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第9話

 何で? どうしてこうなった? 黒兎はうねるような快感に悶えながら思う。  あんな事をされて、もう雅樹は来ないものだと思い込んでいた。なのに。 「……っ、──ッ!!」  黒兎の身体がひときわ大きく震える。乱れた呼吸と戻ってきた光と音に、達したのだと分かり、より一層心が重くなる。 「……良かった。この間は、苦しいだけみたいだったし」  少しは役に立てたかな、と口角を上げる雅樹の愛撫は、これ以上ないくらい良い。なのに、その度に重苦しいものが胸に溜まり、どろどろと(うち)から腐っていくように感じる。  リビングのソファーで、ゆっくり楽しむ余裕も時間もなく、黒兎はあっという間にまた快楽へ堕ちていき、今だけ、と思いながら雅樹に縋り付いた。 「……随分丁寧にやるんだな」  気が済むまで二人で慰めあったあと、裸のままソファーに並んで身を寄せ合う。お互い片想いの相手を想いながらした(むつ)み合い。やはり自分に心が向いていないことに気付いてしまい、そっとため息をついた。  ボソリと黒兎が呟くと、雅樹はそりゃあ、大事にしたいからね、と苦笑する。 「きみこそ……ヤケで貞操を捨てるくらい、相手のことが好きなんでしょ?」  そう言われ、口の中が苦くなった気がしてそっぽを向いた。  いっそ、高校の時から好きだったと言えれば良かった。しかし、何かで繋ぎ止めておきたいという想いの方が強く、今の関係のままでいいから壊したくない、と口を(つぐ)む。 「……そろそろ時間だ。着替えてください、木村さん」  情事の時以外は社長と整膚師(せいふし)だ。切り替えのためにそう言うと、随分キャラが変わるんだね、と雅樹は苦笑した。 「……そうですね」  自分がゲイだと気付いた時から、嘘をつくことと、本心を隠すことが普通になった。それが(わずら)わしくなったので、話しかけられないように、存在感を消すことも覚えた。その代わりか、素の自分は鬱憤(うっぷん)を吐き出すかのように、口が悪くなる。  黒兎は微笑むと、何事もなかったように服を着た。雅樹も着替えながら、苦笑する。 「今思えば長い初恋だったんだよ」 「……」  雅樹の言葉に、自分の想いがバレたのかと思った。黙って背中を向けると、雅樹は先を促したと思ったのか、吐露を続ける。 「初めて会った時、その瞳の強さに惹かれた。あの子は今も、その瞳を持ってる」  十年、雅樹はその子を想い続けていたらしい。しかし、幼馴染みのライバルにあっさりと奪われたという。 「けれど悔しい事に、あの子とその恋人は、タッグを組むと飛ぶように売れる。社長としても、そんな商品をダメにしたくない」  黒兎は雅樹のその話を聞いて、最近Aカンパニーで露出が多い人物を連想した。 (月成(つきなり)光洋(みつひろ)と……)  Aカンパニーイチオシの俳優、(すぐる)だ。ハッキリ名前は口にしないが、多分間違いないだろう。 (ライバルが舞台俳優とか……無理ゲーだろ……)  雅樹はため息をついた。 「……何だか、先生相手だと何でも話したくなりますね」 「……」  仕事で聞く分には良い。けれど、雅樹の恋愛話は、正直聞きたくない。そんな事は言えるはずもなく、黒兎は黙って雅樹のために温かいお茶を出した。  そして嘘をつくことに慣れた黒兎は、こう言うのだ。 「……聞くだけですが……俺で良ければいつでもどうぞ」  自己嫌悪で吐きそうになった。

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