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新人がやってきた
「馨!!今日だよね!!?」
開店前の店内にうちの紅一点矢嶋美陽の声が響きわたる。
そんな広いわけでもないキッチンで大声ださんでもええやろ……。
「馨聞いてる??てか起きてる??」
そう。決算やらなんやらで頭を抱えていたら終電逃してお泊まりコースだった。
「かお…
「聞こえてる。起きてる。新人は今日。10時に来てランチ営業の見学する」
これがなかったら始発で帰ってディナー営業まで英気を養うつもりだった。
「10時かー!今日はランチ常連さんばっかだしぃ〜ちょうどいいよなぁ〜♪」
語気が強すぎたかと反省したが気にした様子もなくいつもの調子で鼻歌混じりで作業している。
この人曰く、俺遠坂馨は詰まりやすい蛇口らしい。「だから急に水圧が強くなってもまた詰まってたんだなーくらいにしか思わない」と。
普通に機能する蛇口の方がええやろ…。
「まーたぐちゃぐちゃ考えてるでしょ。仮眠とったら?眉間すごい皺よ。」
「……わるい。そうする」
「9時半くらいに起こすわ。コーヒー淹れとくから。」
「うん。ありがとう。もしもっと早く新人来たら、そのタイミングで起こしてくれていいから。」
「はいよ〜」
1時間も横になれば、新人対応が正常に行えるくらいには回復するか、事務所にマッサージチェアが欲しい…。
――――――
家を出る前に寝ぐせは直した。服もねーちゃんが「通勤用に」って送ってくれた服を着てるから変じゃないと思う。
オーナーはあまり気負わなくていいですよって言ってたけど……
前の店のようにアシスタントじゃなく、
メインでやってみないかなんて言われたらめちゃくちゃプレッシャーだよ……
この角を曲がったら、おれが今日から働く店……オーナーの1号店、リストランテ・ブルームーンだ。
この辺は停まってる車は高そうだし、歩いてる人もなんだか位が高そうで、おれはすっごく場違いな感じがする……。こういう雰囲気に物怖じしない友人アッキーがこの場にいたら胸張って歩け、キョドってんな。って蹴りいれてきただろうな……
あ。なんかちょっと緊張ほぐれたかも。ありがとアッキー。
「うわっ。私いつのまにか外国に迷い込んだ?」
「へっ?!」
「長身の金髪がうちの庭にいると映えるねぇ〜」
庭……?あっ店の門をいつのまにか通ってたのか……ということはこの女の人は……
「村岡くんでしょ?よろしく!」
――――――
「今日からお世話になります。村岡鷹也です。よろしくお願いします。」
タッパがあって結構ガタイもいい、ハーフっぽいし、強い要素がいっぱいなのに、なーんか弱そう。
なんだっけ息子に読んだ童話であったな弱虫なライオンが出てくるやつ。あんな感じ。
「私は矢嶋美陽ね!ここのシェフ!で、あそこでコーヒー飲んでるのが遠坂馨。ホールと経理担当ね。」
「やじまさん……とおさかさん……」
「あ、みよってよんで。」
「み……えっ?!」
「オーナーから出身校一緒だって聞いたからさ。そのよしみってことで!私はタカって呼ぶわ。」
こういう子はこっちのペースにガンガン巻き込んでいかないとずっと一線引かれそうだし強引にいっちゃえ。
「う……あ……はい。み……みよさん」
「うんうん」
「美陽パワハラは訴えられるぞ。」
なにをー?!これの何処がパワハラだ!
「以前にも会ってるけど改めまして、俺は遠坂馨。なんとでも呼んで。さっきまで仮眠取ってて。出迎えられなくてごめん。」
朝よりはマシになった顔で馨が挨拶する。
タカは馨よりおっきいんだなぁ。
「あ、いえ、大丈夫です。その、よろしくお願いします!」
うん?なんかちょっと元気になった?
女子に緊張するタイプか?ウブか?
「あと数名でフルメンバーなんだけど、うちは予約制だし、ランチはメニュー数が少ないから、少数で回してて今日は、俺は君待ちしてただけだから、ホールの人間がそろそろ来るかな…。」
「おっはよーございまーす!」
噂をすればうちのマスコットが出勤してきた。
――――――
うえっ、巨人が増えてる。しかも今度は金髪。
なんなんだこの店。オーナー巨人好きなの??
いやでも俺採用されたし…ウッ……ダメージ……。
「あっあの、おれ村岡鷹也です。今日からお世話になります。」
「俺結城郁人!ホールと姉御のパシリやってます!」
「ゆうきさん」
「フミトでいいよっ!痒くなる。俺はタカって呼んでいい?」
先輩後輩とか苦手なんだよな。この店はすっげーフランクでありがたい。目線の高さという上下関係はあるけど。トホホ
「うん、フミトくん」
へにゃっとした頼りなさそうな笑顔…
「でかいのにオーラ薄いな」
「よく言われます……」
「あいや!!悪い意味じゃなくてさ!」
やっべー傷つけたかな…なんてフォローしたらいいんだ
「守ってやらなきゃ感があるっていうか???てか敬語とってくれよな」
いやこれはこれでダメだったか??
「ははっありがとう」
ぐ……でかいのに可愛いじゃん……
母性目覚めそう。
「おー。二人とも犬っぽいから仲良くなるのが早いねー」
「ちょっ姉御!!俺はいいけどタカに失礼だぜ!」
「あはは犬っぽいも良く言われます」
ガチガチだったのがちょっとほぐれたみたいだな。
うん。タカとも楽しくやれそう。よかった。
――――――
昨夜は帳簿の前で頭を抱えている遠坂さんを尻目に店を出て、系列店のバーの貸切パーティのヘルプに入った。
マスターの新居さんが『目をかけていた店員をオーナーに引き抜かれてさ』という愚痴をこぼしながら、シェイカーを振っていた。おそらくその店員は今日入ってくるらしい新人のことだろう……。
『学生時代からカフェのアルバイトで入っていて成人してからはバー営業にも入ってもらってたんだ。客受けも腕もよかった。あとなんかほっとけなくてさ。娘が嫁に行くってこんな感じなのかも。寂しいよ…。』
なんて言ってたな。相当可愛がっていたんだろう。
隣で人の動く気配がした。
そうだった。昨日の客の一人に誘われてのったんだった。
遊び慣れてる女は面倒はなくていいが、支配欲が満たされない。
自分の身支度を整え相手を起こし
もう出るからとだけ伝えてベッド離れ
一服する。
「櫛原さん、あの、またよかったら」
「二度はないって決めているんだ、ごめんね。」
「そうですか。あ、お酒美味しかったので、また飲みに行ってもいいですか?」
諦めがいい。女はこれくらいドライな方がありがたい。
「昨日はヘルプで入っただけなんだよね。系列店のブルームーンの夜営業に来てくれればお酒出しますよ。出張費いただければ個人のホームパーティに出張も可能です。」
店の名刺と個人の名刺を渡す。太客が捕まえられれば店にも自分にも嬉しいからな。
「それじゃ。」
女と別れて帰路に着く。
そういえば新人は今日のランチ営業の見学に来ると遠坂さんは言っていた。夜営業までいるんだろうか。
新居さんのお気に入りの娘、見に寄って行こうか。
―――――
街の雰囲気がそうだったように、ランチ営業のブルームーンには緩やかな時が流れている。
みよさんは、当日でも予約があれば対応するというスタンスだから忙しい時は忙しいよと言っていた。
それでも、全面オープンな店より確実にゆったりしてるよなぁ。前の店は、駅前で路面店だったからそれなりに忙しかった。
これくらい時間に余裕があれば、ちょっとこったデザートとかだせそう。お客さんの層的にはシュクレフィエで飾った華やかなケーキとかそういうのが良さそう。
「タカ緊張ほぐれてきた?」
「確かに表情が明るくなったか?」
「えっあっ…」
気にかけてもらってたみたいだ申し訳ない…。
「しゅんとしたな」
「顔というかオーラにでてる感じっすね」
「ちょっと、フミト!お客様にお皿持ってってよ!」
「あ、やっべ3番いってきまーす!」
みよさん強い。
「うちランチはゆるいんだよね〜。前の店と比べてどう?」
「ゆったりしてて、色々できそうだなって……」
「お、いいねえ!ホールにでてパフォーマンスするとかもありだぜ??なんなら今日やる?」
「パ、ぱふぉーまんす…??」
「無茶振りは良くないぞ美陽。」
「そっかー?面白いと思うけどなぁ」
パフォーマンスってステーキハウスみたいなやつかな……
「やーしかし、覚えが早くて助かるわ!盛り付け手伝ってくれてありがとね!」
「お役に立ててるならよかったです」
「どーしても抜けないといけないときとかあるからさ…あ。うちチビがいるんだけどね、チビだから何があるかわかんないじゃん?そーいうときホールに負担かけて申し訳ないなーって思ってたの。」
「来店人数決まってるから俺らがやる事は盛り付けとサーブだけだけど、バタバタすることもあったからね…」
「あの状況がすぐ終わってよかったっすよね!」
「オーナーのオファーに応えてくれたタカに感謝!フミト!デザート用意終わってるから!テーブルの様子みて出してね!」
「イエスマム」
「村岡くん、悪いけどそこの箱もって俺についてきてくれる?」
箱……これは、小麦粉かな?
「重いの持たせてごめんね。」
「大丈夫です。」
「そう。よかった。事務所と倉庫が上にあるから、ついでに案内するよ。」
「ありがとうございます!」
――――
ホテルをあとにして店へ向かう道中、昨日話に聞いた新人の人物像を色々妄想した。
子供の頃から、人との縁が新しくできる時は運命の出会いとかあったりして。とワクワクしてしまう。
童話で語られるような運命の出会いやハッピーエンドへの憧れが未だにあるのだ。友人達には夢見る乙女かよと笑われる。
遊んでるうちに運命の人に巡り会えるかもと、数を打つ戦法とっているが未だ運命の人は現れない。
「あれクッシーじゃん。どうしたの。」
「新人今日からって聞いたから顔を出しておこうかと。しばらくはランチだけとも聞いているので。」
「なるほどな。いま馨と上に行ってるわ。ちょうど粉入荷してさ。」
初日の女の子に重量物の搬入やらせるなんて鬼だな矢嶋さん。
「じゃあ俺手伝って来ます」
「えー?大丈夫だと思うけど」
男としてさすがに手伝いにいかないわけには行かないだろう……。
ここの階段ちょっと滑りやすいんだよな…今年こそオーナーに滑り止めの工事の提案しよう。
「あっごめんなさい……」
階段を登り切ったところで聞き慣れない声の主とぶつかった。
高身長であることを自負している自分よりも高い位置から音が聞こえる。
業者の人間だろうか……
「いえ、すみません。俺も前を見ていなかったか……ら……」
「い、いや何かあったら危ないのは階段側のほうなんで、すみません」
固そうだがふわふわとしたクセのあるブロンドヘア
「あの、怪我とかないですか……?」
頼りなさげなエメラルドの瞳
「村岡君どうしたのそんなところで突っ立って……」
「あっ遠坂さん…」
「あれ櫛原。村岡くんその人はディナー営業でソムリエやってる櫛原。」
「くしはらさん、あの、おれ今日からお世話になる村岡鷹也です、よろしくお願いします。」
「あ。うん……櫛原尚樹です。よろしく。」
「櫛原も隠しちゃうなんて本当に大きいな村岡くん」
「でかくて頑丈くらいしか取り柄がなくって……」
「人当たり良くってイケメンで腕がいいってオーナーから聴いてるよ」
「えっ…そ…あ、あの荷物ってさっきのところに置いてあったやつで終わりですか?」
「うん?たぶん?」
「じゃああと一箱だったと思うので持ってきます。」
「うん。ありがとう」
赤く染まった首筋……
「逃げたな。ところで櫛原、忘れ物か何か?……櫛原?」
俺は思わずその場でしゃがみこんだ。
運命来たかもしれない……
今までも見た目でいいなと思ったことはあった。
そんな時はモーションかける余裕があった。
ところが今回はどうだ……
名を名乗るので精一杯だった……
「櫛原!」
「あっ、ああ。聞こえている」
「急にしゃがんでどうしたんだ。」
「いや、うん。さっきの……」
「村岡くん?」
「そう、彼は、例のオーナーが引きぬいてきたっていう新人?」
「そうだよ。櫛原に紹介できるのはもっと先になるかと…。もしかして新人の顔を見に寄ったのか?」
「ああ。昨日ヘルプにいったのが彼の古巣だったんだ。可愛い奥さんがいるマスターがすごく可愛がってたんだって話をずっと聞かされていたから……」
「どんな子がきたのかと思って覗きにきたわけか。男の新人でよかった。初日から手を出されちゃたまらない。」
遠坂の冷ややかな視線が刺さる。
「ははは…」
むしろ女の子の方が安全だったかも。
――――
タカが最後の袋をもって上に上がったあと
変な顔したクッシーが降りてきた。
「行かなくても大丈夫だったでしょ?」
「うん。てっきり女の子が来るものだと思ってたから」
「あーなるほどネ。クッシー的には残念だったわけだ?」
「矢嶋さんまで……。」
「あっれー!尚樹さんだ!ちわーす!」
フミトがバッシングした皿を抱えながら現れた。
器用に大量の皿を運ぶもんだからラウンドが一種のパフォーマンスになってるらしい。
小さいのによくやるもんだわ。
「お疲れ。お前はいつも元気だな。」
「それが取り柄っすからねー!尚樹さんは、新人チェックです?女の子じゃなかったですよ!もう会いました?」
「上で会ったよ……ねえ俺ってそんなに女好きのイメージ強い?」
「うん」
「そうっすね…」
「ぐっ……」
「クッシーといえば固定彼女がいなくって出張バーテンするたび女子を引っ掛けてるイメージだわ」
でも女の敵って感じじゃないんだよねー。声かける人選んでるんだろうな。
「村岡くんにはそれ言わないで……」
「あータカって純真そうっすよね」
「それもあるけど」
クッシーがまた変な顔してる
「なに、クッシーいい顔したいの?」
「いや……うーん……」
こんなはっきりしないクッシー珍しいな。おもしろ。
「一目惚れしまして……」
「は?」
「えっ?!」
あのクッシーが?!誰にでもすぐ声かけるクッシーが??
「尚樹さんって男もイケるタイプだったんですか!」
「ちょっと結城静かに……」
「あ、すんません」
「クッシーのそんな反応見ることになるとは思わなかったわ」
「自分でも驚いてるんだ……対策考えるから……内密に頼みます……」
なんか面白くなってきたぞ。
他人の色恋ほど楽しいエンタメないよね。
最近そういうのなかったからなー!オーナー!刺激をありがとう!!そろそろ柳庵が仕込みのために出勤してくはず。早速シェアしちゃお。
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