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第2話
十二月。忘年会だなんだと忙しくなる前に、黒兎の高校の同窓会は開催された。
ホテルで行われたそれは立食パーティー形式で、黒兎は早々に腹を満たし、暇を持て余してしまう。
高校生時代の友達はいない。同じクラスでも話したことがある生徒はおらず、ひっそりと黒兎は会場で壁の花ならぬ、壁のオブジェと化す。これも、毎年恒例の光景だ。
そんな黒兎が、なぜここに来ているのか。
黒兎は数メートル先にできた、人の輪を眺めた。そこには十五人ほどの男女がいて、ほとんどが女性だ。彼女らは一様に一人の男性を見ていて、会話の中心もその男性のようだった。穏やかな雰囲気を出しつつも、女性たちは互いに牽制しあって、中心の男性との距離を縮めようとしている。そしてそんな女性たちを振り向かせようと、男性も頑張っていた。
輪の中心にいるのは木村 雅樹 。その美丈夫 ぶりは高校の時から有名で、しかも財閥の息子で社長、物腰も柔らかいときたら、憧れる女性は多いだろう。
(久々に見るけど……やっぱりかっこいいなぁ)
黒兎はこっそり雅樹を見て、ため息をついた。
そう、雅樹とは高校三年生で同じクラスになって以来十四年間、黒兎は彼に片想いをしている。
なぜこんなにも月日が経っているのに、想いは色褪せないのだろうと思う。黒兎が苦しいときも、真っ先に思い浮かべるのは雅樹の、穏やかな笑顔だった。
黒兎は着慣れないスーツの袖が気になり、手首を振る。
「ねぇ木村くん、二次会も来るでしょ?」
そんな会話が聞こえて、黒兎は烏龍茶を煽った。二次会となれば仲のいい人たちで行くため、黒兎は参加しにくい。聞き耳を立てながら烏龍茶のお代わりを注ぐと、雅樹はごめん、と謝っていた。
「実は仕事を抜けてきたんだ。……そろそろ戻らないと」
「えー? 来たばっかりじゃない」
引き留めようとする女性たちの声が近づいてくる。雅樹が歩き出したのだ。
「残念だけど、光洋 との打ち合わせなんだ」
彼は怒らせると厄介だから、と雅樹が苦笑すると、それだけで女性たちは仕方ないか、と引き下がる。
(光洋……脚本演出家と打ち合わせってことは、また新しい舞台でもやるのかな)
雅樹は高校の時から家の会社の経営を手伝っていたらしい。それがAカンパニーという舞台俳優事務所だと知ったのは、当時同級生が噂をしていたからだ。そして雅樹が社長に就任した途端、舞台や俳優の人気がうなぎ登りに上がって、雅樹自身にも注目が集まったのはつい二、三年前のこと。
そして、今、雅樹が口にした光洋とは、元舞台俳優の月成 光洋。舞台映えするルックスと体格でかなりの人気だったのに、ある日突然俳優業を辞めて、脚本演出家になった。その経緯には大御所に目をつけられたなど、黒い噂があるけれど、本当の所は黒兎には分からない。
(……俺もなんだかんだで詳しくなったな)
どの情報も噂レベルだけれど、雅樹を追いかけているうちに知った事だ。今イチオシの俳優、英 と月成は、Aカンパニーの稼ぎ頭。元々舞台なんて観なかった黒兎は、その二人のタッグの舞台にハマったくらいだ。
黒兎は息を潜めると、雅樹と女性たちが目の前を通り過ぎていく。
(……分かってる。目が合うなんてこと、ある訳ないのに)
通り過ぎた雅樹たちを見送って、黒兎は詰めていた息を吐き出した。雅樹は自分に必要ない人脈は、作らないというのはよく知っている。今まとわりついていた女性たちも、それとなくあしらわれていくのだろう。けれど、無意識に期待してしまう自分もいて、内心苦笑した。
更に自分は男だ。彼の人生の、モブにすらなれないことなんて分かっている。
黒兎は雅樹が会場を一人で出ていったのを確認して、烏龍茶の入ったグラスをテーブルに置いた。
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