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第23話
それからというものの、雅樹は黒兎に対し、色んな質問をしてくるようになった。それこそ、高校生が友達にするように、あの頃の時間を取り戻したように。
好きな物、嫌いなもの、休日は何をしているのか。雅樹が聞いて黒兎が答え、また雅樹が自分はこうだと教えてくれる。
本当は、夢なんじゃないかと思うほどの急接近に、黒兎はやはり戸惑ってばかりで、雅樹が帰ってからしばらくは、ああ話せば良かった、こう切り返せば良かったと反省するばかりだ。
そして不思議と、『特別メニュー』のオーダーも無くなっていた。
黒兎が怪我をした直後は、身体のことを考えてくれているのかなと思っていたけれど、どうやら雅樹自身、英 への失恋から立ち直り始めたらしい、と気付いたのは、彼が英の話をほとんどしなくなっていったからだ。
そしてそれに黒兎が一役買っていると思うと、むずむずするような面映ゆさがある。
しかし、新たな問題も出てきた。黒兎の予想通り、もっと一緒にいたい、いっそ想いを伝えたいと思うようになってしまったのだ。
英への失恋の傷が癒えてきたと分かった途端、そう思ってしまう自分のずる賢さに嫌気がさす。
「そう言えば、綾原くんは舞台は観るかい?」
いつもの施術後の雑談で、雅樹からそんな質問をされ、黒兎は返答に迷った。
舞台は雅樹を追いかけているうちに好きになった。かと言って、Aカンパニー主催以外の舞台は見たことがない。詳しく聞かれてしまえば、雅樹を追いかけていたことがバレてしまうかもしれない、と黒兎は曖昧に答える。
「……どうだろ? 面白そうだとは思うよ」
すると雅樹は微笑んだ。いつもの大人の色気を垂れ流したものではなく、高校生がはにかんで、でも照れを全面には出さない、そんな笑みだ。
黒兎が退院してから、よく見るようになった彼の幼い表情に、胸の中が温かくなって、同時に心地よい力で締め付けられるような感覚がする。
「じゃあ今度の舞台、招待するよ。光洋 と英くんのタッグだから、絶対面白いと思う」
余程の自信の表れなのか、雅樹はそう言い切った。黒兎もそのタッグはとても面白いし、チケットの倍率が跳ね上がることを知っている。それが関係者席とはいえ、観られるなら是非と言いたい。
でも黒兎は、内心飛び上がりそうなほど嬉しく思いながら、控えめに、ありがとうと言うしかないのだ。
「……そう言えば、光洋がやたらと綾原くんを気にしていたようだけど、ああいう物言いがデフォルトだから、気にしないでね」
「うん……」
黒兎は苦笑した。まさか、なぜ雅樹に近付いた、なんて言われたとは言えず、曖昧に返事をする。光洋は、私に近付く者には過剰反応するんだ、と彼も苦笑する。
聞けば、物でも人でも、雅樹は気になったものは勘に従ってすぐに手に入れ、失敗したことがないという。
それを光洋がいつもブレーキをかけ、吟味し、彼がオーケーすれば間違いないとのこと。
意外に光洋は慎重派だが、雅樹の勘より、その鋭い観察眼で見ると、雅樹が見えていなかった長所、短所が見えてくるという。
「ただ、私の人間関係は私のものだ。光洋にとやかく言われる筋合いないし、本当に気にしなくていいよ」
「……大丈夫。多分、心配してるんじゃないかな……?」
黒兎は遠慮がちな笑顔でもっともらしいことを言うと、それもあると思う、と雅樹は苦笑した。
「……というか、また私の話になっているね。綾原くんは、本当に話を聞くのが上手だ」
それなら、私もきみの話を聞こうかな、と雅樹はお茶が入ったマグを握り直す。そして、優しい目線で黒兎を見るのだ。黒兎はそっと視線を外す。
「きみの片想いの人って、どんな人なんだい?」
「え……?」
黒兎はドキリとした。まさか片想いしている本人から、そんな質問をされるとは。
いや、報われない恋をしていると悟られた時点で、否定しておけばよかったのだ。しかし、それはしなかった。
なぜか? それはどこかで気付いて欲しいと思っていたからだ。
やはり自分は浅ましい、と苦笑する。
「綾原くん?」
心配そうな雅樹の表情が見えて、とりあえず笑顔を見せた。しかし彼の表情は曇るばかりで、どうしてだろう、と思う。
「……きみは……笑わないね」
「……え?」
雅樹の言葉に、黒兎は戸惑った。たった今、笑顔でいたはずなのに、と思っていると、雅樹は手に持っていたマグをサイドテーブルに置く。
「いや。……いつもにこやかに笑っているけれど、自分のことは決して話さない」
当たり障りのないことは答えてくれるけれど、それもこちらから質問しないと分からずじまいだ、と言われ、黒兎は言葉に詰まる。さらに、その笑顔でやんわり拒否されているようだよ、と雅樹は眉を下げた。
いずみに続き、雅樹にも同じことを言われ、黒兎は苦笑した。
「……それは、……もう、癖なんだ」
「癖?」
黒兎は頷く。
「……人と……違うと気付いた時から、人と話すのが億劫になって……」
だから曖昧に笑って、やり過ごす癖がついた。けれどそうすると、当然人は離れていく。
自分の性指向に悩み、同じ境遇の人を探しているうちに、人の悩みを聞くことに興味を持った。だから女性の肌悩みや、綺麗を応援する化粧品メーカーに興味を持ったし、その職場では結構信頼されていたのだ。内田が絡むようになるまでは。
「色や匂いがもたらす効果とかは、そこで勉強した感じかな」
人に奉仕することが、自分の喜びになると知ったのは、整膚師を始めてからだ。
「……と、もう時間だ。悪いけど、次も埋まってるから……」
「綾原くん」
立ち上がって、雅樹を見送ろうとした黒兎を彼は呼び止めた。
「今日の夜……良ければまた、一緒にご飯食べないかい?」
なぜか雅樹は、思わず呼び止めてしまったようだった。しかしすぐにいつもの調子に戻り、ご飯に誘ってくる。
黒兎は今日何度目かの苦笑をすると、いいよ、と頷いた。
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