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第2話 「ねぇ、しよ?」: アナザー
どうしよう、かなぁ。
俺は少し悩んでいた。
『悩み』というほどのものじゃない。
ただ、単純に……。
…………。
すごく、したい……。
どうしよう、どうしよう。
少し『彼』の部屋の前でうろうろしてみる。
足音は立てずに、うろうろうろうろ。
同居中の『彼』の部屋。
今日は静かだ。
一昨日ぐらいまでは歌声が聞こえていた。
だから、多分だけど。
今日は歌の編集をしてるはず。
彼も俺も、動画投稿サイトに自分が歌った歌をアップするのが趣味だ。
その趣味で出会って、そして、なんか変なことになっちゃって。
今、『同棲』している。
はぁ、と内心溜め息。
この前したのが、えっと。
指を折る。
十日も前⁉
……もうそろそろ、いいよね?
向こうも、したいよね??
でもなぁ。
『邪魔すんな』なんて怒られたら……。
俺、多分ビビって、ショックで自分の部屋から出てこられなくなっちゃう。
どうしよう……。
でも、したいんだよなぁ。
うん、試しにノックしてみよう。
誘えなかったら誘えなかったで仕方ないし。
トントン。
「はい?」
向こうから声がする。
声が聞こえただけでわくわく、……ドキドキする。
「いまいい?」
返事がない。
やっぱり、やっぱりダメかなぁ……。
あ、それだけで気分が鬱だ。
落ち込んできた……。
「どうぞ」
返事遅いよぉ‼
もう‼ 別の意味でドキドキするじゃんか!
でも少しほっとして中に入った。
少し散らかった部屋のデスクの前に彼が座る。
俺はそっとベッドに腰を下ろす。
これで、気づいてくれたかな……?
彼はヘッドホンを耳に、真剣にPC画面を睨んでいる。
うぅぅ……。
したい、したい、したいよぉ。
その衝動から、ぼすっとベッドに体を預ける。
あ、彼の匂いがする。
シャンプーの匂いだ。
俺と同じの使ってるのに、なんか違うんだよなぁ。
なんかいい匂い。
この匂いだけでなんか気持ちよくなっちゃう。
すりすりすり……。
もどかしい気持ちから、つい体をシーツに擦り付けてしまう。
彼は気づかない。
ん~~~。
ちょっとは相手してくれてもいいじゃんかぁ。
「ねぇ」
痺れを切らして声をかけた。
「何?」
彼の目はやっぱり画面を睨んだままで、俺の方に向いてくれない。
うぅぅ~~~~。
言わなきゃだめ?
すりすりすり……。
「……しよ?」
言っちゃったよ……。
空気読めない奴だと思われたかなぁ。
まぁ、実際空気読んでる余裕なんてないんだけどね。
彼の眉間に皺が寄ってる。
編集作業に真剣だから?
それとも俺に気分悪くしてる?
「もう少し待って」
彼の口元が少し柔らかい。
よかった。
少なくとも、完全に怒ってるわけじゃないみたい。
「ん~~……」
このまま、待ってていいんだよね?
困って返事がぼんやりする。
やっぱりシーツがいい匂い。
普段使ってる香水の匂いも少しする。
いい気持ち。
すりすりすりすり……。
まだかなぁ、まだかなぁ。
少し、すこーしだけ邪魔しちゃおうかなぁ。
『俺切羽詰まってるよ』っていうアピール。
彼の太腿に手を伸ばす。
手を置いた太腿が一瞬反応する。
そして彼の目が俺の手を見て。
そこから、視線が流れて。
彼の目が俺を見た。
やっと見てくれた。
嬉しくてつい笑みを零しちゃう。
でも顔が少しだけ怖い。
……まだダメみたい。
「ゴミついてたから」
そう誤魔化して、手を引っ込めた。
彼が疑いの眼で俺を見ている。
ごめんね。
でも、疑うぐらいなら早くしてよ。
すりすりすりすり……。
「ね~ぇ」
「なぁ~に?」
俺の声のリズムに合わせた返事。
呆れてるのかな?
もう少し頑張れば、相手してくれるかな?
「『もう少し』ってまだー?」
「まーだ……」
声のトーンが少し落ちている。
やっぱり呆れてるんだろな……。
でも『やればいいんだろ』、みたいに乱暴な態度に出られるのもやだし。
まだって返事くれるだけでも紳士的なのかな。
今日は無理なのかなぁ。
それなら、せめてシーツの匂いだけでもしっかり堪能しようかなぁ。
……なんか俺って変態みたい。
すりすりすりすり……。
「ふーん……。まだなんだぁ……」
つい独り言を漏らしちゃった。
俺、本当に余裕ないね。
真剣な横顔を見つめる。
なんかこう言うのも変だけど。
かっこいいなぁ。
同性の俺がそう思うんだから、結構なもんだよね。
でも、あんまり見ちゃだめかな。
あ、やばい。
また、いたずらしたくなってきちゃった。
もう一度だけ、手を置いてみようかな。
また彼の太腿に手を伸ばした。
彼は涼しい顔をして画面を見つめている。
俺の方をちらりとも見てくれない。
ちょっと、むっとした。
じゃ、もっといたずらしてやる。
手をもっと奥に伸ばしてやった。
慌てて彼が俺の手を掴む。
ふふ、焦ってる。
握られた手が熱い。
握ってる手も熱い。
多分、だけど。
もう少し頑張ればいけそう。
俺はまた懲りずに、彼の太腿の奥へ手を伸ばす。
ガタッと音がして。
彼が椅子ごと俺の方に向いた。
やったぁ!
また俺を見てくれた。
もう少し、もう少し。
くすくすくす……。
あ、笑い声立てちゃった。
彼がヘッドホンを取った。
ドサッと音を立ててベッドに座る。
仕方ないな、って態度にも見えるけど。
ここまできたら大丈夫。……多分。
あともう少し。
「……しよ」
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