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偽物

「四季くん、急いで病院に行こう」 若林さんが手押しハンドルを握ろうとしたら、 「若林」 卯月さんがその手首をがしっと掴んだ。 「悪いが先に行ってくれ。四季は壱東に送らせる」 「副社長の容態は一刻一秒を争う。そんな悠長なことを言ってる場合ではありません」 「四季には乳飲み子がいるんだ。そう簡単には出掛けられないことくらい分かるだろう。それに病院には小さい子どもは連れていけない。留守の間子守りが出来るひとをまずは探さなきゃならない。オムツを交換したりミルクを飲ませたりと、色々とやることがあるんだよ」 一瞬だけ不満げな表情を見せた若林さん。 「そうですね。四季くん、なるべく急いで行くんだよ」 「それを言うなら来るように、だろう」 「ですよね。すみません」 卯月さんに疑いの目を向けられた若林さん。すっと目を逸らすと何事もなかったようにそそくさと菱沼金融を後にした。

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