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新人がやってきた2

「……遠坂、新入りはどうだったんだ」 ガチャン シェイカーがシンクに落ちる音がした。 矢嶋が帰り際に、クッシーにとうとう運命の人現るだよ!と言い残していったが新入りの事だったのか。 櫛原は咳払いをして取り繕っている。 「櫛原、備品に傷つけないでよ。」 「分かってるよ、少し手が滑っただけだ」 「……それで……」 「ああ、うん。村岡君ね。すごくいい子そうだったよ。控えめな性格っぽいけど、慣れたらうちのメンツともうまくやれると思う。あと柳庵さんともしかしたら気が合うかもしれない。結構鍛えてた。」 「……ふむ、そうか。櫛原も会ったんだろ。どうだった。」 「ん?ああ、あーそうですね……うん……。あ、5番が呼んでる。すみません、行ってきます。」 ……確かに様子がおかしいな。普段ならサラッと答えているところだ。 「櫛原、村岡君に会ってからずっとおかしいんだ。急にしゃがみ込んだり、カウンターに立ってる間もずっとため息ついてた。お客様に、今日はアンニュイでいいわね。とか言われてたよ。」 「……矢嶋情報だが、」 「美陽?」  ……言ってもいいものなんだろうか。遠坂はゲイだって矢嶋が言っていた気がするから構わないか……。 「美陽が何?」 「……どうやらやつは、村岡君に惚れたらしい」 「……」 「……」 遠坂が目をパチパチしている 「戻りました…5番のお客様チェックだったので、今日はこれで終わりですね。」 「櫛原」 「ん?」 「村岡君に惚れたって本当か」 「あの二人……内密にって言ったのに……」 「女の子じゃなければ安心だと思ってたのに、お前はどれだけ節操無しなんだ!」 「節操無しは心外だな。いやまあ、俺も驚いているんだよ。」 「第一お前ノンケじゃなかったか」 「寄ってくるのが女の子が多いから女の子と遊んでるだけで、学生時代は男とも付き合っていたよ。」 「……今まで、良く無事だったな。」 「相手は選んでいるので。」 得意げな顔をしている櫛原と、げっそりした遠坂の対比が面白い。 「じゃあ村岡はあかんやろ……」 矢嶋が小学校に上がった子どもの行事やら何やらで忙しくなるから入れた人員だ。選考作業も楽じゃないから遠坂は逃がしたくないんだろう。 「あんな感覚は初めてだったんだ。これを運命と呼ばずして何と呼ぶんだ」 …… 「宗田さん、笑わないでくださいよ」 ……む、笑っていたか 「……すまない、あまりにも芝居がかっていたから」 「コホン、まあそれくらいの衝撃だったって事です。」 「はー、もういい。分かった。ただし、身辺整理ちゃんとして、相応の覚悟で挑めよ。」 「ああ」 「あと、万一辞めるなんて言わせてみろお前のクビも飛ばすからな……」  ―――― クビを飛ばすなんて脅してみたものの、櫛原は副業やってるしあんま響かんかったやろな…… 『肝に銘じておくよ』と笑い、さっさと終業作業を行い、副業先に向かってしまった。 柳庵さんは俺の肩をポンと励ますように叩き、明日の準備に取り掛かってしまった。 はー俺も、オーナーに連絡して、上がるか…。 スマホのホーム画面を開き、オーナーの飼い猫のアイコンをタップする。 業務報告と、昨日作成した書類どうするかも確認しないとな……。 『すみません、携帯から離れてて出るのに時間かかっちゃいました』 「お疲れさまです。取り込み中ですか?掛け直しましょうか。」 『いえいえ大丈夫ですよ、ロウさんにご飯あげてただけなので』 後ろで猫の鳴き声が聞こえる。 「そうですか、終業報告です。数字系はメッセージ送ってます。」 『はいはい、お疲れ様でした。後で確認しておきますね。村岡君はどうでした?』 「そうですね、多分うまくやっていくんじゃないでしょうか。ただ……」 『ただ?』 「櫛原が、村岡君を気に入ったみたいで……」 『へえ!なんだか意外ですね。馨君みたいなタイプの方が好きなのかと思ってました』 「は?!」 『彼を訪ねてくる女性ってキリッとした美人な方が多いでしょ』 「勘弁してくださいよ…」 『ふふ、まあ様子を見てみましょう。彼、根は真面目ですから』 「はあ…、わかりました…。」 『あ、そうだ。書類。僕のデスクに置いといてもらえますか。時間ができたら取りにいきます。』 「ご自宅に届けようかと思っていたんですけど」 『いえいえ、庭の様子も気になりますから、僕が行きますよ』 「わかりました、デスク上だと不用心なのでキャビネットにいれておきます。」 『ありがとうございます。あっロウさん電話中…』 不機嫌そうな猫の鳴き声が聞こえてくる 和むな。 「報告しないといけないことは終わったので、ロウさんかまってあげてください。それでは」 『あっ、ホールの増員!今度面接するので、良さそうな人ならまた連絡しますね』 「わかりました。」 『お疲れ様でした』 「お疲れ様でした」 増員か……切迫している訳ではないけど、ありがたいな。   「さてと……」 最後のお客様の食器類は洗ったし、レジは閉めた、掃除も……手すりに埃が……よし。終わった。 キャビネットに資料入れてっと…あの人忘れっぽいから書き置きしておくか…。よし。 「柳庵さん、俺あがりますね。」 「わかった、お疲れ。」 「お疲れ様です。」   今日は真っ直ぐ帰ろう。

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