた。 「全く…お前もその教師も全く知識が足らんな。男と女が好き同士でなくても子供は出来るし、男同士で契りを結ぶのは古来からの日本の武家の嗜みだ、いけない事でも何でもない。明治になって毛唐の言いなりになった政府が男色を禁じるまではな。」 「はい…ごめんなさい…。」 僕は手をついてお父様に謝った。 良かった…やっぱりお父様の方が正しかった…。 「この分では近親相姦が禁忌と言う事も知らないか…」 呆れ気味なお父様の声を聞いて必死で考えたけど知らない言葉だった。 「蓮司、お前も元服をしたし知っておかねばならない事だな…従兄弟より近い親族とは結婚して子供を作ることは日本ではしてはいけない事になっている。」 「えっ…!?」 「親兄弟で子を成す事は血が濃くなって障害のある子が産まれやすくなるから危険なんだよ、蓮司。そもそも子供は出来んがな。」 お父様が皮肉げに言って、僕は言葉を失った…。 僕達家族がしている事って外の世界からは二重にしてはいけない行為だったなんて…。 「………。」 「何を考えている?」 「……今まで全然知りませんでした、今までどうして教えてくれなかったのですか?」 「私はお前達を大切に思っているから言わずにいた。解ったか、蓮司。これが世間というものだ、我々の愛を否定し、糾弾する。全てはお前達を護るためにした事だ。」 「……解りました。」 ちょっと難しかったけど、僕の為を思ってしてくれていた事が解って安心した。 「よろしい。…良い機会だ、他に聞きたい事はないか?」 僕はしばらく考えてから尋ねた。 「僕は…どうしてお父様が好きなんですか?お父様は…どうして僕のことが好きなんですか?」 すると、お父様が笑った…いつもの凛とした微笑みではなくて、もっと無邪気で子供のような笑い方で… 「ははっ…蓮司…それは私でも解らないよ。」 「ええっ!?」 この日は驚きの連続だったけど、この時が一番驚いたかもしれない。 「お父様にも解らないことがあるんですか?」 「………あるよ。私がお前を好きな理由か…それは言葉で説明できるものではないんだよ、蓮司。お前が私をどうして好きなのかが解らないようにね。あぁ…考えてみてもいいかもしれないけど、これは一生の研究課題かもしれないぞ。」 お父様に悪戯っぽく言われて僕はそれがとてもとても魅力的に感じて… 「はい、僕、考えてみます!」 「そうしてみなさい、蓮司。お前は私の大切な息子だ…愛しているよ。」 お父様が近寄ってきて僕の頭を撫でてくれた。 「はい、僕もです…」 あれから何年も経ったけど、確かに僕がお父様や家族の事をどうして好きなのかは解らなかった、でもその事を考えると、何だか楽しくて幸せな気分になって… いつか解るといいな…好きな理由… 「お父様…」 「なんだ?」 「もっとそばで寝ても良いですか?」 返事の代わりにしっかりと抱き寄せられた。腕枕をされて、息がかかるほど近くにお互いの顔が来る。 子供みたいだけど、僕はこうしてお父様の匂いに包まれて体温を感じて寝るのが大好きだ。 優しく頭を撫でられながら頬やおでこにキスをされて…特有の疲労感も手伝い、ぐっすり眠れそうな気がする。 「おやすみ、蓮司。」 「おやすみなさい、お父様…」 お父様の口元にそっとキスをして、僕は眠りについた。

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