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1.推しが今日も尊い
「会計…………いや、綾田鴻明 。お前のことが好きだ。俺と付き合ってくれ。」
「…………………いいんちょぉ……。」
あぁ、なんてことだ、なんてことだ。委員長が告白してくれた。あの誰にも振り向くことなかった、めちゃくちゃ顔が良くって男前で、めちゃくちゃカッコいい委員長に。
緊張してついつい口元を覆って、一歩足を引いてしまう。身体がガタガタと震えてまるで生まれたて小鹿じゃないか。
客観的に今の心情を見ている自分がこうして状況を解説しているものの、これが現実逃避をしている、という事実に気付く。
一歩下げた足に力を入れて、カタカタと震える唇を精一杯動かそうと力を入れて、俺は声をあげた。震えているも、大きな声を。
「推しに告白されるのは解釈違いです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
風紀委員長、隼総巽 の告白を会計が断った、というニュースは瞬く間に学園中に駆け巡り、そして次の日学園内はその話題で持ちきりだった。
その日に生徒会室に行けば会長からは「お前普通あそこで断るかねぇ〜。」とじじ臭いことを言われ、副会長からは「学園一モテる男ですよ?この無駄に顔面偏差値が高い学園の中でも一番と言われてるくらいの男の告白ですよ?今からでも遅くはないですよ?」と長ったらしく返事をいいものに変えてこいと催促され、書記からは「今週のマンデー読んだ?意世界転正の展開がマジやべぇことになってんだけど。」と言われた。お前だけなんか違うな、確かにその作品俺好きだけど、アニメ化情報見た?俺キャストが納得できないんだけどぉ。
こうしてそうして生徒会には茶化されて、風紀からはなぜか残念そうな顔をされて、割と散々な目にあったような気がする。
俺は確かに委員長のことが好きだ。不良生徒を取り締まる委員長も、学食のステーキをかじりつくワイルドな委員長も、校舎裏で野良猫にめっちゃ集られながらも居眠りキメる委員長も全部全部好きだ。
だけど、俺の好きはアイドルに好きと言っているそれの好きであって、恋愛をしたいって意味の好きではない。
ていうか恐れ多すぎでしょ。推しと付き合えってある意味拷問だよ。ファンのみんなにも悪いよ。
むしろなんで委員長は未だに委員長という座にいるんだ?そろそろアイドルになってみればいいのに。
絶対人気出ると思うよ?なにせファンサが神なのだ。
俺が委員長にこっそり、一ファンとして目立たない程度に手を振れば、それに絶対爽やかスマイル付きで返してくれる、投げキッスして!と書いてある団扇を振ればわざわざ目の前に来てやってくれる。
あぁ、推しがこんなにもカッコいい。委員長は絶対こんな学園で終わっていいタマじゃない。絶対アイドルデビューするべきなんだ。
「俺と一緒に居るのに考え事とはいい度胸だな?綾田。」
「待って委員長、CD積んでないしそもそも握手会外した俺に委員長と話す権利とかないからとりあえず離れていい?」
「いやCDとか出してねぇし。」
「幸せすぎて過呼吸起こしそうだから離れろっつってんのぉ!ていうか俺から離れるね!ひゃ〜けどもう少しこの空間に居たい!俺今、委員長を間近に感じてるよぉ〜!足が動かない〜〜〜!!」
「なぁ、そろそろ本題に入っていいか?」
「やだ委員長近すぎだから離れてよぉ!一ファンが30秒以上一緒に居るとかすっぱ抜かれたらどうすんのぉ!?!?」
「頼むからお前は俺と言葉のキャッチボールしてくれ。ドッジボールするために来たわけじゃねぇんだよこちとら。」
まったく。そう言いながらも、幸せそうに口角を上げている委員長はなんだか自然で、いつもの営業スマイルとは違う感じがしてついつい照れてしまう。
「あれ、ていうか委員長。お仕事終わったのぉ?」
「あぁ、今日はもう寮に戻るだけだ。お前もだろ?一緒に帰るぞ。」
「いくら積めばいい?100万までなら俺出せるよぉ。」
「金はいいから俺の恋人になって?」
「それは無理。」
あぁ、このやり取りのなんとくだらないことか。自然にまた告白されちゃったよぉ。けど俺が委員長のファンである限り、その気持ちに応えることなんてできやしないのだ。
なんでって、アイドルとは恋愛したいわけじゃないから。アイドルのパトロンになりたいだけだから。
推しを応援したいだけだから。そう、心で唱えて、いつも委員長を見ている時に感じる変に跳ねる心臓とはまた別の、身体中が熱くなるような、そんな熱い熱い気持ちに蓋をして、委員長が握る手を握り返した。
「って、巽様からあんなにアタックされてもなびかないとか……鴻明様って本当」
「我々巽様ファンクラブも、最早二人が付き合うことを認めているのに…!あぁもう焦ったいですよね!」
「我慢ですよ会員ナンバー004。巽様自ら落としたいと公言なさっていたじゃないですか。…あぁ、あのときの巽様の、なんと男らしかったことか…!」
下校途中の道側でそう、後ろで話している委員長ファンクラブのみんなの声なんて、俺の耳には届くことなかった。
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