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第1話 「ねぇ、しよ?」
俺は今、パソコンの前に座っている。
耳にはヘッドホン。
モニターには、カラフルな波形が映されていて。
ああでもない、こうでもないと頭を悩ませながら、画面を睨んで機械を弄る。
つまりは動画投稿サイトにアップさせる動画の編集を行っているわけだ。
俺の右隣にはシングルベッド。
パソコンのあるデスクとベッドとの距離はあまりない。
そこには一人の人間が寝っ転がっている。
彼は俺の同居人であって、俺のパートナー。
つまり彼とは『同居』でなく、『同棲』。
もぞ。
彼がベッドで体を動かす。俺のベッドで、だ。
もぞもぞ。
シーツの乱れる音。
彼の方へ目をやらなくても。
彼が俺を見ているのは何となく察している。
そして、彼が何を考えているのかも察しがついている。
「ねえ」
彼の声が聞こえる。
ヘッドホンをつけているのに、その声は俺の耳に届く。
俺が彼を好きになるきっかけとなったもの。
本当に、嫌になるぐらい甘くて綺麗な声してんだ。
「何?」
(あぁ、来たな)
そんな言葉を頭に浮かべながら、返事をする。
もぞ。
また彼がベッドの上で動く。
シーツの擦れる音がして、甘い声が続く。
「……しよ?」
まったく……。
内心、溜め息が零れる。
俺は今、編集作業で忙しいの‼
なのにこの人ときたら、ここぞとばかりに俺の部屋へやってきて。
……俺を誘惑するんだ。
いや、もうこれは挑発と言ってもいいな。
まったく。
自分が編集作業を行っている時は、絶対部屋に入れてくれないくせに。
俺がそれをすると、拗ねて部屋から出てこなくなるし。
困った人だな……。
……可愛いけどね。
「もう少し待って」
「ん~~……」
承諾してくれたのか、ぐずっているのか、分からない声。
ただ透き通っていて、甘い音。
もぞもぞもぞ。
相変わらずシーツの乱れる音が聞こえる。
わざと足を擦り合わせている音だと気づく。
音と仕草で挑発を続けてくる。
……負けるな、俺。
ふわっと、俺の太腿に温かい感触が降りた。
な、何⁇
その感触を確認する。
俺の太腿には、手が一つそっと下りていて。
俺がその感触の続く先に目をやると……。
横向きに寝そべる彼が少し勝気な目で俺を見ていた。
正直、すっごくエロい……。
「ゴミ、ついてたから」
彼はその手を引っ込めて、何かを摘んだ指先をゴミ箱の上で離した。
……本当に、ゴミなんてついてました?
俺の疑いの眼を見透かして、彼が小さく笑った。
また妖しげで、それでいて純粋な瞳。
……頑張れ、俺。
またパソコン画面に目を戻す。
機械を弄りながら、つくづく思う。
不思議な人だ、と。
いつもは大人しくて、優しい雰囲気の好青年。
でもふとした瞬間に凄い色気があって。
いざ誘わんって時には、とんでもない色気で挑発してきて。
でもその色気は不思議と汚らしい感じはしなくって。
むしろ、この時ほどこの人が清澄で無垢な時はないと言っても良いぐらい。
自身でもそれを分かっているのか、どうなのか。
分かっているのなら、とんでもない悪魔だ。
「ね~ぇ」
ああ! もう‼
頼むから挑発しないでくれ! 誘惑しないでくれ‼
「……なぁ~に?」
できるだけ軽いノリで済ませようと、こっちも似たリズムで返事をする。
「『もう少し』ってまだー?」
「まーだ……」
いい子にできないなら、お部屋に戻りなさい!
……なんて言ったら、拗ねて部屋から出てこなくなるんだ、この人は……。
『もう、いいよ! 君なんか知らない!』
みたいなことを言って拗ねてくれたらすごく分かりやすいのに。
『うん、邪魔してごめんね』
とか言って、しおらしく部屋に戻って出てこなくなるから……。
性質が悪い。
またシーツの擦れる音。
「ふーん……。まだなんだぁ……」
もぞもぞもぞ……。
少し痺れを切らしてきているな。
まずいぞ。
彼の目が俺を見ている。
絶対に、俺はその目を見てはいけない。
見たら最後……。
また俺の太腿に温かい感触が降りる。
俺はその感触に囚われないようにする。
『またゴミでもついてた?』
そんな涼しい横顔を無理やり作って。
作業に集中しようとする。
温かい感触が俺の太腿から。
……内腿に移動する。
ちょっ‼
その手を掴んで、俺の太腿へ戻す。
絶対に彼の目は見ない。
払いのけたら拗ねるかもしれないので、太腿に戻すのは俺なりの譲歩。
なぜそこまで気を使うのかって?
そりゃ、俺だって、『その気』がないわけではありませんから……。
ただ!
もう少し待ってほしいの‼
分かってくれ……。
彼は分かってくれなかった。
俺の太腿に置かれていた手はまた俺の内腿へ伸びてきて……。
ああ! もう‼
乱暴に、椅子ごと彼の方へ体を向ける。
いい加減にしなさい!
そんな意思を体全体で表現しようとして。
でも、俺って馬鹿だな……。
それをやってしまったら、彼の目を見てしまうではありませんか……。
くすくすくす……。
彼が笑い声を立てる。
半分枕に埋めた顔から見える左目。
とんでもなく艶かしい色と、無邪気な色を一緒くたにさせた瞳が、勝ち誇った光を映して。
モウダメ、コウサン。
今日はもうやめよう。
それでなくても、行き詰っていたんだ。
また、明日にしよう。
そんな言い訳をして。
ヘッドホンを外して、ベッドにどさっと腰を下ろす。
仕方ないな、といった態度で腰を下ろしたのは、俺なりの意地。
でも彼には全てお見通しだったようで。
俺にまた、その柔らかな声で言った。
「……しよ」
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