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20 戻れぬ愛(1)

ヒビキとダイチを乗せたタクシーはホテルの宴会場を後にした。 ヒビキは、ダイチに話かける。 「なかなか、いいパーティだったな。事務所も随分と奮発したな」 「ええ、ご機嫌っすよ。いい曲に仕上がったし。評判も上々でしたし」 「ああ、最高の出来だからな。あとは、一般配信でどう評価が付くかだな」 ソラと勝負する新曲である。 業界関係者、取引先へは、一足先のお披露目となった。 その中での評価は非常に高く、各所から是非使わせてほしい、との依頼が殺到した。 ヒビキは、勝利を確信した。 ……これで、一つ心配事はなくなった。あとは……。 車窓から流れる夜の街を眺める。 ヒビキは、ダイチに声を掛けた。 「ダイチ、ちょっといいか?」 「はい、ヒビキさん」 「申し訳ないが今日もトレーニングは休みだ。俺は社に戻る。構わないだろ?」 「えー。最近、ヒビキさん、ちっとも俺を抱いてくれませんよね」 「まぁ、そう言うな。新しいプロジェクトの準備で忙しくてな」 「はーい、わかりました」 タクシーは、事務所の前に横づけされた。 ヒビキは、一人タクシーを降りると車内のダイチに声を掛けた。 「じゃあな。ダイチ、よく休めよ」 「はい」 「行ってくれ」 タクシーは、ダイチを乗せて出発した。 ところが、ヒビキは、すぐに後続から来た別のタクシーに乗り込む。 「前のタクシーを追ってくれ」 「……はい。かしこまりました」 ……ダイチ。あの聞き分けの良さ。やはり、情報通りなのか? **** それは数日前の事。 ヒビキが執務室にいると、トキオがやってきた。 「ちょっと、ヒビキさん。いいですか?」 「なんだ、トキオ」 「あまり大きな声でいえないのですが……」 トキオが語った内容は、ヒビキを驚かすのに十分だった。 「なに? ダイチにそっくりなショーボーイが……本当か?」 「ええ、ちょっと噂になっていまして……もしかしたらと思って。まぁ、似ているだけで本人とは関係はないと思うのですが……ただ、ダイチがゲイだって変な噂が立つのもあれなので……」 「……分かった。これは内密にな。俺が自分で調べてみる」 ヒビキは、舌打ちをした。 あり得ない事もないな……。 **** ヒビキを乗せたタクシーが止まったのは、夜のクラブ。 ダイチは、その裏口にスッと消えた。 そこは、ゲイ専門のストリップショーが売りのナイトクラブで、観客をステージに上げて本番行為に及ぶ、いわゆるまな板ショーを繰り広げているコアな店である。 「信じたくはなかったが……しかし、まさかな……」 店に入ると中央にポールがある円形ステージが目に入った。 客席は満席。 ゲイ向けを公言したクラブだが、観客全員がゲイとはとても思えない。大半はノーマルだろうと、ヒビキは推測した。 MCが叫ぶ。 「今を時めくアイドル・ダイチ似のラブ君の登場です!」 「うぉー! ラブ君!」 観客の熱気が充満する。 現れたのは、アイマスクをした美しい体つきの青年。 身につけているコスチュームは、バニーガールの男版。 網タイツや頭飾りは同じだが、パンティやブラトップは大事な部分はごっそり開いている。 ツンとしたピンクの乳首、イキリ勃ったペニス、菊の花が咲いたアナル。 それらが聴衆の目に晒される。 ラブと呼ばれたそのショーボーイは、派手なディスコミュージックに合わせポールダンスを踊り出した。 ポールを男の体の部位に見立てて体を絡ませるそのダンスは、とても妖艶で艶めかしい。 脚を大股に開き、股間を擦り付け、尻の割れ目で挟み込む。 体全体を使い、エッチなボクをどうにかして! と訴えかけてくる。 こんな嫌らしい踊りを見せられた日には、ゲイでなくても欲情し犯したくなるだろう。 ヒビキは、なるほど客の大半は、ラブ個人目当てか、と納得した。 ダンスが始まってすぐの事。 早くも観客の性欲が暴走し始める。 通常、ご法度とされる客席での射精もこの店では許可されているようで、どの客も自分の物をしごきにしごき、一発、二発と抜いていく。 会場は、あっという間に、ザーメンの匂いで充満した。 しかし、ラブは、もっともっとと射精を要求する。 その煽りに当てられ男達は精も根も心いくまで解き放っていく。 やがて音楽がバラードへと変わり、次のショーへと移った。 MCが叫ぶ。 「さて、皆様お待ちかねのセックスショーです! 今夜のお相手をラブ君に選んでいただきましょう!」 「ラブ君! ラブ君!」 観客達は、自分の自慢のイチモツを前に突き出しアピールしながら、コールする。 ラブは、その一つ一つをツンツンしたり掴んだりして吟味する。 「えっと、あなたと、あなた。そうだな、あなたも。さぁ、ステージに上がって!」 ラブの声が掛かった客は、他の観客のブーイングを浴びながらも意気揚々とステージに上がった。 そして始まるセックスショー。 選ばれた客はラブの指示に従って棒立ちにさせられ、勃起したペニスを散々もてあそばれた後、ようやく挿入の運びとなった。 「さぁ、挿れて! 奥まで!」 お尻の割れ目を広げて待つラブ。 客は、涎を垂らして肉棒を突っ込んでいく。 「もっと、もっと……ボク、もっと奥まで欲しい!」 ラブに煽られ必死に腰を振る客。 ラブは、喘ぎ声を上げながらも、次の相手のペニスを口で咥え、しっかりと固くなるよう育てていく。 「早く突いて! そう、その調子、ああ、気持ちいい!」 「ほら、しっかりしなさい! もっと押し込んで!」 たまりかねて射精する客達。 ラブは3人目の精液を受け切ったところでようやく絶頂を迎えた。 「いくっ、いくっ……」 自らも白いミルクを飛び散らかす。 そして、快感に狂ったそのアヘ顔が、スポットライトを浴びると、観客達も必死に手を動かし絶頂へと昇り詰めるのであった。 ヒビキは、最終列からその光景を見ていた。 そのアイマスクの下は別人であってくれ。 そう願って。 しかし、最後の最後でラブがダイチだと確信してしまった。 イキの微笑みなど演技しようもない。 あれは正しくダイチの顔。 それはアイマスク越しでもヒビキには十分に分かってしまったのだ。 **** ヒビキは、会場の出口へ飛び出した。 外は、夜半から降りはじめたのか、雨が降っていた。 ヒビキは、傘もささずに走り出し、途中でつまずき転んだ。 そして、そのまま膝をついてしゃがみ込んだ。 手を、わなわなと震わせる。 「くそっ……これは俺のせいだ!」 ヒビキは叫ぶ。 俺が居場所になってやる……そんな、うわべっつらだけの言葉など、とうに見透かされていた。 俺では満たされないもの求め、行きついた場所がここ。 ダイチは、ダイチなりに心の安らぎを求めている。 カイトに変わる愛を……。 こんなナイトクラブなど、やめさせなくてはいけない。 しかし、今の俺にはもはや止めることができない。そんな酷なことは……。 「ダイチ……すまない」 ヒビキは、顔を上げて雨粒を受け止めた。 込み上げる悔し涙を必死に雨で洗い流そうとするかのように……。

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