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七
「サイン、くれよ」
そう言って田伏が差し出したのは、『世界と向き合うための方法』の単行本だった。単行本についている帯――そこには、田伏の推薦文が載っていたはずだ――は、こっそりと外されていた。
「サイン……」
高校の時、地元の本屋でして以来の行為だった。僕は田伏から本とサインペン(皮肉な名前だ、まったく)を受け取り、表紙を開く。パステルカラーのデザインでまとめられた単行本だった。『世界は輝く』の商業的な成功、というかネットでの意外なまでの好評を受けて、この作品の単行本化が決まった。『世界は輝く』のイラストレーターをそのまま起用しようという案も出たものの、そうすると、あまりにも作品同士が近く受け取られかねないとの意見もあり、結局それはなくなった。淡い色使いの上の文字だけのシンプルなデザインは、むしろそれが『僕の作品』であることの証明みたいで、気に入っていた。
僕はサインペンのキャップを抜くと、漢字で名前を縦に書いた。ついでに日付も添えておく。サインペンの蓋は開けたまま、
「そしたらこっちにもサインしてくれよな」
と、単行本と、前に受け取ったサンプル盤のCDとサインペンを一緒に田伏に渡した。
田伏はそこに、慣れた手つきで芸能人みたいなサインをさらっと書く。いや、っていうか芸能人だった。
田伏から返されたCDを見ながら、
「ありがとう」
と言った。そこに込めた意味は、僕だけがわかればいい。
「それで? 順調なのか、執筆は」
田伏は気付いているのかいないのか、僕にそう問いかける。
ありがたいことに、いくつかの出版社から、新しい仕事の依頼をもらっていた。今までに出した作品も、文庫にしないかという話も小耳に挟んだ。
「それがさ、またクライマックスで詰まっちゃって」
僕がそう言うと、田伏が何か言おうとしたので、
「でもさ、頑張るよ」
遮ってそう言った。
「小説書くの、頑張る。大変だし、つらいこともいっぱいあるけど、頑張れる。やっぱり俺はさ! 小説、書くの好きなんだ」
――僕の世界は輝いているから。
だって、君がいる。それだけで、僕はやっていける。
(完)
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