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04 愛し合う男達(4)
「……きっと来てくれると思ったよ、ダイチ」
応接セットの向いには、ヒビキと名乗った男が座っている。
ダイチは、よろしくお願いします、と元気よく挨拶をした。
カイトとの大喧嘩の後だったが、気持ちはスッキリしていた。
それは、今朝の事。
朝まで泣きに泣き、ショックでもう立ち直れないと絶望に淵に立たされていたダイチだったが、ふとあることを思い立ち、逆に気分が高揚した。
それは何か?
復讐である。
つまり、自分がこの事務所で成功すれば、カイトは、自分を捨てたことを後悔し、それは大いにくやしい思いをするはずである。
カイトのその姿を想像するだけで、晴れ晴れしい気持ちになる。
ざまぁみろ、だ!
半べそで、俺の元に戻ってきてくれ! と懇願するカイト。
それを見下ろし、こう言う。
ぷぷぷ、誰が戻ってやるかよ! あはははは!
「で、何がおかしいんだ? ダイチ」
「……え? 俺、笑ってましたか?」
「まぁ、いい。とにかく、契約の条件は先ほど説明した通りだ。何か疑問点はあるか?」
ダイチは、いけない、いけない、集中だ、と自分の頬をパチンと叩いた。
契約の話の中では、すでに質問があった。
「えっと……このセックストレーニングって……」
「ああ、それか……。セックストレーニングっていうのはな……」
ダイチは、ヒビキの話に腑に落ちない点もあったが、自分にはサインする以外の選択肢はないことは十分に承知していた。
****
ダイチは、事務所を後にした。
振り返り、ビルを見上げる。
「……ついに俺は、プロになるんだ。よっしゃ!」
グーに固めた拳を空高く掲げた。
それを見つめて、ふと思った。
あれ、これはどこかで見たことがある光景だな。と。
確か、カイトと出会った間もない頃だったかな、と首を傾げた。
ダイチは、目を閉じ記憶の中へ旅を始めた……。
****
高校1年の初夏。
ダイチは、汗を拭きながら校庭を歩いていた。
「あれ、これはギターの音? 何だろう、とっても心地いい。誰が弾いているんだ?」
音のする方へと歩き出す。
すると、藤棚の木陰で、ギターを弾いている男子生徒の姿が目に入った。
「あいつが弾いているのか? ああ、それにしても胸に染みるいい曲だぜ……」
ダイチは、その男のもとへと駆け寄った。
「パチパチパチ……すごくいいな、お前のギター。俺、気に入ったぜ!」
「そうか、ありがとう。で、お前は誰だ?」
「俺は1年3組のダイチだ。なぁ、お前さ、俺とバンドやろうぜ!」
「はぁ??」
その男は、うさん臭そうな顔でダイチを見つめる。
「で、ダイチ。お前は楽器何やんだ?」
「俺? 俺か? 楽器は何も出来ねぇな」
「ぶっ、何だよそれ。それで良くバンドに誘ったな」
「歌だ。俺はボーカル」
「ボーカルだと!?」
男は驚いて、ダイチの顔をさらにじっと見つめる。
こいつからかっているのか?
そんな心の声が聞こえてきそうだ。
その男は言った。
「ふーん、じゃあ何か歌ってみろよ」
「分かった。なぁ、お前。さっきの曲、弾けよ。俺が歌を乗せっから」
「さっきのって……あれ俺のオリジナルだぞ? お前、一回聞いただけだろ? それに詞も付いてない。本当に歌えるのか?」
「いいから!」
ダイチは、自信満々で自分の胸を叩いた。
「じゃあ……弾いてやる」
ダイチは、何とか一曲歌い切り、息を弾ませて言った。
「はぁ、はぁ、どうだっだ? 俺の歌は?」
「……メロディーも詞もめちゃくちゃだが、お前の声には何か惹かれるものを感じた」
「だろ?」
「いいだろう、本物かどうかテストしてやる。こっちへ来い」
「ああ、いいぜ。何処へでも連れて行けよ。何でもやってやる!」
その男に連れられて行った先は、音楽準備室。
男は、じゃあ、準備すっから、とダイチに指示を出した。
****
裸になった男が二人。
ダイチは、前を両手で隠しながら叫んだ。
「おい、何で服を脱ぐ必要があるんだ! テストって歌じゃないのかよ?」
突然、カイトはダイチに襲い掛かった。
強引なディープキス。
「んっんんん……やめろ……んっんっっぷ…………ぷはっ」
「……はぁ、はぁ……何びびってんだよ」
「はぁ、はぁ……びびるに決まってんだろ? 俺ら今日出会ったばかりだし、しかも男同士だぞ? 何で、いきなりキスすんだよ……」
ダイチは、逃げるように後退む。
カイトは、濡れた唇を拭いながら、ゆっくりとダイチに迫った。
「いいか? 音楽ってのは感性そのものさ。体の芯でどう受けとめて表現するか。だから体に聞くってのが一番なわけさ!」
「……お前、何言ってるかよくわかんねぇ」
「いいからこっちに来て、ケツ出せよ」
カイトは、ダイチの手首を掴み、自分の方に引き寄せた。
「ま、まさか俺とやろうってんのか?」
「そういう事だ」
「ふざけんな! 俺は男同士で何て真っ平ごめんだ」
ダイチは、顔をひきつらせて、カイトの手を振り切った。
カイトは、バンと乱暴に両手を壁に付きダイチを取り囲む。
「お前分かっちゃいねぇな……男同士だからこそ繋がる意味があるんじゃねぇか!」
「へ?!」
「言葉なんて意味は無いんだよ! 大事なのはここだろ? ハートだ!」
カイトの手がダイチの心臓に触れる。
ダイチはそれを払いのけた。
「……た、たとえ、お前の言う通り男同士のセックスに意味があったとして……」
カイトの男根をチラッと見てすぐに目を逸らした。
「お前のそのデカいチンコ……そんなの入るかよ! 俺はノーマルだ! アナルセックスなんてやった事ねぇ……」
「ふふふ、何だ? 怖いのか? さっき迄の威勢はどうなった? 何でもやるんだろ?」
「だって、こえぇに決まってる! 当たり前だろ!」
再度、チラ見して、また恥ずかしそうに俯く。
「心配するな。いてぇのは最初だけだ。入っちまえば後は快楽に身を任せればいい。それだけだ」
「な!」
カイトは、強引にダイチの体を掴み、ひっくり返して壁に押さえつけた。
「い、いたいっ……乱暴するなよ」
ダイチは後ろを振り返る。
カイトの顔は、既に、牙を剥き出しにした狼のような形相になっていた。
「さぁ、ケツを突き出せ。ぶち込んでやっから!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……気持ちの整理が……」
「ゴタゴタうるせぇな! おら!」
ブスッ!
ダイチのアナルに固いものが突き刺さった。
それは、ズズズと中にどんどん入ってくる。
「あっ……だ、ダメだ……痛い、痛い!」
カイトの言う通りだった。
最初は確かに猛烈な痛みで涙が出そうだった。
しかし、すぐに痛みは消え、アナルの肉壁をペニスに擦られるたびに、絵も言えぬ快感を感じるようになった。
それは、ダイチにとっての新たな性の目覚めであった。
くっ……なんだこれ……これが後ろイキってやつなのか? なんて気持ちがいいんだ。
でも、こんなのは違う! 俺は男だ。こんな風に気持ちよくなってたまるかよ!
戸惑うダイチ。
そんなダイチにカイトは言い放つ。
「さぁ、声を出して喘いでみろよ。気持ちいいんだろ?」
「……気持ちいいわけあるかよ! 男に犯されているんだぞ! うっ、うっ」
「嘘つけ! お前のケツマンコ痙攣してるぞ……後ろイキが始まってるんだろ……体は正直だな、ダイチ。くくく」
「な……ふざけんな……あっ、はぁん……あっ、あっ……」
「ふふふ、そうだ。そうやって、素直に感情を剥き出しにするんだ。ほら、いつでもイッていいぞ?」
「うっ……うっ……くそっ。俺は何でこんなに気持ちよくなってんだ……あっ、ううっ」
「オラオラ、もっと気持ち良くなれよ! そしてイッちまえ! 俺のチンコでよ!」
「……あっ、あっ、ちくしょう、我慢出来ねぇ……うっ……うっ……ダメ……いくっ、いくっ、いくーっ!」
ダイチは、海老反りになり、初めての後ろイキを体験した。
そして、カイトがオラ!、と最後の突き上げのタイミングで一緒に射精をした。
****
ダイチは、少しふて腐れてカイトに言った。
「で、どうだったんだよ……俺はお前のテストに合格したのか?」
「……ああ、もちろん。気に入ったぜ! ダイチ!」
カイトの言葉にホッとしたダイチだったが、複雑そうな面持ちでうつむいた。
「そっか……それは良かったが……俺はな……今めちゃくちゃ、恥ずかしい……俺、男なのに男にイカされちまった。しかも、こんなの初めてだぜ。体中が火照って胸がドキドキする感じ。今でもまだ治まんねぇ」
「ふっ、男同士が通じ合うってのはこうゆうことさ。互いの気持ちがぶつかり合って混ざり合うんだ。脳から快楽物質がドバッて分泌される感じ。最高だろ?」
「確かに、最高だけど……やっぱり男同士ってのは流石に……」
「ははは、気にしすぎだぜ。お前は、黙って俺に抱かれていれば良いんだよ」
「……それでいいのか……本当に」
「ああ、俺はお前とバンド組む。最強のチームになれるぜ!」
コイツとバンドを組める。
考えてみれば、それが達成出来さえすれば、後は些細な事。
ダイチはスッキリとした顔で答えた。
「よし、分かったぜ! 吹っ切れた!」
「俺とお前の音楽でみんなをあっと言わせようぜ!」
男は、スッと手を差し出した。
「ところで、ダイチ。俺の名前は『お前』じゃない。カイトだ」
「カイト……か」
「よろしくな、相棒!」
「ああ! よろしく、カイト!」
二人は、ガシッと固い握手を交わした。
ダイチは、目を輝かせて言った。
「よし、カイト! このまま誓の儀式だ!」
「なんだ? 誓の儀式って?」
「拳をこうやってな……いくぜ! 俺達は、二人で力を合わせて頂点を目指す! ボーイズ・ラヴァーズだ!」
「……ボーイズ・ラヴァーズ? なんだ。それ?」
「ああ、俺が今思いついたチーム名だ」
「はぁ? ダイチ、お前、勝手にチーム名決めんなよ!」
「はははは。まぁ、いいじゃないか。よし、今度こそいくぞ! カイト、ほら、拳を固めて……!」
****
ダイチは、高校での思い出の旅から帰ってきた。
そっか……あの時だったか……。
ダイチの目に、うっすら涙が浮かんでいた。
それをごしごしと拭きとる。
そして、決意に満ちた目で見開いた。
「……俺達は二人三脚で歩んできた。楽しい事も辛い事も分かち合いながら……なのに! なのにだ!! 俺はカイト、お前を後悔させてやる! 俺を捨てたって事を! 忘れないぞ。今は、それを違う儀式だ!」
ダイチは、再度、拳を空高く掲げた。
それは、力強くもあり、そして、すこし寂しげだった。
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